1 / 54
令嬢、猫になる
しおりを挟む
「おはようございますお嬢さま、起きていらっしゃいますか?」
トントン、というノックの音の後に、メイドのイチノの声が聞こえた。
「ん、おはよう……あっ」
目をこすりながら体を起こし、寝台から降りようとした私は、目測を誤って床に転げ落ちる。
バフッという間抜けな音とともに呪いが発動する。
「ミャ(またやっちゃった)……」
床に落ちた私は、仔猫に姿を変えていた。
「あらあら」
部屋に入ってきたイチノは、寝間着に埋もれている猫の姿の私を、またですか、という顔で抱き上げた。人間が猫になったというのに驚きもしないのはどうなのかと思わなくもないが、私がこの呪いにかかってから既に二年、屋敷に住み込みで働いている彼女にとっては日常茶飯事なのだろう。
「解呪しますね」
「ミャン(うん)」
私をベッドの上に戻したイチノは、鼻先に軽くキスを落とした。再びバフッという音とともに人間に戻る私。
「イチノ、寒い……」
私は体を震わせた。
「はい、お着替えはこちらです」
イチノが手早く服を着せてくれる。猫になってしまうのは百歩譲って許容するとして、変化した時点で体が仔猫サイズに縮むので服が脱げてしまい、猫から人間に戻った時にはすっぽんぽんというのはどうにかならないものかと思う。
「あのね、お洋服脱げちゃうの困るの」
女の子としては大問題だ。今はまだ幼女の括りなのですっぽんぽんになってもいろいろ被害は少ないが、十年後のことを考えると、本当に早く何とかしたい。
「そうですね、困りますね……脱ぐ手間が省略出来てよろしいと思うのはいかがでしょう?」
着替えの工程の半分が猫になるだけで一瞬で済む、とイチノはなぐさめなのか何なのかよく分からない提案をした。
私の名前はデイジー・アスター。
アスター伯爵家の長女で、現在五歳。一緒に暮らす家族は、両親と兄。
そして、いわゆる転生者だ。
前世の記憶を思い出したのは、二年前の、三歳の誕生日を迎えた頃。それまでは、おおむね年齢通りの、多少空気を読むのがうまい程度の幼児でしかなかった。
きっかけは、夜空に浮かぶ二つの月。幼児なのであまり夜空を見上げる機会にも恵まれないんだけど、二つの月を見る度に違和感を覚えていた。
そしてある満月の夜に『違う、違うの』と夢遊病者のように庭に走り出て、ばたりと倒れたらしい。屋敷は騒然である。関係者各位の皆様、御心配をおかけしてごめんなさい。
で、翌朝目覚めた私は、いけない早く起きなきゃ仕事に遅刻しちゃう、ん? どうしてこんなに自分の手は小さいのだろう、あれ、仕事って何? 私はデイジーで三歳で仕事なんてしてなくて伯爵家の令嬢で? と頭の中が疑問符だらけになった。
訳が分からないけど、とりあえず落ち着こうとして二度寝した。私きっと、前世でも混乱すると眠ってリセットするタイプだったんだと思う。睡眠は大事だ。
そして次に起きた時には、自分が転生者だということを理解した。前世の記憶はそんなにはっきりしたものではないけれど、とりあえず月は一つしかなかった。
月が二つあるということは、異世界であることは確定である。流行りの異世界転生である。
悪役令嬢だったらどうしよう……ヒロインでも困るけど。
トントン、というノックの音の後に、メイドのイチノの声が聞こえた。
「ん、おはよう……あっ」
目をこすりながら体を起こし、寝台から降りようとした私は、目測を誤って床に転げ落ちる。
バフッという間抜けな音とともに呪いが発動する。
「ミャ(またやっちゃった)……」
床に落ちた私は、仔猫に姿を変えていた。
「あらあら」
部屋に入ってきたイチノは、寝間着に埋もれている猫の姿の私を、またですか、という顔で抱き上げた。人間が猫になったというのに驚きもしないのはどうなのかと思わなくもないが、私がこの呪いにかかってから既に二年、屋敷に住み込みで働いている彼女にとっては日常茶飯事なのだろう。
「解呪しますね」
「ミャン(うん)」
私をベッドの上に戻したイチノは、鼻先に軽くキスを落とした。再びバフッという音とともに人間に戻る私。
「イチノ、寒い……」
私は体を震わせた。
「はい、お着替えはこちらです」
イチノが手早く服を着せてくれる。猫になってしまうのは百歩譲って許容するとして、変化した時点で体が仔猫サイズに縮むので服が脱げてしまい、猫から人間に戻った時にはすっぽんぽんというのはどうにかならないものかと思う。
「あのね、お洋服脱げちゃうの困るの」
女の子としては大問題だ。今はまだ幼女の括りなのですっぽんぽんになってもいろいろ被害は少ないが、十年後のことを考えると、本当に早く何とかしたい。
「そうですね、困りますね……脱ぐ手間が省略出来てよろしいと思うのはいかがでしょう?」
着替えの工程の半分が猫になるだけで一瞬で済む、とイチノはなぐさめなのか何なのかよく分からない提案をした。
私の名前はデイジー・アスター。
アスター伯爵家の長女で、現在五歳。一緒に暮らす家族は、両親と兄。
そして、いわゆる転生者だ。
前世の記憶を思い出したのは、二年前の、三歳の誕生日を迎えた頃。それまでは、おおむね年齢通りの、多少空気を読むのがうまい程度の幼児でしかなかった。
きっかけは、夜空に浮かぶ二つの月。幼児なのであまり夜空を見上げる機会にも恵まれないんだけど、二つの月を見る度に違和感を覚えていた。
そしてある満月の夜に『違う、違うの』と夢遊病者のように庭に走り出て、ばたりと倒れたらしい。屋敷は騒然である。関係者各位の皆様、御心配をおかけしてごめんなさい。
で、翌朝目覚めた私は、いけない早く起きなきゃ仕事に遅刻しちゃう、ん? どうしてこんなに自分の手は小さいのだろう、あれ、仕事って何? 私はデイジーで三歳で仕事なんてしてなくて伯爵家の令嬢で? と頭の中が疑問符だらけになった。
訳が分からないけど、とりあえず落ち着こうとして二度寝した。私きっと、前世でも混乱すると眠ってリセットするタイプだったんだと思う。睡眠は大事だ。
そして次に起きた時には、自分が転生者だということを理解した。前世の記憶はそんなにはっきりしたものではないけれど、とりあえず月は一つしかなかった。
月が二つあるということは、異世界であることは確定である。流行りの異世界転生である。
悪役令嬢だったらどうしよう……ヒロインでも困るけど。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。
木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。
「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」
シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。
妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。
でも、それなら側妃でいいのではありませんか?
どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる