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腕試し
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副島は一旦練習を止めた。部室に戻り、スマホを持って皆のもとへ歩いてくる。サッカー部やハンドボール部の大きな声がこだまする中、グラウンドの隅っこで野球部は副島と犬走を中心に輪を作った。皆で副島のスマホを覗き込む。
「これ、キューバの有名な選手なんや。見ててみ」
副島は一本の動画を再生した。そこには打席の後ろの方から走りながらバッティングするキューバの選手が映っていた。2、3歩走りながら打ち、その勢いのまま単純な内野ゴロで一塁を駆け抜けていく。
「走りながら打っとる。あれがセーフになるんか」
みんながその走力に感嘆した。犬走は真剣に画面へ食い入っている。
「でも、この選手は軽くだけどちゃんとバットを振ってる。俺は振らないでいいって意味が分からない。最終的にはこの選手みたいに走りながら振るってことか?」
副島は動画を一度止めた。
「この選手は世界大会で有名になってん。ほんで、日本のプロ野球に来たんやけど、今年クビになってもうた」
「ほならダメですやん」
月掛が隣でずっこける。副島は笑ってその月掛に質問した。
「この人はダメかもしらんけど、俺は犬走とこの人はちゃうと思てる。どこや思う?」
「和巳さんとの違いっすか? んーーー、ちゃんと野球してるってとこちゃいます? 和巳さんは当てて走ってるだけっすから」
月掛がそう言って笑う。犬走は口を尖らせて月掛を小突いていた。
「ふふ、犬走からしたら腹立つかしれんけど、月掛のはほぼ正解や。このキューバの選手は犬走と違って、ちゃんと野球しとる。でも裏を返せば、ただ野球に助走を取り入れただけやった。でも、犬走は違う。犬走には本物の走力がある」
副島はそう熱っぽく語っていく。
「そう褒められるとありがたいけど、走力があったって前に飛ばせなきゃ意味がない。副島、いったい何を伝えようと思ってる?」
副島は大きく頷き、もったいぶっていた解答をやっと吐き出した。
「犬走の走力、特に最初の数歩の加速力はおそらく世界の陸上選手の中でもトップクラスや。しかも重心が低い。そこには大きな力が生まれる。たぶん、この選手みたいに振る必要はないと思うねん。本気で走りながらバットに当てさえすれば、自ずと前に打球は転がる。俺はそう確信してる」
自信満々で答える副島をよそに、甲賀ナインは半信半疑であった。誰一人、なるほどの一言を発しない。滝音が顎に手をあてながら副島をじっと見ていた。
「なんや、滝音。何か引っ掛かるか?」
「いや、副島。さすがに無理だろう、それは。がっちり構えて打つのでも、向かってくるボールを打つのは難しいものなのに。全力で走りながら打つなんて、人間離れした動体視力がないと……」
そうか、なるほど。滝音が発した一言で、犬走は皆と違う反応をした。すっくと立ち上がりバットを持った。
「道河原、滝音、もう一回いいか?」
そう。
シン、セイ、ヒョウと幼い頃から追いかけっこをしてきた犬走にとって、高速での動体視力はもともと身についている産物であった。副島はそれを見抜いていたのだ。
「これ、キューバの有名な選手なんや。見ててみ」
副島は一本の動画を再生した。そこには打席の後ろの方から走りながらバッティングするキューバの選手が映っていた。2、3歩走りながら打ち、その勢いのまま単純な内野ゴロで一塁を駆け抜けていく。
「走りながら打っとる。あれがセーフになるんか」
みんながその走力に感嘆した。犬走は真剣に画面へ食い入っている。
「でも、この選手は軽くだけどちゃんとバットを振ってる。俺は振らないでいいって意味が分からない。最終的にはこの選手みたいに走りながら振るってことか?」
副島は動画を一度止めた。
「この選手は世界大会で有名になってん。ほんで、日本のプロ野球に来たんやけど、今年クビになってもうた」
「ほならダメですやん」
月掛が隣でずっこける。副島は笑ってその月掛に質問した。
「この人はダメかもしらんけど、俺は犬走とこの人はちゃうと思てる。どこや思う?」
「和巳さんとの違いっすか? んーーー、ちゃんと野球してるってとこちゃいます? 和巳さんは当てて走ってるだけっすから」
月掛がそう言って笑う。犬走は口を尖らせて月掛を小突いていた。
「ふふ、犬走からしたら腹立つかしれんけど、月掛のはほぼ正解や。このキューバの選手は犬走と違って、ちゃんと野球しとる。でも裏を返せば、ただ野球に助走を取り入れただけやった。でも、犬走は違う。犬走には本物の走力がある」
副島はそう熱っぽく語っていく。
「そう褒められるとありがたいけど、走力があったって前に飛ばせなきゃ意味がない。副島、いったい何を伝えようと思ってる?」
副島は大きく頷き、もったいぶっていた解答をやっと吐き出した。
「犬走の走力、特に最初の数歩の加速力はおそらく世界の陸上選手の中でもトップクラスや。しかも重心が低い。そこには大きな力が生まれる。たぶん、この選手みたいに振る必要はないと思うねん。本気で走りながらバットに当てさえすれば、自ずと前に打球は転がる。俺はそう確信してる」
自信満々で答える副島をよそに、甲賀ナインは半信半疑であった。誰一人、なるほどの一言を発しない。滝音が顎に手をあてながら副島をじっと見ていた。
「なんや、滝音。何か引っ掛かるか?」
「いや、副島。さすがに無理だろう、それは。がっちり構えて打つのでも、向かってくるボールを打つのは難しいものなのに。全力で走りながら打つなんて、人間離れした動体視力がないと……」
そうか、なるほど。滝音が発した一言で、犬走は皆と違う反応をした。すっくと立ち上がりバットを持った。
「道河原、滝音、もう一回いいか?」
そう。
シン、セイ、ヒョウと幼い頃から追いかけっこをしてきた犬走にとって、高速での動体視力はもともと身についている産物であった。副島はそれを見抜いていたのだ。
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