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サード蛇沼神

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 いつもと同じく河原にいた。

 結局、放課後に『蛇退治』を受けることはなく、神は茜色の空をぼうっと眺めながら、副島に感謝した。

 心からありがたいと思ったことにも、感謝の念を伝えられない。これは神にとって大きな苦痛だった。副島に礼を言いたかった。

 足元に落ちていた石を拾い、川へ投げると向こう岸手前まで届いた。重い蛇剣を扱ううちに力がついたのだろうか。皮肉なものだ。

 大きな橋げたには煌々とライトが照らされている。犯罪防止のためだろう。日が落ちて、もう暗さが濃くなってきたが、辺りは明るかった。

 神は鬱積するものを晴らすように壁に向かって軟球を投げていた。夜の暗さが増すにつれ、壁に弾むボールの音が大きく響く。

 もう帰ろうかとボールを宙高くに上げたときだった。

「藤田あ、ここだ、ここぉ」

 自転車に乗ってこちらに向かってくる二人がいた。橋げたに灯るライトが明るすぎて、暗闇から来る自転車に誰が乗っているかまでは分からない。ただ、聞いたことのある声だ。

「あ、誰か先約いるわー。残念」

 自転車が橋げたの手前で音を立てて急停止した。前にいるのは副島だった。後ろの生徒は知らない。

「ここだったら明るいんやけどな。……あれ?」

 副島ともう一人がグローブとバットを持って自転車を降りる。

「蛇沼やん! 何や、家ここらへんなんか?」

 神がそそくさと帰ろうとすると、副島はおいおいと呼び止めた。

「帰らんでええって。俺ら後から来たんやから」

「あ、いや。僕は……。……あ、いや……お前らといたくなんかないんだ」

 今日の御礼どころか、反対にけなさないといけない。胸が締まる。

「……なんやそれ。腹立つなぁ。ま、いーけど。てかさ、蛇沼、お前野球やんのか?」

「……や、野球なんかやるわけねえわ」

「いや、ボール持ってるやん」

 神は持っていたボールを暗闇めがけ思いきり投げた。ライナーで唸りをあげた軟球が暗闇に消えていく。

「やるわけない言うてるやろ」

 そう言い放って、踵を返した神の腕が掴まれた。振り向くと、副島は怒った顔を向けていた。

「蛇沼、てめえ。ボール捨てよったな。お前が反抗期なんかなんや知らんけど、野球を侮辱するやつは許さん」

「もう帰るんだ。ほっといてくれ。それに、たった二人だろ? 何が野球部だ」

 腕は離されなかった。より強い力で握られている。

「二人でも立派な野球部なんや。野球はな、お前が壁あてしてたみたいに一人でもできるんや。二人ならキャッチボールもできる。野球を侮辱するんは許さん」

 副島はクラスでも野球バカなんて呼ばれている。「二人でどうやって甲子園行くんだよ」と、からかわれているのも聞いたことがある。それでも、真っ直ぐな視線とその言葉を神は羨ましく思った。

「……分かった。悪かった。じゃあ」

 本当は今日の御礼も言いたかった。せめて、と詫びだけはいれた。今日、蛇剣を持てなくても良い。鞄を肩にかけて、橋げたを後にした。

「待て、蛇沼」
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