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強豪、滋賀学院 霧隠才雲、現る

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 球審は明らかに狼狽えていた。

 キャッチャーミットが大きく鳴ったので、気付いて見下ろすと、どうやらキャッチャーがボールを掴んでいる。

 見えなかった。

 何かが光ったような気がした瞬間にキャッチャーミットが音をたて、仕方なくミットの位置を確認してストライクコールしたのだった。

 速いとか、そんなレベルではない。

 そもそもこの試合、滋賀学院が有利だろうと思っていた。たった10人という甲賀高校に対して判官贔屓とならないよう、自分を律して球場に入ったのだ。

 それが、どうだ。蓋を開ければ、甲賀のピッチャーは、プロでも打てないレベルでここまでパーフェクトピッチングを続けている。攻撃に関しても、高等レベルの読み合いから先制し、今は満塁のチャンスだ。

 これだけでも驚くばかりなのに、今度は滋賀学院に化け物が出てきた。

 今まで野球に関わって40年。選手として、監督として、そして今、審判として、たくさんの投手を見てきた。ボールが見えなかったのは、初めてだ。

 おそらく、こんな試合を裁くことは人生で二度とない。

 蛇沼は絶句した。

 何かが光ったのではない。霧隠の投じたボールが光ったように見えたのだ。それに気がつき、蛇沼は言葉を失った。光ったとしか、見えなかった。球体の姿をとらえることすらも……叶わなかった。

 しん、と皇子山球場が静まりかえっている。皆、何が起きたか理解できないでいたのだ。滋賀学院の応援席でさえも、一旦は音が止んだ。

「今、投げたん?」

「投げとるわ。ストライクってなったやんけ」

「でも、俺、ボール見えへんかった」

「……それは、俺もや」

 ひそひそと、所々でそんな声が聞かれた。

 蛇沼が頭の整理をする間もなく、既に霧隠はセットポジションに構えていた。

 帽子から覗く前髪が霧隠の右目を塞いでいる。背は180cmくらいだろうか。桐葉や白烏と同じくらいだ。それよりも身体の横幅は狭い。ひょろりとしている。そんな表現が合う。こんな人が見えないほどのスピードボールを? にわかに信じがたい。

 蛇沼がバットを短く握り締める。

 よく、見る。しっかり、見極めるんだ。

 霧隠はセットポジションから、ほとんどテークバックをとらない。ここからだ。さっきはここで光った。蛇沼の目は霧隠の右腕をこれ以上ない集中力で捕らえていた。

 そのはずだった。

 バシイイィィィン!!!

 気付くとキャッチャーのミットが鳴っていた。ぽろりと蛇沼の足元にボールが転がっている。キャッチャーが取れずに溢したらしい。

 …………ストーライィクッ!

 駄目だ。ボールが、見えない。
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