101 / 243
腕試し
38
しおりを挟む
「副島さん、肩に力入ってますわ。楽に楽に」
月掛が声を掛ける。
副島? その名前に資定は小さな反応を見せた。確か数年前に命を絶ったあの選手も同じ名前だった。大伴家にオーバーラップするその選手は、ずっと資定の頭の中に残っている。
打席に入る前、副島は空を見上げた。
俺にできることは、何だ。
ここ数ヶ月、ずっと副島は自問してきた。野球の経験は間違いなく上だが、運動能力はこいつら忍者たちの方が遥かに高い。自分が五番打者でいる時間もあとわずかだろうと思っている。みんなが集まってくれて、こんなに可能性に溢れる奴らが集い、もしかしたら本当に甲子園の切符を取れるかもしれない。野球を教えたらみんなスポンジのように吸収していく。野球を教えきったら、俺はこのチームに必要だろうか? 最近、ときどきそう思うのだ。
兄貴、甲子園にいくために、俺は何ができるだろう? 何の変哲もない普通の高校を甲子園での全国制覇に導いた兄は、ずっとずっと副島の憧れだ。兄貴はどうやってあの風景を作り出したのだろう。
資定は少し間を取った。
さっきの四番は普通じゃなかった。対して、この五番はそんな雰囲気は感じない。普通に投げれば、おそらくバットにかすりもしないだろう。それなのに、資定は間を取った。何故この何の変哲もないこの五番バッターに自分の神経が警戒したのか、分からなかった。
資定の初球、豪たるストレートが副島の横をあっさりと通り過ぎ、森本のミットに収まった。森本のミットが爆発音のような轟音を鳴らす。
「……すごいわ、これは」
副島が呟いたのを森本は見つめていた。この五番は正直、怖くない。いくら大伴さんとはいえ、次のキャッチャーに回る方が少し厄介だ。この五番でしっかり終わらせたい。
森本は内角のスライダーを要求した。資定がしっかり捕れよとサインに頷く。ストレートと全く同じ腕の振りから、副島の内角をスライダーがえぐる。副島がかろうじて避けたと思った球は白烏のスライダーと同じ軌道で急カーブし、ストライクゾーンへ侵入していく。森本が必死でミットの端で受け止めた。
ストライク、ツー!
森本は次の球を早々に決めた。ストレート。もうこの五番では大伴さんの球は何を投げても打てまい。これで終いだ。
副島は一度打席を外した。ベンチを振り返る。みんながベンチ前に陣取って、両手を握り締めながらこっちを見ている。おいおい、ただの練習試合やねんで。副島は薄く笑いを浮かべた。
「副島さん、いつものスイング!」
「副島、しっかり踏み込め! 放り込んだれ!」
「副島くん、頑張ってぇ!!」
練習試合やって言うてるやろ……。まだひとつのスイングもできてない俺に、そんな目線送んなよ……。副島は胸にしまった御守りを握った。空を見る。
兄貴、なんか分かってきたかもしらん。俺は、こいつらと上の方に行きたいわ。こいつらにもっと夢を見させたい。俺は集まってくれたこいつらに何としてでも恩返ししたらなあかん。なぁ、兄貴もこんなんやったんか?
雲の切れ間から太陽が覗き、副島を照らした。
月掛が声を掛ける。
副島? その名前に資定は小さな反応を見せた。確か数年前に命を絶ったあの選手も同じ名前だった。大伴家にオーバーラップするその選手は、ずっと資定の頭の中に残っている。
打席に入る前、副島は空を見上げた。
俺にできることは、何だ。
ここ数ヶ月、ずっと副島は自問してきた。野球の経験は間違いなく上だが、運動能力はこいつら忍者たちの方が遥かに高い。自分が五番打者でいる時間もあとわずかだろうと思っている。みんなが集まってくれて、こんなに可能性に溢れる奴らが集い、もしかしたら本当に甲子園の切符を取れるかもしれない。野球を教えたらみんなスポンジのように吸収していく。野球を教えきったら、俺はこのチームに必要だろうか? 最近、ときどきそう思うのだ。
兄貴、甲子園にいくために、俺は何ができるだろう? 何の変哲もない普通の高校を甲子園での全国制覇に導いた兄は、ずっとずっと副島の憧れだ。兄貴はどうやってあの風景を作り出したのだろう。
資定は少し間を取った。
さっきの四番は普通じゃなかった。対して、この五番はそんな雰囲気は感じない。普通に投げれば、おそらくバットにかすりもしないだろう。それなのに、資定は間を取った。何故この何の変哲もないこの五番バッターに自分の神経が警戒したのか、分からなかった。
資定の初球、豪たるストレートが副島の横をあっさりと通り過ぎ、森本のミットに収まった。森本のミットが爆発音のような轟音を鳴らす。
「……すごいわ、これは」
副島が呟いたのを森本は見つめていた。この五番は正直、怖くない。いくら大伴さんとはいえ、次のキャッチャーに回る方が少し厄介だ。この五番でしっかり終わらせたい。
森本は内角のスライダーを要求した。資定がしっかり捕れよとサインに頷く。ストレートと全く同じ腕の振りから、副島の内角をスライダーがえぐる。副島がかろうじて避けたと思った球は白烏のスライダーと同じ軌道で急カーブし、ストライクゾーンへ侵入していく。森本が必死でミットの端で受け止めた。
ストライク、ツー!
森本は次の球を早々に決めた。ストレート。もうこの五番では大伴さんの球は何を投げても打てまい。これで終いだ。
副島は一度打席を外した。ベンチを振り返る。みんながベンチ前に陣取って、両手を握り締めながらこっちを見ている。おいおい、ただの練習試合やねんで。副島は薄く笑いを浮かべた。
「副島さん、いつものスイング!」
「副島、しっかり踏み込め! 放り込んだれ!」
「副島くん、頑張ってぇ!!」
練習試合やって言うてるやろ……。まだひとつのスイングもできてない俺に、そんな目線送んなよ……。副島は胸にしまった御守りを握った。空を見る。
兄貴、なんか分かってきたかもしらん。俺は、こいつらと上の方に行きたいわ。こいつらにもっと夢を見させたい。俺は集まってくれたこいつらに何としてでも恩返ししたらなあかん。なぁ、兄貴もこんなんやったんか?
雲の切れ間から太陽が覗き、副島を照らした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる