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171「煙草や香水の移り香のようなものでしょう」
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「この新聞でいいんだよな」
昼食後、ヴェイセルは新聞を取ってきて机の上に置いた。
「はい。一面の……ほら、この辺りです」
自分とエイダールのことを思わせぶりに書いてある記事の部分を、ユランが指し示す。
「ああ、これだな、『某教授』」
ヴェイセルが読んでいる横から、カイが覗き込む。
「本当に載ってるんだな。同棲中の恋人か……これ、本当にユランのことなのか? 実はもう一人同居してたり」
念の為に聞くけど、とカイが笑いながら問う。
「何でそこを疑うんだよ、あの家、僕と先生しか住んでないよ!」
ユランは、勝手に住人を増やすな、と頬をふくらませる。
「え、だってあの家、ちょっと離れっぽくなってるとこもあるし」
エイダールの家は、もともと細工師が工房兼住居として使っていた物件である。一階は工房と店舗として使っていた平屋の細長い建物が、交差するように繋がっている。工房の二階から上が住居部分でる。
「あそこなら、ユランの先生がユランに内緒で本当の恋人をこっそり住まわせてても気付かなそうだし」
恋人の振りをしているだけだと聞いているカイは、もしやとそんなことを言い出す。
「そんな訳ないだろ、そもそもそんな人がいたら僕に部屋貸してくれる筈ないし」
確かに元店舗部分には滅多に立ち入らないが、さすがに誰か住んでいれば分かる。
「それに、あそこは人が住めるような作りじゃないし……そう言えば先生が、泊り客が来ても対応できるように改装するかって言ってたことあるけど」
今のところ手つかずである。
「あの先生、家に泊めるような人がいるのか? ユラン以外に?」
大問題じゃないか、とヴェイセルが目を見開く。
「え、先生が泊り客として想定してるのは先生のご家族だと思いますけど」
恋人想定ではないと思う。
「ああ、家族か。かなり遠方だよな、二人の故郷って」
辺境の隣の領地、とヴェイセルは聞いている。
「はい。遠いし、先生のご家族が王都に出てくるのは何年かに一度ですね。来た時はいわゆる高級な宿に部屋を取ってもてなして、家に泊めたことないと思いますけど、先生は一応泊まれる状態にしておこうかって気はあるみたいで」
思っているだけなので、改装は全く進んでいない。
「そんな離れがあるなら、まずそこを貸し部屋にしそうなものなのに、ユランは普通に先生と同じ建物に住んでるんだよな?」
家族以上の扱いってことか? と、ヴェイセルはからかう。転がり込んでいた頃から使わせて貰っていた部屋をそのまま借りた形なのは知っているが。
「え、正式に部屋を借りるなら離れに行け、なんて言われたら、僕泣いちゃいますよ……じゃなくて、僕は特別ですから」
不満げに言い掛けたユランは、『特別』を強調しながら言い直した。恋人だと言い切りたいところだが、その辺りは振りだけで曖昧に濁すように言われている。
「何が特別なんですか?」
今から昼食なのか、食堂に入ってきたジペルスが、首を傾げた。
「僕が先生の特別なんです」
せっかくなので自慢しておこうとするユラン。
「ああ、そうでしたね、先生とうまく行ったそうですね、おめでとうございます」
ジペルスは、ちらりと机の上の新聞を見遣る。
「隊長が、ユランとユランの先生がうまく行ったと賭けの結果を発表したのが昨日、今朝は今朝で、思わせぶりな記事が新聞に載っていて……偶然というには出来過ぎな気がするのですが」
何か裏がありそうですが? とジペルスは疑いの眼差しをユランに向ける。
「や、やだな、たまたま重なっただけじゃないですか、僕と先生の愛を疑うなんて酷いですよ……」
そう答えながら、嘘が苦手なユランはジペルスからそっと視線を逸らす。
「いえ、あの鈍い人が急に付き合う気になるというのが今一つ納得できなくて、確認したかっただけです」
半分くらいしか疑ってませんよ、とジペルスは笑顔である。
「昨夜はお楽しみのようだったと他の魔術師から聞いていますし」
「お楽しみ?」
ユランは何のことだろうと目を瞬かせる。
「何って……一晩中一緒にいて事に及んだのだろうな、という濃さで、ユランからユランの先生の魔力の気配がしていたと」
ジペルスは、こほんと咳払いをする。
「僕から先生の魔力の気配ですか? 事に及ぶ……? えっ!?」
ユランは頬が熱くなるのを感じる。
「そんなことが、その、魔力の気配で分かるんですか?」
「私は『視る』ことには長けていないのでよく分かりませんが、煙草や香水の移り香のようなものでしょう。ある程度察することが出来るようです」
ジペルスは、魔術師ではないユランにも分かりやすいように香りに例える。香りが移るほどの距離感で接していた=親しい仲であるという図式である。
「近くにいたっていうのが分かるだけで、事に及んだかどうかまではさすがに分からないんですね」
ユランはほっとする。昨夜は勝手にくっついて眠っただけで、事には及んでいないが、そんなことが筒抜けなのは少し恥ずかしい。
「まあ、そうですね……」
ジペルスは言葉を濁した。魔力持ちが抱く側であれば、子種に魔力が多く含まれる関係で、中に出したかどうかまで、魔力を『視る』ことに長けている人間であれば分かると聞いたことがある。
「その顔だと、そこまで関係は進んでいないようですが」
少し赤くなっただけのユランの反応に、本当に関係を結んでいればもう少し嬉しそうか、狼狽えるかだろうとジペルスは判断する。
「そ、そんなことないですよ、昨夜は先生に『気が済むまで抱きついてていい』って言われたので、そのまま熱い夜を過ごしっ」
恋人の振り、恋人の振り、と心の中で唱えながら、ユランは強く拳を握って主張する。大袈裟だが嘘はついていない。
「虚勢を張らなくてもいいですよ」
目が泳いでいるユランの様子に、ジペルスは残念な子を見る顔になった。
昼食後、ヴェイセルは新聞を取ってきて机の上に置いた。
「はい。一面の……ほら、この辺りです」
自分とエイダールのことを思わせぶりに書いてある記事の部分を、ユランが指し示す。
「ああ、これだな、『某教授』」
ヴェイセルが読んでいる横から、カイが覗き込む。
「本当に載ってるんだな。同棲中の恋人か……これ、本当にユランのことなのか? 実はもう一人同居してたり」
念の為に聞くけど、とカイが笑いながら問う。
「何でそこを疑うんだよ、あの家、僕と先生しか住んでないよ!」
ユランは、勝手に住人を増やすな、と頬をふくらませる。
「え、だってあの家、ちょっと離れっぽくなってるとこもあるし」
エイダールの家は、もともと細工師が工房兼住居として使っていた物件である。一階は工房と店舗として使っていた平屋の細長い建物が、交差するように繋がっている。工房の二階から上が住居部分でる。
「あそこなら、ユランの先生がユランに内緒で本当の恋人をこっそり住まわせてても気付かなそうだし」
恋人の振りをしているだけだと聞いているカイは、もしやとそんなことを言い出す。
「そんな訳ないだろ、そもそもそんな人がいたら僕に部屋貸してくれる筈ないし」
確かに元店舗部分には滅多に立ち入らないが、さすがに誰か住んでいれば分かる。
「それに、あそこは人が住めるような作りじゃないし……そう言えば先生が、泊り客が来ても対応できるように改装するかって言ってたことあるけど」
今のところ手つかずである。
「あの先生、家に泊めるような人がいるのか? ユラン以外に?」
大問題じゃないか、とヴェイセルが目を見開く。
「え、先生が泊り客として想定してるのは先生のご家族だと思いますけど」
恋人想定ではないと思う。
「ああ、家族か。かなり遠方だよな、二人の故郷って」
辺境の隣の領地、とヴェイセルは聞いている。
「はい。遠いし、先生のご家族が王都に出てくるのは何年かに一度ですね。来た時はいわゆる高級な宿に部屋を取ってもてなして、家に泊めたことないと思いますけど、先生は一応泊まれる状態にしておこうかって気はあるみたいで」
思っているだけなので、改装は全く進んでいない。
「そんな離れがあるなら、まずそこを貸し部屋にしそうなものなのに、ユランは普通に先生と同じ建物に住んでるんだよな?」
家族以上の扱いってことか? と、ヴェイセルはからかう。転がり込んでいた頃から使わせて貰っていた部屋をそのまま借りた形なのは知っているが。
「え、正式に部屋を借りるなら離れに行け、なんて言われたら、僕泣いちゃいますよ……じゃなくて、僕は特別ですから」
不満げに言い掛けたユランは、『特別』を強調しながら言い直した。恋人だと言い切りたいところだが、その辺りは振りだけで曖昧に濁すように言われている。
「何が特別なんですか?」
今から昼食なのか、食堂に入ってきたジペルスが、首を傾げた。
「僕が先生の特別なんです」
せっかくなので自慢しておこうとするユラン。
「ああ、そうでしたね、先生とうまく行ったそうですね、おめでとうございます」
ジペルスは、ちらりと机の上の新聞を見遣る。
「隊長が、ユランとユランの先生がうまく行ったと賭けの結果を発表したのが昨日、今朝は今朝で、思わせぶりな記事が新聞に載っていて……偶然というには出来過ぎな気がするのですが」
何か裏がありそうですが? とジペルスは疑いの眼差しをユランに向ける。
「や、やだな、たまたま重なっただけじゃないですか、僕と先生の愛を疑うなんて酷いですよ……」
そう答えながら、嘘が苦手なユランはジペルスからそっと視線を逸らす。
「いえ、あの鈍い人が急に付き合う気になるというのが今一つ納得できなくて、確認したかっただけです」
半分くらいしか疑ってませんよ、とジペルスは笑顔である。
「昨夜はお楽しみのようだったと他の魔術師から聞いていますし」
「お楽しみ?」
ユランは何のことだろうと目を瞬かせる。
「何って……一晩中一緒にいて事に及んだのだろうな、という濃さで、ユランからユランの先生の魔力の気配がしていたと」
ジペルスは、こほんと咳払いをする。
「僕から先生の魔力の気配ですか? 事に及ぶ……? えっ!?」
ユランは頬が熱くなるのを感じる。
「そんなことが、その、魔力の気配で分かるんですか?」
「私は『視る』ことには長けていないのでよく分かりませんが、煙草や香水の移り香のようなものでしょう。ある程度察することが出来るようです」
ジペルスは、魔術師ではないユランにも分かりやすいように香りに例える。香りが移るほどの距離感で接していた=親しい仲であるという図式である。
「近くにいたっていうのが分かるだけで、事に及んだかどうかまではさすがに分からないんですね」
ユランはほっとする。昨夜は勝手にくっついて眠っただけで、事には及んでいないが、そんなことが筒抜けなのは少し恥ずかしい。
「まあ、そうですね……」
ジペルスは言葉を濁した。魔力持ちが抱く側であれば、子種に魔力が多く含まれる関係で、中に出したかどうかまで、魔力を『視る』ことに長けている人間であれば分かると聞いたことがある。
「その顔だと、そこまで関係は進んでいないようですが」
少し赤くなっただけのユランの反応に、本当に関係を結んでいればもう少し嬉しそうか、狼狽えるかだろうとジペルスは判断する。
「そ、そんなことないですよ、昨夜は先生に『気が済むまで抱きついてていい』って言われたので、そのまま熱い夜を過ごしっ」
恋人の振り、恋人の振り、と心の中で唱えながら、ユランは強く拳を握って主張する。大袈裟だが嘘はついていない。
「虚勢を張らなくてもいいですよ」
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