ぼく、パンダ

山城木緑

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2.ごめんよ

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 中国の港を出たと連絡が入ればワッと歓声があがり、日本海を渡っているとの情報が届いては祈るように両手を握り、南港のフェリーターミナルに着いたと聞いて皆がハイタッチを始めた。
 ついにその子パンダはやって来た。

 月齢3ヶ月ほどで、やっと歩けるかどうかくらいのかわいらしいパンダだった。
 小さく丸まる子パンダの数枚の写真をマスコミに送ると、夕方のニュースはこぞって子パンダの写真を取り上げ、名前募集中のニュースを取り上げてくれた。
 飼育員のみんなが執務室でキャッキャ言いながらテレビを観ていたとき、祐吾は子パンダのそばに膝を降ろし、ひどく怯えている子パンダに寄り添おうとしていた。
 あの日のホワイトタイガーの赤ちゃんがどうしても頭をよぎりながら、短く慌ただしい一日が過ぎていった。

「大丈夫、大丈夫だぞ」

 祐吾の小さな応援がむなしく舎に響いていた。

 二日後。
 ホームページにある名前エントリーにはおびただしい数の名前が飛び込んできている。
 合間を見ながら佐々木が入力を手伝っていた。
 祐吾はそっと保育舎のドアを閉めて保育舎を出てきた。窓からそっと、さっきまでそばで震えていた子パンダを覗く。
 まだ、震えている。

「早坂さん、どう?」

 祐吾に背中から声をかけたのは園長の木下だった。

「ああ、変わらんわ。怯えかたが普通じゃないわ。そばについててあげたいんやけど、よっぽど一人の方がマシかもしらん。怯えすぎて死んでまうよ、ほんまに」

 モニターに映る小さな子パンダはじっと耐えるように身体を固めている。
 つい先程まで祐吾が子パンダについていたが、子パンダは固まったまま動かず、時折、

「キャンキャン、キャンキャンキャンキャン」

と鳴いては、祐吾を避けるように丸まってしまう。

「大丈夫、大丈夫だぞ」

 そう祐吾が語りかけても、子パンダは震えたままであった。
 佐々木に変わってミルクを飲ませようとしても、口を開かない。無理に口を開けて哺乳瓶を突っ込んでもすべて吐き出してしまっていた。

「お願い、飲んで」

 そう言って佐々木が背中を撫でると、いっそう震えて身体をこわばらせるのだった。
「一般公開まで三週間。充分時間はとったつもりやねんけど……。あとは早坂さんと千夏に任せるしかない」

「ああ、やるだけやってみるよ。ただ、無理そうなら公開延期も考えてもらわないかんかもしらん」

 モニターを、祐吾と佐々木、木下で見つめている。
 動物園の主役は動物とそれを楽しみに見に来てくれる子供たちだ。
 動物にとっても子供たちにとっても来て良かったとなるのが望ましい。あくまで飼育員の見立てだが、どの動物もそう思ってこの園で過ごしてくれている気がする。
 この堂ヶ島動物園では野生の感覚をそもそも知らなかったり、辛い目にあった動物を引き取っているから、退屈かもしれないが居心地は悪くない、そう思ってくれていることを飼育員みなが勝手ながら信じている。
 この子パンダも身寄りがないのであれば、ここを我が家としてホッとしてもらえる。
 木下を初め、みんながそうなってくれる確率は高いと踏んでいた。
 祐吾を除いて。

 すんすん、と鼻をすする音が聞こえる。佐々木がうつむいていた。

「おい、甘ったれ。なに泣いてんや」

「……なんか、つらくて……。こんなに怖がらせてしまって。情けないです」

「泣いてる暇があったら考えろ。泣いてる場合ちゃうぞ」

「……はい」

 祐吾はひとつ舌打ちをした。
 佐々木に対してではない。
 自分の方がよっぽど情けねえよ。そう言いたかった。自分の頬を思いきり殴りたかった。
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