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腕試し
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理弁和歌山ナインが大きな挨拶と深々とした礼を残して、グラウンドを去っていった。
甲賀ナインが何の号令もなく、マウンドに集まる。伊香保を含めた11人がマウンドのプレートを中心に円を描く。ちなみに橋じいは宿舎に早々と帰っていった。眠そうだった。
副島は何も語らず、全員の顔をぐるりと見た。皆の表情を見渡してひとつの確信を抱いた。このチームはまだまだ強くなる。全員が何一つ満足していない目つきをしているからだ。
「試合……やってみてどうやった?」
スパイクの痕ででこぼこになったグラウンドを見つめながら、副島がナインに語りかけた。最初に応えたのは道河原だった。
「俺はこんなに自分が足手まといになるとは思わんかった。すまねえ」
大きな身体が萎んでいる。
「……くだらん。謝って何の意味がある」
円の反対側から桐葉が静かにけしかけた。
「ああ? ホームラン打って調子乗ってんのか、お前」
「貴様と一緒にするな。三振していちいちうるさい貴様と違って私は冷静だ。課題も見えた」
道河原が顔を赤くして立ち上がるのを3人がかりで止めた。
「まあまあ、喧嘩すなよ。あっちの監督さんがや、俺らにわざわざアドバイスくれてんだ。紙回すから、それぞれ読んでくれ。桐葉の言う通り、各々課題は見えたはずだ。あんまり時間はねえけど、少しでも大会までにレベルアップしてくぞ」
皆が高鳥監督がしたためたアドバイスを読んで、一人一人がうんうんと頷いた。
まだまだ荒削りを脱しはしないが、中身の濃い合宿が終わった。戻ると、ついに地方大会の組合せ抽選となる。大会までにどれだけ昇っていけるかは、個々に託された。西に傾いた陽射しを浴び、誰ともなく素振りを始める姿を、ほっほっと笑いながら橋じいが宿舎から見下ろしていた。
帰りのバスに乗り込むと、いつの間にかみんな寝てしまった。
「みんな、疲れきっちゃってるね」
二人だけ、一番前の座席で起きている。滝音と伊香保だ。
「あぁ、野球漬けだったしな。覚えることも多かったし、試合後もずっと練習しっぱなしだったし」
滝音が後ろを振り返り、寝顔を覗きながら言った。真後ろの座席では副島が二つ分の座席に横になって寝息を立てている。
「伊香保……改めて野球部に来てくれてありがとう」
「……うん」
美男美女の目がぱちりと合い、少しずつ距離が縮まる。車窓の外は太陽が沈んだ直後で、空は赤と青が混じり、二人の唇が触れ合うにはちょうど良い雰囲気だった。
「あかんぞー! そんなん、あかーーーん! 甲子園でてっぺん獲ってからや」
咄嗟に二人は離れ、後ろの席を覗いた。むにゃむにゃと副島はよだれを垂らしている。
「寝言……だね」
「焦ったな。ま、でも寝言の通りだな。まず甲子園で頂点に立とう」
「うん!」
そのまま二人は背もたれに顎をのせて、ナインの寝顔を見た。刀を抱いて静かに寝る桐葉の後ろで、鼻提灯を豪快に出している道河原が寝ている。藤田が桔梗の方へこくりこくりと頭を揺らし、眠りながらも桔梗がそれを避けている。
「ほんっと個性豊かだよねー」
「そだな、たぶん何かやるチームってこんなんだと思う」
「うんっ」
バスがでこぼこ道に差し掛かって、大きく揺れている。たくさんの揺れがこれから甲賀高校野球部を襲ってくる。大きな揺れに襲われバスが転覆してしまいそうになったら、この中の誰かが必ず揺れを止める。そんな雰囲気がこのバスには漂っていた。
甲賀ナインが何の号令もなく、マウンドに集まる。伊香保を含めた11人がマウンドのプレートを中心に円を描く。ちなみに橋じいは宿舎に早々と帰っていった。眠そうだった。
副島は何も語らず、全員の顔をぐるりと見た。皆の表情を見渡してひとつの確信を抱いた。このチームはまだまだ強くなる。全員が何一つ満足していない目つきをしているからだ。
「試合……やってみてどうやった?」
スパイクの痕ででこぼこになったグラウンドを見つめながら、副島がナインに語りかけた。最初に応えたのは道河原だった。
「俺はこんなに自分が足手まといになるとは思わんかった。すまねえ」
大きな身体が萎んでいる。
「……くだらん。謝って何の意味がある」
円の反対側から桐葉が静かにけしかけた。
「ああ? ホームラン打って調子乗ってんのか、お前」
「貴様と一緒にするな。三振していちいちうるさい貴様と違って私は冷静だ。課題も見えた」
道河原が顔を赤くして立ち上がるのを3人がかりで止めた。
「まあまあ、喧嘩すなよ。あっちの監督さんがや、俺らにわざわざアドバイスくれてんだ。紙回すから、それぞれ読んでくれ。桐葉の言う通り、各々課題は見えたはずだ。あんまり時間はねえけど、少しでも大会までにレベルアップしてくぞ」
皆が高鳥監督がしたためたアドバイスを読んで、一人一人がうんうんと頷いた。
まだまだ荒削りを脱しはしないが、中身の濃い合宿が終わった。戻ると、ついに地方大会の組合せ抽選となる。大会までにどれだけ昇っていけるかは、個々に託された。西に傾いた陽射しを浴び、誰ともなく素振りを始める姿を、ほっほっと笑いながら橋じいが宿舎から見下ろしていた。
帰りのバスに乗り込むと、いつの間にかみんな寝てしまった。
「みんな、疲れきっちゃってるね」
二人だけ、一番前の座席で起きている。滝音と伊香保だ。
「あぁ、野球漬けだったしな。覚えることも多かったし、試合後もずっと練習しっぱなしだったし」
滝音が後ろを振り返り、寝顔を覗きながら言った。真後ろの座席では副島が二つ分の座席に横になって寝息を立てている。
「伊香保……改めて野球部に来てくれてありがとう」
「……うん」
美男美女の目がぱちりと合い、少しずつ距離が縮まる。車窓の外は太陽が沈んだ直後で、空は赤と青が混じり、二人の唇が触れ合うにはちょうど良い雰囲気だった。
「あかんぞー! そんなん、あかーーーん! 甲子園でてっぺん獲ってからや」
咄嗟に二人は離れ、後ろの席を覗いた。むにゃむにゃと副島はよだれを垂らしている。
「寝言……だね」
「焦ったな。ま、でも寝言の通りだな。まず甲子園で頂点に立とう」
「うん!」
そのまま二人は背もたれに顎をのせて、ナインの寝顔を見た。刀を抱いて静かに寝る桐葉の後ろで、鼻提灯を豪快に出している道河原が寝ている。藤田が桔梗の方へこくりこくりと頭を揺らし、眠りながらも桔梗がそれを避けている。
「ほんっと個性豊かだよねー」
「そだな、たぶん何かやるチームってこんなんだと思う」
「うんっ」
バスがでこぼこ道に差し掛かって、大きく揺れている。たくさんの揺れがこれから甲賀高校野球部を襲ってくる。大きな揺れに襲われバスが転覆してしまいそうになったら、この中の誰かが必ず揺れを止める。そんな雰囲気がこのバスには漂っていた。
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