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人間は猫にならない(思い込み)

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 翌日、私の部屋に低い台が運び込まれた。
「この高さの台なら、デイジーも手が届くだろう?」
 その上に、父さまが一つ古い版の貴族年鑑を置いてくれる。
「はい、父さま。ありがとうございます」
 私が一人でもページがめくれるようにと考えてくれたらしい。貴族年鑑は私にはまだ重くて持ち運べないので、置きっぱなしの専用台になる。
 うん、書き物をするスペースもあるし、いい感じだ。




「あれ? 私の名前がない……?」
 お仕事に行かれる父さまを見送って部屋に戻り、早速貴族年鑑のアスター伯爵家のページを開く。
「兄さまの名前はあるのに」
 一つ古い版には、私は載っていなかった。私が生まれる前の発行なのか、生まれていたが記載が間に合わなかったのか。ショックである。
「あ、フレイズ嬢も載ってないや」
 知っている家門を見てみようとジスカール侯爵家のページを探す。伯爵家よりも少ない侯爵家なのですぐに見つかるとは思っていたが、三ページ目でもう出てきてびっくりである。私より一つ年下のフレイズ嬢は当然載っていない。
「っていうか、クリストフさまがこの時点では独身……」
 レティーシャさまとの結婚もまだだった。
 手に入れた貴族年鑑、ないよりましだけど、情報が古い。
 メインヒーロー候補の第二王子殿下と同年代にどんな子がいるか確認したかったんだけど、暫く待たないと出揃いそうにないなあ。






「あら、猫がいるわ」
 猫でお昼寝中だった私は、誰かの声で目を覚ました。今日のお昼寝場所は、お隣の中庭の隅である。風が気持ち良かったので自宅の庭先でお昼寝しようとしたところ、芝刈りが始まったので避難してきた。
 顔を上げると、トリウさまと、トリウさまのお友達がこちらを覗き込んでいる。毎日放課後のお喋りなのだろうか。この年頃って気の合う友達となら何時間でも喋れるものだけど。
「お隣で飼っている猫よ。デイジーって言うの。デイジーこっちにいらっしゃいな」
「ミャア(はぁい)」
 私はトリウさまのところへ駆けて行った。
「まあ、こっちに来たわ。よく懐いているのね」
「デイジーは賢い子なのよ」
 私はご近所さまには、アスター伯爵家令嬢デイジーとしてと、伯爵家で飼われている猫のデイジーとしての、両方で認識されている。もちろん別々の存在として。
 私が猫になってしまうということは秘されていて、使用人には口止めをしている。
 どちらもデイジーというのはどうかということで、猫の時の名前をマーガレットにしようという案もあった。しかし、デイジーよりマーガレットのほうが小さいのはおかしいという意見と、違う名前にして呼び間違う方がばれる可能性が高いという意見により、却下された。
 結局どちらの時もデイジーで、猫に娘と同じ名前を付けたことになった父さまが変な人だと思われてしまっているが、恨むなら高祖母さまを恨んでほしい。
 今のところ、呪いのことはばれていない。
 というか、口の軽い使用人が喋ってしまったこともあったが『人間が猫になる』などという話を信じる人はいなかった。事実なのにね。ご近所の人にうっかり猫になるところを目撃されても、見間違いだろうで済んでしまう。
 つくづく非常識な呪い……じゃなくて祝福ですよね高祖母さま。
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