甲賀忍者、甲子園へ行く【地方予選編】

いざ初戦。甲賀者、参る。

20

　滝音は深呼吸をした。まさかマウンドに登る羽目になるとは……。微塵も予想していなかった。

　それでも、滝音だけは橋じいの意図を少し汲み取れていた。打者の苦手コースにきっちり投げられる投手は、消去法でいくと確かに自分なのかもしれない、と。

　あとは投げてみないと分からない。正確なスローイングは落ち着けばできるかもしれない。ただ、それは野手としてのボールだ。投手のボールと明らかに違う棒球を、苦手なコースとはいえ、打てない保証なんてない。

　要するに、賭けだ。

　そう思うと、少し肩の力は抜けた。

　ピッチャーらしくなんて投げられないが、滝音はえいやぁとコースだけを狙って投げてみた。やはり威力はない。だが、打者はそのボールを見送った。

　ストッライイーク！

　おぉ。道河原は思わず声を漏らした。今のを打たねえってことは、よほどこのコースを苦手としているな。道河原は自信を持って同じコースにミットを構える。

　滝音は半信半疑だった。ピッチャーの代わりたてだ。様子を見ただけかもしれない。

　それでも、滝音は丁寧にその苦手コースへ投げるしかない。大きく構える道河原のミットめがけて投げ込んだ。

　ガキーーン

　打者はやはり相当打ちにくいコースなのか、窮屈なバッティングを見せる。ボールがショートの桐葉のもとへ転がり、捕球した桐葉がすさかず月掛へ、月掛もすさかずファーストに入った副島へ。ものの見事にダブルプレーに打ち取ってしまった。

　打者はがっくりと頭を垂れ、滝音が拳を握る。

　ツーアウト三塁。

　まだ４点目のランナーが残っているものの、ここでツーアウトは大きい。

　ただ、ここからどうすれば良いのか……。拳を握った直後に滝音は冷静に思慮に耽る。次の打者は伊香保のデータによると、変化球に弱い。……変化球など投げられない。

　と、またここで橋じいがベンチから、よそりよそりと姿を現した。

「よおぉい、審判どのぉ、タアァァァイムじゃあ！」

　心なしか、審判が少しうんざりしているように見える。

　ここで、ほぼ気を失っていた白烏の目が覚める。……ようやく俺の出番か。なるほど、橋じいは素人の鏡水を見せて、俺の速い球を出せば相手は打てないという算段だったのだな。妙に納得しながら、ブルペンを後にし、マウンドへ歩き始めた。