90 / 237
腕試し
27
しおりを挟む
警戒した石田は外角低めにストレートを投げ込んだ。だらりと下がったバットは反応しない。
犬走は副島から、バットに当てることと、もうひとつ教えられていることがある。ストライクとボールの見極めだ。
「いいか、犬走。犬走にとって一番良いのはフォアボールや。塁が空いてりゃ、お前の場合、自動的に三塁打になる。三塁打なんて実際の試合でもなかなか出えへん。当てるより、当てられないって方に神経を注いで欲しいんや。当てられへんのはフォアボールに繋がる。当てられるのだけ当ててみたらええ」
副島から、そう口酸っぱく言われてきた。
今のは、当たらない。
ボーーール! 審判が首を横に振る。
森本が表情を覗いている。犬走の眼はぎらりと尖っている。それなのに、バットはやる気なくだらりと下を向いている。何なんだ、この代打は……。
警戒心いっぱいの森本が外角のスライダーを要求する。が、石田はそのサインに首を振った。
『森本、冷静になれ。その構えからはどう考えても打球は飛ばない。何も怖がることなんてない』
石田は逆に内角気味のストレートのサインを森本に送った。
『すまない、そりゃそうだ』
森本が首を縦に振った。
石田が伸びのあるストレートを投げ込む。
「あ、当たる!」
犬走がバットを上げ、向かってくるボールに合わせた。コキン。何とも力の無い打球音とともに、打球は三塁線に力なく転がり、すぐに止まった。
ファーール!
森本は慌てて三塁を確認したが、ランナーが走ろうとしていた様子はない。変形のスクイズというわけでもなさそうだ。
……なんなんだこいつ。ほんとに一体何がしたいんだ。
犬走は打席を一度外してバットを強く握った。ベンチを見ると、副島と目が合った。互いにアイコンタクトを取る。
そういうことだな。
ああ、そういうことや。
もうひとつだけ、犬走は副島に教えられていることがあった。二人はそれを確認し合ったのだ。
───犬走が入部してしばらく経ったある日の練習でのことだ。
犬走は、教えられるがままに藤田や副島の投げるボールにコツンと当てる練習を繰り返していた。
「なぁ、犬走」
「ん?」
「例えば、フォアボールが見込めなさそうなピッチャーがおったとしよう。お前はとにかくバットに当てる。その打球が全然前に飛ばんかったとしたら、どうすりゃええと思う?」
犬走は考え込んだ。少し考えて、こう答えた。
「やっぱり、その時は振らなあかんのやろね」
副島がにやっと笑い、道河原を呼んだ。
「道河原、お前ピッチャーやってくれへんか」
「ピッチャー? キャッチャーの間違いか?」
「いんや、ピッチャーや。マウンドの3メーター手前からでいい。キャッチボールや思って滝音のミットめがけて投げてみ」
道河原が戸惑いながら、滝音のミットへ投げる。とてもピッチャーの投げ方ではないが、滝音のミットが重い音を上げる。その音を聞いて副島が満足そうに頷いた。
「犬走、この球、当ててみ」
道河原が投げ込む。犬走はその何の変化もキレもないボールにバットを当てる。打球は力なく三塁線に転がり、ファールになる。何度も繰り返し当てるが、ちっとも前に飛ばない。弱いゴロがファールゾーンに転がっていく。
「なんやぁ、犬走ぃ。やっぱ俺の球は凄すぎて打てんかぁ。ぬはは」
犬走は苦笑してバントの構えをした。両手で押し出せば、重い道河原の球も前に転がせる。
「はいっ、ストップや!」
犬走と道河原の動きが止まり、大声で止めた副島を見る。
「転がすためには確かにバントや。でも、俺が今まで犬走にバントさせへんかったんは、お前が出塁率5割超えるバッターになるんちゃうか思てるからなんや」
よく分からない、と犬走と道河原が首を傾ける。
「分からんか。ほな、守備のときバントの構えされたら、道河原、どうする?」
「そりゃ急いで前に出る」
「せやな。ほな、この犬走の構えやったらどうや? 前に出るか?」
道河原が腕を組んで悩む。
「俺は知っとるから前に出るけど、普通は前に出るんは躊躇するやろうな」
その通り、と副島がボールを宙に投げる。
「さすがの犬走でもファーストとサードが前に来てバント処理されたらアウトになる確率は高なる。やから、この構えはそれを防ぐためなんや」
自慢げに副島が胸を張る。対照的に犬走は下げたバットを不安そうに見つめた。
「でも、副島……それじゃ球威のあるピッチャーの球は前に転がせない。結局は振るしかないってことか?」
副島は首を振った。
「いんや、そうやない。お前の武器は……走力や」
??? 犬走と道河原、キャッチャーをしていた滝音までも、副島の言っていることが理解できない。ただただ得意気な顔をしている副島を見つめた。
犬走は副島から、バットに当てることと、もうひとつ教えられていることがある。ストライクとボールの見極めだ。
「いいか、犬走。犬走にとって一番良いのはフォアボールや。塁が空いてりゃ、お前の場合、自動的に三塁打になる。三塁打なんて実際の試合でもなかなか出えへん。当てるより、当てられないって方に神経を注いで欲しいんや。当てられへんのはフォアボールに繋がる。当てられるのだけ当ててみたらええ」
副島から、そう口酸っぱく言われてきた。
今のは、当たらない。
ボーーール! 審判が首を横に振る。
森本が表情を覗いている。犬走の眼はぎらりと尖っている。それなのに、バットはやる気なくだらりと下を向いている。何なんだ、この代打は……。
警戒心いっぱいの森本が外角のスライダーを要求する。が、石田はそのサインに首を振った。
『森本、冷静になれ。その構えからはどう考えても打球は飛ばない。何も怖がることなんてない』
石田は逆に内角気味のストレートのサインを森本に送った。
『すまない、そりゃそうだ』
森本が首を縦に振った。
石田が伸びのあるストレートを投げ込む。
「あ、当たる!」
犬走がバットを上げ、向かってくるボールに合わせた。コキン。何とも力の無い打球音とともに、打球は三塁線に力なく転がり、すぐに止まった。
ファーール!
森本は慌てて三塁を確認したが、ランナーが走ろうとしていた様子はない。変形のスクイズというわけでもなさそうだ。
……なんなんだこいつ。ほんとに一体何がしたいんだ。
犬走は打席を一度外してバットを強く握った。ベンチを見ると、副島と目が合った。互いにアイコンタクトを取る。
そういうことだな。
ああ、そういうことや。
もうひとつだけ、犬走は副島に教えられていることがあった。二人はそれを確認し合ったのだ。
───犬走が入部してしばらく経ったある日の練習でのことだ。
犬走は、教えられるがままに藤田や副島の投げるボールにコツンと当てる練習を繰り返していた。
「なぁ、犬走」
「ん?」
「例えば、フォアボールが見込めなさそうなピッチャーがおったとしよう。お前はとにかくバットに当てる。その打球が全然前に飛ばんかったとしたら、どうすりゃええと思う?」
犬走は考え込んだ。少し考えて、こう答えた。
「やっぱり、その時は振らなあかんのやろね」
副島がにやっと笑い、道河原を呼んだ。
「道河原、お前ピッチャーやってくれへんか」
「ピッチャー? キャッチャーの間違いか?」
「いんや、ピッチャーや。マウンドの3メーター手前からでいい。キャッチボールや思って滝音のミットめがけて投げてみ」
道河原が戸惑いながら、滝音のミットへ投げる。とてもピッチャーの投げ方ではないが、滝音のミットが重い音を上げる。その音を聞いて副島が満足そうに頷いた。
「犬走、この球、当ててみ」
道河原が投げ込む。犬走はその何の変化もキレもないボールにバットを当てる。打球は力なく三塁線に転がり、ファールになる。何度も繰り返し当てるが、ちっとも前に飛ばない。弱いゴロがファールゾーンに転がっていく。
「なんやぁ、犬走ぃ。やっぱ俺の球は凄すぎて打てんかぁ。ぬはは」
犬走は苦笑してバントの構えをした。両手で押し出せば、重い道河原の球も前に転がせる。
「はいっ、ストップや!」
犬走と道河原の動きが止まり、大声で止めた副島を見る。
「転がすためには確かにバントや。でも、俺が今まで犬走にバントさせへんかったんは、お前が出塁率5割超えるバッターになるんちゃうか思てるからなんや」
よく分からない、と犬走と道河原が首を傾ける。
「分からんか。ほな、守備のときバントの構えされたら、道河原、どうする?」
「そりゃ急いで前に出る」
「せやな。ほな、この犬走の構えやったらどうや? 前に出るか?」
道河原が腕を組んで悩む。
「俺は知っとるから前に出るけど、普通は前に出るんは躊躇するやろうな」
その通り、と副島がボールを宙に投げる。
「さすがの犬走でもファーストとサードが前に来てバント処理されたらアウトになる確率は高なる。やから、この構えはそれを防ぐためなんや」
自慢げに副島が胸を張る。対照的に犬走は下げたバットを不安そうに見つめた。
「でも、副島……それじゃ球威のあるピッチャーの球は前に転がせない。結局は振るしかないってことか?」
副島は首を振った。
「いんや、そうやない。お前の武器は……走力や」
??? 犬走と道河原、キャッチャーをしていた滝音までも、副島の言っていることが理解できない。ただただ得意気な顔をしている副島を見つめた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。




ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる