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「ジーン! 良かった、まだ居た!」
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「ジーン! 良かった、まだ居た!」
「何ですか、姉上」
出掛けるために自室を出たところで名を呼ばれたジーンは、声の聞こえた方に顔を向ける。姉のシェルナが廊下の先でにこにこと手を振っていた。
「今から辺境伯領に行くところでしょ? これ、ついでにアンジェリカに届けてもらえないかしら?」
シェルナは足元に置いた木箱を手で示す。
「またですか……俺に頼まなくても普通に荷物として辺境伯領に送ればいいのでは?」
シェルナに近付き、ぎっしりと本が詰め込まれた木箱を確認したジーンは溜息をこぼす。
「やだ、普通に送ったら何日掛かると思ってるのよ」
一般的な荷馬車であれば、十日前後だろうか。
「早く届けたいのよ、ジーンなら転移ゲートを使えるから、一瞬だし」
ね? いいでしょ? と小首を傾げてお願いしてくるシェルナ。大抵の男ならころりと参る程度には可愛いのだが、弟相手だと少し分が悪い。
「姉上も使えると思いますが」
王城の転移ゲートは、王族であれば許可申請無しで自由に使える。
シェルナは第二王女、ジーンは第五王子、二人とも立派な王族である。
一定以上の魔力がなければ起動できないが、シェルナは問題なく起動できる。
「まあそうだけど、私が辺境伯領に跳ぶのはちょっとね。何というか敷居が高いというか? サハラさまの御実家な訳だからジーンは身内だけど、私はそうじゃないし」
サハラというのは国王の第四妃でジーンの母親である。北の辺境伯の姉に当たる。シェルナの母親は第三妃なので、シェルナは辺境伯家と血縁的な関わりはない。
「敷居が高い? その割には向こうでよくお見掛けしますが?」
北の辺境騎士団には、シェルナの親友アンジェリカが魔術師として在籍している。辺境伯領まで訪ねてきては、アンジェリカとその仲間たちと楽し気に過ごす姿をかなりの頻度で見掛ける訳だが。
気の所為でしたか? と返したジーンに、シェルナの目が泳ぐ。訪れすぎている自覚はあるようだ。
「は、半分くらいは合同訓練とか任務のついででしょ! あとは休暇の時に友人を訪ねるくらい普通だと思う」
休日に何をしようが自由だとシェルナは主張する。
「別に訪ねるのが悪いとは言ってませんが」
敷居が高いなどと言い出すので突っ込んだだけである。
「今日は……というか、今日から私、一週間近く遠征訓練なのよ」
シェルナは魔術師として王城騎士団に在籍している。ちなみに騎士団長は二人の兄である第二王子だ。全員腹違いだが。
「私だってアンジェリカには会いたいし、何なら心行くまで語り合いたいけど、王都と辺境伯領を往復してたら魔力も時間も足りないし」
転移ゲートでの移動はかなりの魔力を持っていかれる。距離のある辺境伯領ならなおさらである。シェルナの魔力量は多い方だが、遠征訓練前の消耗は避けたいところだ。
「戻ってから届けると遅くなっちゃうじゃない、せっかく早く手に入れたんだから早く読んでほしいのに」
シェルナとアンジェリカは、同じ趣味を持ち、本を交換しあう仲である。
国内のあらゆるものが集まってくる王都のシェルナ、地理的に隣国からの物が手に入りやすい辺境のアンジェリカ。協力体制に死角はない。
「分かりました、届けておきます」
姉のお願いというものに、弟は弱いものである。ジーンは姉の依頼を受けた。
「ありがとう!」
ぱああっと明るい顔になったシェルナに対し。
「今回も重いですね。これが全部ああいう本なのか……」
木箱に手をかけたジーンの顔は暗い。
「そうなの、最近増えてきて集めるの大変だけど嬉しいわ。ああ、安心して今回はジーンをモデルにしたのはないから」
いわゆる男同士の恋愛小説。そもそもそういうものなのか、シェルナの趣味なのか、オトナな描写もなかなかに激しいものが多いことを、以前興味本位で読んで大変後悔したジーンは知っている。
「……………………何一つ安心できません」
明らかに自分たち兄弟をモデルにした小説も存在する。騎士団長である第二王子×騎士とか、王子同士とか。
そんな本を執筆することや流通させることは、仮にも王族に対して不敬ではないのか、とジーンは思うのだが、『文化・芸術・表現の自由』で許されるらしい。モデルにされていると言っても、名前などは多少もじられているので言い逃れも出来るようになっている。
「ジーンなんてましな方でしょ? 相手固定の純愛系が多いし。ティオール兄さまなんて、顔のいい騎士とは大体やってるんじゃないかってくらいのモテっぷりよ?」
おそらくは安心させるつもりで、シェルナがそんなことを言い出すが。
「姉上、その言い方だとあの兄上がとんでもない男みたいに聞こえますが!?」
「やだ、あくまで物語上で、の話よ?」
実際の第二王子ティオールは武に生きる堅物だ。
「じゃあ、私もう行かないとだから、荷物お願いね!」
時刻を知らせる鐘の音が聞こえて、シェルナは慌てて身を翻す。
「そうだ、アンジェリカに、今回の目玉は『第四王子と宰相の知略コンビの最新刊』って伝えておいてね!」
数歩廊下を駆けてから一瞬立ち止まったシェルナは、振り返ってそう言い残し、また駆けていく。
「…………ええと、知略コンビ?」
覚えられない、と小さく呟きながら、ジーンは木箱を担ぎ上げた。
※※※
シェルナさんは異世界転生してきた腐女子とかではありません
「何ですか、姉上」
出掛けるために自室を出たところで名を呼ばれたジーンは、声の聞こえた方に顔を向ける。姉のシェルナが廊下の先でにこにこと手を振っていた。
「今から辺境伯領に行くところでしょ? これ、ついでにアンジェリカに届けてもらえないかしら?」
シェルナは足元に置いた木箱を手で示す。
「またですか……俺に頼まなくても普通に荷物として辺境伯領に送ればいいのでは?」
シェルナに近付き、ぎっしりと本が詰め込まれた木箱を確認したジーンは溜息をこぼす。
「やだ、普通に送ったら何日掛かると思ってるのよ」
一般的な荷馬車であれば、十日前後だろうか。
「早く届けたいのよ、ジーンなら転移ゲートを使えるから、一瞬だし」
ね? いいでしょ? と小首を傾げてお願いしてくるシェルナ。大抵の男ならころりと参る程度には可愛いのだが、弟相手だと少し分が悪い。
「姉上も使えると思いますが」
王城の転移ゲートは、王族であれば許可申請無しで自由に使える。
シェルナは第二王女、ジーンは第五王子、二人とも立派な王族である。
一定以上の魔力がなければ起動できないが、シェルナは問題なく起動できる。
「まあそうだけど、私が辺境伯領に跳ぶのはちょっとね。何というか敷居が高いというか? サハラさまの御実家な訳だからジーンは身内だけど、私はそうじゃないし」
サハラというのは国王の第四妃でジーンの母親である。北の辺境伯の姉に当たる。シェルナの母親は第三妃なので、シェルナは辺境伯家と血縁的な関わりはない。
「敷居が高い? その割には向こうでよくお見掛けしますが?」
北の辺境騎士団には、シェルナの親友アンジェリカが魔術師として在籍している。辺境伯領まで訪ねてきては、アンジェリカとその仲間たちと楽し気に過ごす姿をかなりの頻度で見掛ける訳だが。
気の所為でしたか? と返したジーンに、シェルナの目が泳ぐ。訪れすぎている自覚はあるようだ。
「は、半分くらいは合同訓練とか任務のついででしょ! あとは休暇の時に友人を訪ねるくらい普通だと思う」
休日に何をしようが自由だとシェルナは主張する。
「別に訪ねるのが悪いとは言ってませんが」
敷居が高いなどと言い出すので突っ込んだだけである。
「今日は……というか、今日から私、一週間近く遠征訓練なのよ」
シェルナは魔術師として王城騎士団に在籍している。ちなみに騎士団長は二人の兄である第二王子だ。全員腹違いだが。
「私だってアンジェリカには会いたいし、何なら心行くまで語り合いたいけど、王都と辺境伯領を往復してたら魔力も時間も足りないし」
転移ゲートでの移動はかなりの魔力を持っていかれる。距離のある辺境伯領ならなおさらである。シェルナの魔力量は多い方だが、遠征訓練前の消耗は避けたいところだ。
「戻ってから届けると遅くなっちゃうじゃない、せっかく早く手に入れたんだから早く読んでほしいのに」
シェルナとアンジェリカは、同じ趣味を持ち、本を交換しあう仲である。
国内のあらゆるものが集まってくる王都のシェルナ、地理的に隣国からの物が手に入りやすい辺境のアンジェリカ。協力体制に死角はない。
「分かりました、届けておきます」
姉のお願いというものに、弟は弱いものである。ジーンは姉の依頼を受けた。
「ありがとう!」
ぱああっと明るい顔になったシェルナに対し。
「今回も重いですね。これが全部ああいう本なのか……」
木箱に手をかけたジーンの顔は暗い。
「そうなの、最近増えてきて集めるの大変だけど嬉しいわ。ああ、安心して今回はジーンをモデルにしたのはないから」
いわゆる男同士の恋愛小説。そもそもそういうものなのか、シェルナの趣味なのか、オトナな描写もなかなかに激しいものが多いことを、以前興味本位で読んで大変後悔したジーンは知っている。
「……………………何一つ安心できません」
明らかに自分たち兄弟をモデルにした小説も存在する。騎士団長である第二王子×騎士とか、王子同士とか。
そんな本を執筆することや流通させることは、仮にも王族に対して不敬ではないのか、とジーンは思うのだが、『文化・芸術・表現の自由』で許されるらしい。モデルにされていると言っても、名前などは多少もじられているので言い逃れも出来るようになっている。
「ジーンなんてましな方でしょ? 相手固定の純愛系が多いし。ティオール兄さまなんて、顔のいい騎士とは大体やってるんじゃないかってくらいのモテっぷりよ?」
おそらくは安心させるつもりで、シェルナがそんなことを言い出すが。
「姉上、その言い方だとあの兄上がとんでもない男みたいに聞こえますが!?」
「やだ、あくまで物語上で、の話よ?」
実際の第二王子ティオールは武に生きる堅物だ。
「じゃあ、私もう行かないとだから、荷物お願いね!」
時刻を知らせる鐘の音が聞こえて、シェルナは慌てて身を翻す。
「そうだ、アンジェリカに、今回の目玉は『第四王子と宰相の知略コンビの最新刊』って伝えておいてね!」
数歩廊下を駆けてから一瞬立ち止まったシェルナは、振り返ってそう言い残し、また駆けていく。
「…………ええと、知略コンビ?」
覚えられない、と小さく呟きながら、ジーンは木箱を担ぎ上げた。
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シェルナさんは異世界転生してきた腐女子とかではありません
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