甲賀忍者、甲子園へ行く【地方予選編】

山城木緑

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いざ初戦。甲賀者、参る。

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「なんすか、ごちゃごちゃやってる時間ねえすよ。とりあえずこれ以上点をやらねえようにしねえと」

 月掛も苛立っていた。負ければ終わり。グラウンドに立つ者は、いつの間にかその呪縛に憑りつかれているのだ。

「月掛、野球やって良かったか?」

「は?」

「は? じゃねえよ。俺は野球やって良かった。甲賀者として、これからも野球で学んだものを活かせるだろうし。ただ、それだけじゃねえ。俺は純粋に外の世界が楽しかった」

 皆が白烏の話を静かに聞き始めた。

「俺らは忍者でも、戦なんてねえし、これからも陽の目を見ることは無かったはずだ。やから、こうして野球できる喜びに俺は恩返しをしてえ。副島やこの藤田を俺ら甲賀者は助けなきゃなんねえ。甲賀者の誇りを示す時だぜ」

 桐葉が小さく頷いた。

「……俺も、異論はない」

「そだろ? 鏡水、蛇沼、刀貴、道河原、月掛。甲賀者が勝ち負けなど気にするな。全力で命の限りと教えられているはずだ。自ずとその先に勝利はついてくる。そのために……」

 皆が白烏に目線を向ける。

「そのために?」

 滝音が問う。

「そのために、声を出せ。目を見開け。頭で考えるな。甲賀の血は俺らの身体に染み込んでる。身体を解放しようぜ。そして、野球っていうフィールドで甲賀者を楽しもうぜ」

 おおっ!!

 これ以上ない伝令であった。甲賀者の血が明らかに滾り始めた。

「それと、藤田……」

「はい」

「最高のボールがいってる。母ちゃんの前で完投しちまえよ。必ず俺はお前の後を引き継ぐから。それまで、頼む」

「はいっ」

 白烏はベンチへと戻っていった。

「……ノーコン病の治らねえ奴に言われてんのもしゃくやけどな」

 道河原が笑って言い、皆がつられて笑った。

 大きな2点を奪われ、1-3。なおもノーアウト一、二塁のピンチを背負った甲賀高校だったが、じわじわとした遠江姉妹社の流れを白烏が大きな波で流した。

「おら、こおおぉい!」

 先ほどエラーした道河原が敢えて率先して声を出す。

「雰囲気、変わった……。白烏くん、何て声をかけたの?」

 伊香保が白烏に訊ねる。

「へへ、秘密や」

 一方の遠江姉妹社ベンチにも僅かな動きが生まれていた。

「むぅ……」

 ここで遠江姉妹社の監督が真っ先にこの空気を読んだのだ。立ち直ったな、相手さん……。顎を撫で、少し考え込み、打者に出したサインを取り消した。

 バントして、またじわりと追い詰める。その常套手段と決めていたが、ここはもう一度立ち直った自信を壊すとしよう。監督は耳や腕を触り、打者に伝える。打者は大きく頷いてバットを握り締めた。

 遠江姉妹社には経験がある。打席に入った打者はチーム1の好打者であった。相手のピッチャーは良いピッチャーだ。だが、無理さえしなければ打てる。打てない球は見逃してフォアボールをもらうでもいい。せっかくヒットを打てる打者にバントをさせて、じわじわ追い詰めるより、ここで一気に意気消沈させる。その道を遠江姉妹社は選んだ。

 だが、百戦錬磨の遠江姉妹社も忍者を相手にした経験は持ち合わせていない。監督は白烏の伝令により、まさに忍者たちが野球をしている状況に変わっていることまでは読めなかった。

 バットをボールにうまく乗せる。打撃理論にそのような言葉がある。

 大振りすると、長打を狙えるが、当然ピッチャーの投げるボールにバットが当たる確率は低くなる。かといって、当てにいくと、力ない打球は内野ゴロとなる。うまく乗せるとは、ピッチャーの投げるボールの勢いを利用し、打球が上がる箇所へバットを当てる技術だ。長打は狙えなくとも内野の頭を越えることはできる。打席に入った打者はそれができる打者である。

 滝音は打席に入った打者を冷静に見極めていた。……おそらくバントしてこないな。確かにこの打者は打撃センスがある。伊香保の分析にもあった。苦手コースもない。……なるほど、ここは畳み掛けて、一気に戦意を奪おうと切り替えたな。

 白烏の檄は滝音の脳をリセットさせていた。こうなれば、遠江姉妹社の監督よりも滝音の方が一枚も二枚も上手だ。実際の戦場で軍師として培ってきた血が滝音には流れている。

 滝音はニヤリと笑って、藤田にサインを出した。ならば、逆にこちらが戦意を奪わせてもらおう。

 滝音が求めるコース、速さが揃えば、おそらく打球はあそこへ飛ぶはずだ。
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