甲賀忍者、甲子園へ行く【地方予選編】

山城木緑

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腕試し

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 警戒した石田は外角低めにストレートを投げ込んだ。だらりと下がったバットは反応しない。

 犬走は副島から、バットに当てることと、もうひとつ教えられていることがある。ストライクとボールの見極めだ。

「いいか、犬走。犬走にとって一番良いのはフォアボールや。塁が空いてりゃ、お前の場合、自動的に三塁打になる。三塁打なんて実際の試合でもなかなか出えへん。当てるより、当てられないって方に神経を注いで欲しいんや。当てられへんのはフォアボールに繋がる。当てられるのだけ当ててみたらええ」

 副島から、そう口酸っぱく言われてきた。

 今のは、当たらない。

 ボーーール! 審判が首を横に振る。

 森本が表情を覗いている。犬走の眼はぎらりと尖っている。それなのに、バットはやる気なくだらりと下を向いている。何なんだ、この代打は……。

 警戒心いっぱいの森本が外角のスライダーを要求する。が、石田はそのサインに首を振った。

『森本、冷静になれ。その構えからはどう考えても打球は飛ばない。何も怖がることなんてない』

 石田は逆に内角気味のストレートのサインを森本に送った。

『すまない、そりゃそうだ』

 森本が首を縦に振った。

 石田が伸びのあるストレートを投げ込む。

「あ、当たる!」

 犬走がバットを上げ、向かってくるボールに合わせた。コキン。何とも力の無い打球音とともに、打球は三塁線に力なく転がり、すぐに止まった。

 ファーール!

 森本は慌てて三塁を確認したが、ランナーが走ろうとしていた様子はない。変形のスクイズというわけでもなさそうだ。

 ……なんなんだこいつ。ほんとに一体何がしたいんだ。

 犬走は打席を一度外してバットを強く握った。ベンチを見ると、副島と目が合った。互いにアイコンタクトを取る。

 そういうことだな。

 ああ、そういうことや。

 もうひとつだけ、犬走は副島に教えられていることがあった。二人はそれを確認し合ったのだ。


 ───犬走が入部してしばらく経ったある日の練習でのことだ。

 犬走は、教えられるがままに藤田や副島の投げるボールにコツンと当てる練習を繰り返していた。

「なぁ、犬走」

「ん?」

「例えば、フォアボールが見込めなさそうなピッチャーがおったとしよう。お前はとにかくバットに当てる。その打球が全然前に飛ばんかったとしたら、どうすりゃええと思う?」

 犬走は考え込んだ。少し考えて、こう答えた。

「やっぱり、その時は振らなあかんのやろね」

 副島がにやっと笑い、道河原を呼んだ。

「道河原、お前ピッチャーやってくれへんか」

「ピッチャー? キャッチャーの間違いか?」

「いんや、ピッチャーや。マウンドの3メーター手前からでいい。キャッチボールや思って滝音のミットめがけて投げてみ」

 道河原が戸惑いながら、滝音のミットへ投げる。とてもピッチャーの投げ方ではないが、滝音のミットが重い音を上げる。その音を聞いて副島が満足そうに頷いた。

「犬走、この球、当ててみ」

 道河原が投げ込む。犬走はその何の変化もキレもないボールにバットを当てる。打球は力なく三塁線に転がり、ファールになる。何度も繰り返し当てるが、ちっとも前に飛ばない。弱いゴロがファールゾーンに転がっていく。

「なんやぁ、犬走ぃ。やっぱ俺の球は凄すぎて打てんかぁ。ぬはは」

 犬走は苦笑してバントの構えをした。両手で押し出せば、重い道河原の球も前に転がせる。

「はいっ、ストップや!」

 犬走と道河原の動きが止まり、大声で止めた副島を見る。

「転がすためには確かにバントや。でも、俺が今まで犬走にバントさせへんかったんは、お前が出塁率5割超えるバッターになるんちゃうか思てるからなんや」

 よく分からない、と犬走と道河原が首を傾ける。

「分からんか。ほな、守備のときバントの構えされたら、道河原、どうする?」

「そりゃ急いで前に出る」

「せやな。ほな、この犬走の構えやったらどうや? 前に出るか?」

 道河原が腕を組んで悩む。

「俺は知っとるから前に出るけど、普通は前に出るんは躊躇するやろうな」

 その通り、と副島がボールを宙に投げる。

「さすがの犬走でもファーストとサードが前に来てバント処理されたらアウトになる確率は高なる。やから、この構えはそれを防ぐためなんや」

 自慢げに副島が胸を張る。対照的に犬走は下げたバットを不安そうに見つめた。

「でも、副島……それじゃ球威のあるピッチャーの球は前に転がせない。結局は振るしかないってことか?」

 副島は首を振った。

「いんや、そうやない。お前の武器は……走力や」

 ??? 犬走と道河原、キャッチャーをしていた滝音までも、副島の言っていることが理解できない。ただただ得意気な顔をしている副島を見つめた。
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