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いざ初戦。甲賀者、参る。
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マウンドの藤田はいつも従順な藤田と少し違っていた。滝音からの初球のサインへ首を振る。
『いや、慎重にいくべきだ』
滝音はめげずに厳しいコースのスライダーを再度要求する。
『滝音さん、相手を敬いすぎです。いける間はねじ伏せて流れを呼ばないと』
藤田はまた首を振る。滝音が無念そうにストレートを要求する。結局、そのストレートが弾き返され、藤田はこの試合、初めてのヒットを許した。珍しくマウンド上で藤田が悔しそうにロジンバックを地面に投げた。
「……よし」
遠江姉妹社の監督が小さくそう呟いた。すさかずサインを打者へ送る。打者はこくりと首を縦に振り、打席に入った。
藤田と滝音のバッテリーは同じことを思い、それでいて違う方向へ進もうとしていた。
「ここは100%バントだ。絶対二塁で刺す」
「ここは100%バントだ。焦らず一つアウトを取っていけばいい」
サインがすんなりと決まった。高めのストレートだ。すんなり合意したはずなのに、お互いに思いは違うものだった。藤田は強いバントをさせて二塁で刺したい。滝音は素直にバントさせて次の得点圏打率の低い打者で勝負したい。
打者は基本通りにバットを身体に引き付けてバントした。僅かに期待したフライを上げてしまうようなミスはしてくれない。
ゴロが藤田と滝音の前に転がる。打ちにくい内角へ投じられた分、打球は勢いがあまりなく、滝音の方がボールに近い。落ち着いて滝音が手を上げた。藤田、大丈夫だ。俺が捕る。そんな合図だった。スタミナに不安のある藤田をむやみに走らせたくない思いもあった。しっかりとボールを見て、ちらりとランナーの位置を確認しようと顔を上げた瞬間、強い衝撃が襲った。
藤田は確かに調子が良かった。僕でこのチームを勝たせられるという思いがあったのかもしれない。母親に良いところを見せてあげたいという気負いもあったのかもしれない。藤田は二塁で刺すことだけを考え、ゴロに向かって突っ込み、滝音と激突したのだった。
副島とともに、甲賀野球部で一番野球を知っているのは藤田だ。副島よりも基本に忠実と言っていい。その藤田が自分を見失っていた。その原因は、欲だ。欲は人を見失わせる。この相手にこの調子の良さなら、いけるのでは。そんな欲が藤田をも狂わせている。副島と桐葉が一滴冷たい汗を垂らした。
……まだこの序盤なら間に合う。でも、どう伝えればいい?
「藤田……高揚し過ぎだ。冷静になれ」
「すみません。申し訳ないです」
ぶつかってしまった藤田は滝音に謝り、唇を噛んだ。完全に自分のミスからのピンチ拡大。いつもの藤田なら冷静に落ち着けるのだが、どうしても高揚が抑えられない。せめて次の打者は簡単にバントさせまいと思ってしまうのだった。
この光景、この雰囲気を苦々しく見つめる男がいた。ベンチにいた白烏だ。
『いや、慎重にいくべきだ』
滝音はめげずに厳しいコースのスライダーを再度要求する。
『滝音さん、相手を敬いすぎです。いける間はねじ伏せて流れを呼ばないと』
藤田はまた首を振る。滝音が無念そうにストレートを要求する。結局、そのストレートが弾き返され、藤田はこの試合、初めてのヒットを許した。珍しくマウンド上で藤田が悔しそうにロジンバックを地面に投げた。
「……よし」
遠江姉妹社の監督が小さくそう呟いた。すさかずサインを打者へ送る。打者はこくりと首を縦に振り、打席に入った。
藤田と滝音のバッテリーは同じことを思い、それでいて違う方向へ進もうとしていた。
「ここは100%バントだ。絶対二塁で刺す」
「ここは100%バントだ。焦らず一つアウトを取っていけばいい」
サインがすんなりと決まった。高めのストレートだ。すんなり合意したはずなのに、お互いに思いは違うものだった。藤田は強いバントをさせて二塁で刺したい。滝音は素直にバントさせて次の得点圏打率の低い打者で勝負したい。
打者は基本通りにバットを身体に引き付けてバントした。僅かに期待したフライを上げてしまうようなミスはしてくれない。
ゴロが藤田と滝音の前に転がる。打ちにくい内角へ投じられた分、打球は勢いがあまりなく、滝音の方がボールに近い。落ち着いて滝音が手を上げた。藤田、大丈夫だ。俺が捕る。そんな合図だった。スタミナに不安のある藤田をむやみに走らせたくない思いもあった。しっかりとボールを見て、ちらりとランナーの位置を確認しようと顔を上げた瞬間、強い衝撃が襲った。
藤田は確かに調子が良かった。僕でこのチームを勝たせられるという思いがあったのかもしれない。母親に良いところを見せてあげたいという気負いもあったのかもしれない。藤田は二塁で刺すことだけを考え、ゴロに向かって突っ込み、滝音と激突したのだった。
副島とともに、甲賀野球部で一番野球を知っているのは藤田だ。副島よりも基本に忠実と言っていい。その藤田が自分を見失っていた。その原因は、欲だ。欲は人を見失わせる。この相手にこの調子の良さなら、いけるのでは。そんな欲が藤田をも狂わせている。副島と桐葉が一滴冷たい汗を垂らした。
……まだこの序盤なら間に合う。でも、どう伝えればいい?
「藤田……高揚し過ぎだ。冷静になれ」
「すみません。申し訳ないです」
ぶつかってしまった藤田は滝音に謝り、唇を噛んだ。完全に自分のミスからのピンチ拡大。いつもの藤田なら冷静に落ち着けるのだが、どうしても高揚が抑えられない。せめて次の打者は簡単にバントさせまいと思ってしまうのだった。
この光景、この雰囲気を苦々しく見つめる男がいた。ベンチにいた白烏だ。
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