55 / 243
合宿
4
しおりを挟む
藤田がグローブを持ち、センターのポジションにつく。わざわざライトの桔梗にペコリと挨拶をして微笑んでいる。目は先ほどよりもエロい。
本来ならば、藤田はベンチに置いておいて、ピッチャー候補の白烏がダメならリリーフとして使いたい。白烏が大会までにちゃんと投げられなければ藤田を先発させて、藤田がダメならライトに下げる。そもそも桔梗が女だとバレれば藤田はライトしかない。藤田はこのチームのキーマンなのだ。
だが、今日はセンターとしてノックを受けておいてもらう。もう一つ大きな問題を抱えているからだ。
「副島ぁ、犬走はどうした、犬走はぁ!」
道河原がノックしようとする副島に太い声で叫ぶ。他のみんなも気にしていたようで副島に視線が集まる。
「犬走は、友達を探しに行ってんねや。それは俺と犬走の約束やから、今日は勘弁したってくれ。あいつとあいつの友達は……大変やったんや」
そう叫んだ副島に、皆が首をかしげた。そりゃそうだろう。副島も犬走の状況をうまく説明できない。
副島は最悪のケースを考えていた。圧倒的な速さを誇る犬走にはセンターを任せたい。あの脚ならば右中間左中間の打球も十分追いつけるだろう。
だが、今、犬走は親父さんに棄てられたという親友三人を探しに行っている。親友は生きているのだろうか。そんな心配を副島がしても仕方ないのは重々承知だ。それでも犬走がこのまま野球部に戻らないことも考えておかねば……。
よって、藤田をセンターとして使うことも考えている。部員が集まってホッとしたのも束の間、副島はチーム編成で頭が大混乱だ。
ノックを数本、藤田はそつなくセンターの守備をこなしたが、相変わらず肩で息をしていた。線の細い藤田はこのスタミナの無さが大きな欠点だ。やはり犬走の無事帰還を心から願う。
ファウルゾーンに設けられた申し訳なさげなブルペンでは、白烏の投球練習が始まった。
もう随分慣れたが、相変わらず信じられないスピードを誇るストレートと、フリスビーかと見間違うスライダーを放っている。部費が無いのでスピードガンで計れないのは残念だが、もしかしたら日本中を揺るがすスピードではないだろうか。
スライダーもこの短期間でよく覚えてくれた。ストレートとスライダーでは明らかに腕の振りが違うので、球種はバレバレだ。それでも信じられない曲がりかたをするこのスライダーを打てる打者はそうそういないだろう。
ただ……。白烏には致命的な欠点がある。打者を打席に立たせると途端にコントロールを失うのだ。
「よおし、良い球きてる、結人。じゃあ、誰か打席入ってくれないか?」
白烏のボールを受けていた滝音がナインを見渡して大声を出すと、みんながあからさまに聞こえていないふりをした。キョロキョロと目線を変え、滝音の方を見ないようにしている。
桔梗以外はみんな白烏からきっついデッドボールを受けている。もうあの痛みは勘弁だ。副島でさえも気付かないふりをしていた。
「じゃあ、月掛! お前、打席入ってくれ!」
滝音が月掛に手をこまねき、月掛はそれでも気付かないふりをする。ホッとしたみんなが月掛を見つめる。
「おい、充。行ってこい」
道河原が隣から月掛を促した。
「いや、玄武さん行ってくださいよ。そのがたいなら痛くないっしょ」
「お呼びはお前だ」
みんなは巻き込まれないように視線を外している。道河原が自慢の力で月掛をブルペンへ引きずっていく。
「嫌や! 嫌、いや、イヤーーー!」
月掛の断末魔の叫び声が上がり、その後、ブルペンから更に大きな悲鳴がしばらくグラウンドに響き渡った。
「怖い、怖い怖い怖い!」
「痛い! いってえええ!」
誰も怖くて見る気がしなかった。
御愁傷様。
本来ならば、藤田はベンチに置いておいて、ピッチャー候補の白烏がダメならリリーフとして使いたい。白烏が大会までにちゃんと投げられなければ藤田を先発させて、藤田がダメならライトに下げる。そもそも桔梗が女だとバレれば藤田はライトしかない。藤田はこのチームのキーマンなのだ。
だが、今日はセンターとしてノックを受けておいてもらう。もう一つ大きな問題を抱えているからだ。
「副島ぁ、犬走はどうした、犬走はぁ!」
道河原がノックしようとする副島に太い声で叫ぶ。他のみんなも気にしていたようで副島に視線が集まる。
「犬走は、友達を探しに行ってんねや。それは俺と犬走の約束やから、今日は勘弁したってくれ。あいつとあいつの友達は……大変やったんや」
そう叫んだ副島に、皆が首をかしげた。そりゃそうだろう。副島も犬走の状況をうまく説明できない。
副島は最悪のケースを考えていた。圧倒的な速さを誇る犬走にはセンターを任せたい。あの脚ならば右中間左中間の打球も十分追いつけるだろう。
だが、今、犬走は親父さんに棄てられたという親友三人を探しに行っている。親友は生きているのだろうか。そんな心配を副島がしても仕方ないのは重々承知だ。それでも犬走がこのまま野球部に戻らないことも考えておかねば……。
よって、藤田をセンターとして使うことも考えている。部員が集まってホッとしたのも束の間、副島はチーム編成で頭が大混乱だ。
ノックを数本、藤田はそつなくセンターの守備をこなしたが、相変わらず肩で息をしていた。線の細い藤田はこのスタミナの無さが大きな欠点だ。やはり犬走の無事帰還を心から願う。
ファウルゾーンに設けられた申し訳なさげなブルペンでは、白烏の投球練習が始まった。
もう随分慣れたが、相変わらず信じられないスピードを誇るストレートと、フリスビーかと見間違うスライダーを放っている。部費が無いのでスピードガンで計れないのは残念だが、もしかしたら日本中を揺るがすスピードではないだろうか。
スライダーもこの短期間でよく覚えてくれた。ストレートとスライダーでは明らかに腕の振りが違うので、球種はバレバレだ。それでも信じられない曲がりかたをするこのスライダーを打てる打者はそうそういないだろう。
ただ……。白烏には致命的な欠点がある。打者を打席に立たせると途端にコントロールを失うのだ。
「よおし、良い球きてる、結人。じゃあ、誰か打席入ってくれないか?」
白烏のボールを受けていた滝音がナインを見渡して大声を出すと、みんながあからさまに聞こえていないふりをした。キョロキョロと目線を変え、滝音の方を見ないようにしている。
桔梗以外はみんな白烏からきっついデッドボールを受けている。もうあの痛みは勘弁だ。副島でさえも気付かないふりをしていた。
「じゃあ、月掛! お前、打席入ってくれ!」
滝音が月掛に手をこまねき、月掛はそれでも気付かないふりをする。ホッとしたみんなが月掛を見つめる。
「おい、充。行ってこい」
道河原が隣から月掛を促した。
「いや、玄武さん行ってくださいよ。そのがたいなら痛くないっしょ」
「お呼びはお前だ」
みんなは巻き込まれないように視線を外している。道河原が自慢の力で月掛をブルペンへ引きずっていく。
「嫌や! 嫌、いや、イヤーーー!」
月掛の断末魔の叫び声が上がり、その後、ブルペンから更に大きな悲鳴がしばらくグラウンドに響き渡った。
「怖い、怖い怖い怖い!」
「痛い! いってえええ!」
誰も怖くて見る気がしなかった。
御愁傷様。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる