上 下
25 / 54

百年に一度の逸材

しおりを挟む
「まあお嬢さま、どこに行ってらしたんですか」
 隠密行動という名の散歩に出掛けていた私は、庭先から部屋に戻りかけたところでイチノに見つかる。
「ミャミャ(ただいま)」
こっそり出掛けたのだが、気付かれていたようだ。まあ、脱げた服も片付けてなかったし、昨日は雨だったので、まだやわらかい地面に足跡という痕跡がばっちりだし。
 隠密行動の際には、身代わりのぬいぐるみを寝籠に入れようと思ってたんだけど、猫になってからだと、ぬいぐるみを移動させられなかった。
 だって、猫状態だと等身大なんだもん……。
 事前に準備しておくべきだった。次回は頑張りたい。


「ミャッミャー(ここから入るねー)」
 私は、自分の部屋の窓をぱしぱしと叩いた。庭に面しているその窓の下部は改造されていて、私専用の出入り口が設置されている。猫状態の私が通れるサイズの小さな跳ね上げ扉である。部屋の扉の下部にも同じものが設置されているので、一人の時に猫になってしまっても、閉じ込められることはない。
「お庭側から入られるんですね、すぐに参りますね」
 庭の散歩は良くしているので、イチノもすぐに分かったようだ。




「どこかでお昼寝しちゃったんですか?」
 手足とお腹のあたりについていた泥汚れを綺麗に拭われてから、イチノに鼻先にちゅッとキスをされ、人間に戻る。
「あのね、ちょうちょ追いかけてたらお隣のお庭だったの。温かかったから寝ちゃったの」
 何かを追いかけて、というのは幼児あるあるである。お隣に行っていたのは事実だし。お昼寝はしてないけど。庭先で令嬢たちがお喋りしていたので、花壇の花に紛れて聞き耳を立てていた。
 お隣の令嬢はトリウさまと言って、王立学園の二年生。来ているお友達の令嬢たちも同級生らしく、この春に入学してきた新入生のことで盛り上がっていた。
 なんでも、百年に一度と言われる逸材が、入学してきたらしい。
 何の逸材か分からないけど、顔もいいらしく、きゃあきゃあ盛り上がっていた。ただ、最後に『領地があそこでさえなければ』と残念がっていたので、何か問題があるらしい。
 探偵猫令嬢デイジーとしては、何の問題があるのか気になるところである。




「母さま、兄さま、百年に一度の逸材って御存じですか?」
 気になることは聞いてみようの精神で、食事の席で聞き込みを開始する。父さまはまだ帰宅していない。
「百年に一度の逸材? どこでそんなことを聞いてきたの?」
 母さまに聞き返される。
「お隣のトリウさまがお庭でお友達と話されてたの。新入生に、百年に一度の逸材がいらっしゃるんですって」
 百年に一度、百年に一度、と口の中で繰り返しながら、母さまが悩む。
「確か、辺境伯さまの御子息がそんな風に言われていたような気がするけれど」
 どちらの辺境伯さまだったかしら、と名前が思い出せないらしい。
「西の辺境伯さまではありませんか!?」
 何故かシオン兄さまが目を輝かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...