少しだけのつもりが全部持っていかれた

大森deばふ

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「大変興味深いお話ではあるのですが」

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「大変興味深いお話ではあるのですが、ユージーン殿下は……いえ」
 イーグスは心を落ち着けるようにコホンと咳払いをした。王城では殿下呼びだが、こちらではそうではなかったと切り替える。
「ジーンさまは、辺境伯さまに呼ばれておりまして」
 この話題を振り切りたいのが本音だが、呼ばれているのも事実である。
「またの機会にお願いできればと」
 時間がないことをやんわりと告げる。
「あ、つい嬉しくてはしゃいでしまって」
 場所はわきまえないが空気は読めるアンジェリカはすぐに引き下がった。
「お引き留めして申し訳ありません、行ってらっしゃいませ」
「喜んでもらえて何よりだ……では、行ってくる」
 話が終わったことにほっとしたジーンは小さく息をつき、踵を返す。
「また今度じっくりお話ししましょう! お仕事頑張ってくださいね、今日はいつもより顔色悪いですから!」




「顔色が悪いから仕事しろって言われるの、俺くらいだろうな」
 宿舎を離れながら、ジーンは苦笑する。
「実際、仕事したら……魔力使いまくったら顔色良くなるじゃないですか」
 体内の魔力が濃くなりすぎると体調を崩すが、薄くなるとある程度まではすぐに持ち直すことを知っているエイデンも、顔色の悪いジーンを見ると『早く働かせなければ』と思う一人である。


「そうだな。まあ、俺もしっかり働くつもりで来てるから構わないが……というか、アンジェリカはあのままで大丈夫なのか?」
 ジーンが振り返ると、先程まで手を振って見送ってくれていたアンジェリカが、木箱に体を半分突っ込み、夢中で本をぱらぱらとめくっている。
「仕事は大丈夫だと思いますよ。今頃飯食ってるってことは、多分夜番明けなんで。今から休息時間でしょうから」
 夜の勤務を終えて、食事をしていたところだろうとエイデンは思う。
「寝ずに本を読みそうですけど」
 休息をきちんと取るかどうかは保証できない。






「辺境伯さま、ジーンさまと補佐官殿をお連れしました」
 騎士団本部の騎士団長の執務室の扉をエイデンは叩く。
「入れ」
「失礼致します」
 応答を確認してから、扉を開けて押さえ、ジーンとイーグスを通す。


「お待たせしました、叔父上」
 執務机で書類をめくっていた辺境伯は、ジーンを見て頷く。
「よく来たなジーン……エイデンは通常任務に戻れ、御苦労だった」
「はっ!」
 エイデンはさっと一礼して、執務室から下がる。


「叔父上宛てに王城から預かってきたものがあります」
 ジーンから視線を投げられたイーグスが、手にしていた書簡を辺境伯に差し出す。
「アンジェリカには木箱いっぱいの本なのに、俺には手紙が三通だけか」
 不満げに呟く辺境伯に、ジーンが目を見開く。
「何故叔父上がそれを御存じなのですか!?」
「あれだけ騒いでおいてジーンこそ何を言っているんだ」
 確かにひそひそ話をしていたわけではないが。
「聞こえる距離ではないと思いますが?」
 見える距離ではあるのだが、聞こえる距離ではない。


「こちらに来る筈のジーンが何故か宿舎の方に行くのが窓から見えたからな、『耳を澄ませて』みた」
 辺境伯は、自分の耳を人差し指でぽんぽんと叩いてみせる。これは、風魔法を使って聞いたということである。
「ああ、はい。朝からお聞き苦しいものを」
 あの会話を辺境伯が聞いていたのかと思うと頭が痛くなってくるジーンである。
「いや、アンジェリカはあれで平常運転だからな」
 慣れている、とふっと笑う辺境伯に、器の大きさを感じる。


「そう言えばイーグス」
「はい」
 辺境伯に突然名指しされて、イーグスはびくりと背筋を伸ばす。
「アンジェリカ相手に、興味深いだの、またの機会だのと」
「まずかったでしょうか……」
「社交辞令は通じないと思え。まあ、一回じっくりと付き合えば済むだろう」
「…………えっ」
 イーグスとしては、角が立たない言い回しで逃げ切ったつもりだった。
「付き合わないと済まないのですか……?」
 イーグスは困惑の表情で辺境伯とジーンを見たが。
「「頑張れ」」
 二人から同じ言葉を投げられる。
「ジーンさま、私たち一蓮托生ですよね? まさか一人でアンジェリカ殿の相手をしろとか言いませんよね!?」
 無理です、一人では荷が重すぎますと叫び始めるイーグスを。
「俺を巻き込むな」
 見捨てるジーンだった。
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