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いざ初戦。甲賀者、参る。
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ボーーール!
力む藤田のボールが本来のコントロールを失う。遠江姉妹社のバッターはボール球には一切手を出さない。滝音は何とかしようと肩の力を抜くようにジェスチャーを取るが、藤田は打たれてないのに…という葛藤から離れられなくなっている。
ボーーール! フォアボール!
ノーアウト満塁。
うーーーーーん。
白烏は勝手に迷路に迷い込んでいるようなナインを見て、何とも言えない唸り声を出した。
隣であくせくとメモを取る伊香保に話かけた。
「伊香保」
「何、白烏くん? 今ちょっと忙しいんだけど」
「これがお前の言う甲子園の魔物ってやつか?」
伊香保はメモを取りながら、ふりふりと首を横に振った。
「ううん、こんなもんじゃない。私が研究しても解き明かせないものは、こんなレベルじゃないわ」
「じゃあ、何であんなに皆がバラバラ向いてんだ? 気負ったり焦ったり……。外から見たらよく分かる。このまんまじゃ逆転されんぞ。実力は俺らの方が上かもしんねえのに、ペースは向こうのもんになっちまってる」
伊香保は、白烏の方へ目線を上げた。
「さすが白烏くん。良い洞察力してるわ。でも、これはただの経験の差ね。乗り越えるしかない。私もその突破口を探っているところ」
「ふーーーーん、とりあえず早く投げたいぜ、これならよ」
クスッと伊香保は笑った。
「そうね。でも、私は副島くんの考えが分かる。だから、今はこうして野球をたくさん勉強して。白烏くんの力が必要なのはまだ先。それまでに完成させて」
「まだ先って……ここで負けたら俺終わりやん」
伊香保はまだ危機感に苛まれている訳ではなさそうだった。笑みを浮かべ、白烏に言った。
「このチームにはこれだけのキャラがいる。もちろん白烏くんも含めてね。だから……誰かが突破口を開くと思うわ」
蛇沼はついさっきまで、勝てそうだという妄想に苛まれていた。みんなと野球をする喜びという、蛇沼にとって一番大事なことを忘れてしまっていた。これも、欲だ。
だが、蛇沼はマウンドで汗を拭う藤田を見てハッとした。僕を誘ってくれた副島と藤田。僕はこの二人のために野球をやっていると言っても過言ではない。レフトを振り返ると、副島と目が合った。副島は蛇沼の変化に気付いた。ゆっくりと蛇沼に親指を立てた。任せた、と。
僕が藤田を落ち着かせないと。蛇沼はそう思った。
「大丈夫だよ! 藤田、逆に守りやすくなったから」
藤田は珍しく蛇沼が声を掛けてくれたことに驚いた。三塁方向へ目をやる。不思議と蛇沼の笑顔には優しさが溢れている。ずっと独りでいた分、蛇沼の表情や言葉には心からの応援がこもっているのだ。
ぺこりと頭を下げ、深呼吸した。そのままマウンドでぴょんぴょんと跳ねる。落ち着け、落ち着け、と。藤田はやっと高ぶっていた感情を抑えようとし始めていた。
この先輩たちがいるから、こうして試合できてるんだ。落ち着こう。
立ち直れるか……。ベンチから見つめる白烏はそんな雰囲気をマウンド上の藤田から感じた。しかし、一旦できた流れはそう簡単には止まってくれない。厳しさはまだ、止まらない。
藤田の投げ込んだボールが打者の膝元にキレ良く決まる。うん、よし。ミットに収めた滝音が大きく頷いた。
「拓也ーー! 良いボール!」
心配で声が出なかった母親も声を張り上げた。それほどミットを弾く音が心地よく球場に響いていた。
よし、さすが藤田。心を静めてくれたな。このコースに決まっていけば、満塁で守りやすい分、何とかなるかもしれない。ここは何とか最小失点で抑えたい。滝音はそう確信して、道河原と蛇沼に目配せをした。転がった場合、頼むぞ。
滝音からの目配せを受け取った蛇沼と道河原の二人。蛇沼は副島や滝音が警戒し始めた遠江姉妹社の試合巧者ぶりに理解をし始めていた。ここは落ち着くべきだ。そう感じ始めていた。
一方の道河原は完全に捉え間違えていた。なるほど、一点もやらせないってことか。滝音も俺に頼るようになったか。任せとけ。
力む藤田のボールが本来のコントロールを失う。遠江姉妹社のバッターはボール球には一切手を出さない。滝音は何とかしようと肩の力を抜くようにジェスチャーを取るが、藤田は打たれてないのに…という葛藤から離れられなくなっている。
ボーーール! フォアボール!
ノーアウト満塁。
うーーーーーん。
白烏は勝手に迷路に迷い込んでいるようなナインを見て、何とも言えない唸り声を出した。
隣であくせくとメモを取る伊香保に話かけた。
「伊香保」
「何、白烏くん? 今ちょっと忙しいんだけど」
「これがお前の言う甲子園の魔物ってやつか?」
伊香保はメモを取りながら、ふりふりと首を横に振った。
「ううん、こんなもんじゃない。私が研究しても解き明かせないものは、こんなレベルじゃないわ」
「じゃあ、何であんなに皆がバラバラ向いてんだ? 気負ったり焦ったり……。外から見たらよく分かる。このまんまじゃ逆転されんぞ。実力は俺らの方が上かもしんねえのに、ペースは向こうのもんになっちまってる」
伊香保は、白烏の方へ目線を上げた。
「さすが白烏くん。良い洞察力してるわ。でも、これはただの経験の差ね。乗り越えるしかない。私もその突破口を探っているところ」
「ふーーーーん、とりあえず早く投げたいぜ、これならよ」
クスッと伊香保は笑った。
「そうね。でも、私は副島くんの考えが分かる。だから、今はこうして野球をたくさん勉強して。白烏くんの力が必要なのはまだ先。それまでに完成させて」
「まだ先って……ここで負けたら俺終わりやん」
伊香保はまだ危機感に苛まれている訳ではなさそうだった。笑みを浮かべ、白烏に言った。
「このチームにはこれだけのキャラがいる。もちろん白烏くんも含めてね。だから……誰かが突破口を開くと思うわ」
蛇沼はついさっきまで、勝てそうだという妄想に苛まれていた。みんなと野球をする喜びという、蛇沼にとって一番大事なことを忘れてしまっていた。これも、欲だ。
だが、蛇沼はマウンドで汗を拭う藤田を見てハッとした。僕を誘ってくれた副島と藤田。僕はこの二人のために野球をやっていると言っても過言ではない。レフトを振り返ると、副島と目が合った。副島は蛇沼の変化に気付いた。ゆっくりと蛇沼に親指を立てた。任せた、と。
僕が藤田を落ち着かせないと。蛇沼はそう思った。
「大丈夫だよ! 藤田、逆に守りやすくなったから」
藤田は珍しく蛇沼が声を掛けてくれたことに驚いた。三塁方向へ目をやる。不思議と蛇沼の笑顔には優しさが溢れている。ずっと独りでいた分、蛇沼の表情や言葉には心からの応援がこもっているのだ。
ぺこりと頭を下げ、深呼吸した。そのままマウンドでぴょんぴょんと跳ねる。落ち着け、落ち着け、と。藤田はやっと高ぶっていた感情を抑えようとし始めていた。
この先輩たちがいるから、こうして試合できてるんだ。落ち着こう。
立ち直れるか……。ベンチから見つめる白烏はそんな雰囲気をマウンド上の藤田から感じた。しかし、一旦できた流れはそう簡単には止まってくれない。厳しさはまだ、止まらない。
藤田の投げ込んだボールが打者の膝元にキレ良く決まる。うん、よし。ミットに収めた滝音が大きく頷いた。
「拓也ーー! 良いボール!」
心配で声が出なかった母親も声を張り上げた。それほどミットを弾く音が心地よく球場に響いていた。
よし、さすが藤田。心を静めてくれたな。このコースに決まっていけば、満塁で守りやすい分、何とかなるかもしれない。ここは何とか最小失点で抑えたい。滝音はそう確信して、道河原と蛇沼に目配せをした。転がった場合、頼むぞ。
滝音からの目配せを受け取った蛇沼と道河原の二人。蛇沼は副島や滝音が警戒し始めた遠江姉妹社の試合巧者ぶりに理解をし始めていた。ここは落ち着くべきだ。そう感じ始めていた。
一方の道河原は完全に捉え間違えていた。なるほど、一点もやらせないってことか。滝音も俺に頼るようになったか。任せとけ。
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