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169「みんな騙されてるよな」

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「あ、俺はユランにはもててるんだった」
 悲しい結論から一転、ユランには慕われていることを思い出し、ユランは変態じゃない、俺はイーレンとは違う、とエイダールが勝ち誇る。
「ユランくんはまともな子に思えますが、君を好きな時点で相当変わった嗜好の持ち主ではありますよね」
 エイダールを友人としては大切に思っているイーレンだが、恋愛に持ち込みたいとは欠片も思わない。
「そうだよな、ユランなら他にいくらでも選択肢があるのに、何で俺なんだろう?」
 今更ながら、謎である。
「幼馴染みですから、刷り込みでは?」
 イーレンは、少し考えてから一番可能性の高そうな理由を挙げた。子供時代のエイダールは、今よりは素直な性格だったと思われるが、恋に落ちるほど素晴らしい人間性の持ち主だったとも思えない。
「俺もそんな気がするんだよなあ。そのうち薄れる気持ちだな」
 刷り込みのような幼馴染みへの恋など、いつか思い出になってしまうだろう。
「そんなことはないでしょう。薄れるならもうとっくに薄れている筈です。思春期まで持ち越せば長い方です」
 イーレンは否定する。既にユランは思春期どころか成人を迎えて久しい。
「きっかけは刷り込みでも、ユランくんが君を慕う気持ちは本物だと思います……が、今ひとつ君たちが恋人同士という図の想像がつかないですね」
 頑張って想像しても、気ままな飼い主と忠実な大型犬の図しか思い浮かばない。


「そもそも恋人じゃないからな。恋人の振りってことで、ユランは手を繋ぎたがったり、熱い目で見つめてきたりしてたけど」
 それはそれは楽しそうに演じていた。
「随分と可愛らしい行動ですね」
 言葉から想像できる微笑ましい光景に、イーレンの口元が綻ぶ。
「私なんて恋人でもない相手にいきなり押し倒されたりするのに」
 もれなく不能にしているので実害はないが、面倒ではある。
「ユランは理性があるときは押し倒したりしてこない」
 変態とは違うからな、とエイダールはまた勝ち誇る。
「ちょっと待ってください、その言い方だと、理性がないときがあるように聞こえますが」
 引っ掛かりを覚えたイーレンは首を傾げる。
「酔っ払ったときに押し倒されて突っ込まれそうになったことならある」
「…………そんなことを明るく話されて、どう反応しろと!?」
 まったく負の感情を見せずにそんな話をし始めるエイダールにイーレンは戸惑う。
「え、別に大したことじゃないし、そもそも未遂だし……指は突っ込まれたけど」
 驚きはしたが、それだけである。
「異物感半端ないよな、あれ」
「知りませんよ!」
 そんな同意を求められても経験はないイーレンである。
「君って、潔癖とまでは思っていませんでしたが、意外に緩々だったんですね」
 貞操観念的な何かが。
「いや、他の奴に同じことされたら殴り倒すくらいには不快だと思うが……ユランだしな」
 ユランにはどうも甘くなっちゃうんだよなあ、と独り言ちるエイダールを見て。
「そういうことまで許すのは、彼に甘いとか甘くないとかいう問題ではないと思いますが……」
 一方的にユランが思いを寄せているのだと認識していたが、意外に双方向なのかもしれないな、とイーレンは思った。




「そういやイーレン、まだ王都にいたんだな」
「はい?」
 エイダールの言葉に、目の前にいる自分を何だと思っているのだろうと、イーレンは目を瞠る。
「新聞に載ってたから、取材受けたのか、まだ王都にいたのかって驚いたんだよ。魔獣討伐からでも随分経ってるし、とっくの昔に辺境に戻ってると思ってたから」
「そうですね、本来なら戻っている筈でした。一週間ほど前に戻る予定で、荷造りも済ませたところに、今回の、魔獣の異常発生の原因調査の仕事の話が来てしまって」
 あと一時間早く出立していれば、と拳を握るイーレンだが。
「異常発生の原因となった魔法の『痕跡を視る』って仕事なんだから、辺境に戻ってたって呼び戻されてただろ」
 どの道この仕事はイーレンが適任なので、王都と辺境を無駄に往復せずに済んだという考え方もある。
「もっと人材を育てるべきです、私に割り当てられる仕事が多過ぎます。今回に限っては、行方不明事件と関わりがあるようなので、私がやって良かったですけど」
 あくまで結果論ではあるが、両方ともイーレンが担当していなければ気付かなかっただろう。
「やっぱり関係あるのか」
 つまりは隣国絡みである。
「ええ、今回見つかったものが、あの事件で使われた幾つかの魔道具と、何といえばいいのでしょうか、設計思想が似ていまして」
 魔道具に限らないが、魔道具の場合は特に強く設計者の癖が出る。
「魔術師団の方で確認してもらっているところです」
 確認や解析は魔術師団の担当領域である。


「ちゃんと仕事もしてるんだな、魔術師団。人の物を勝手に持って行って弄り倒してるだけかと思ってた」
 ユランの魔弓を持っていかれたまま未だに返してもらっていないエイダールの言いように、イーレンは、こほんと咳払いをした。
「そういう一面もありますが、基本的に優秀な人の集まりですから」
 優秀過ぎて極端なところもあるが、それなりに結果も出している。
「そうだな、研究熱心なのは認める。魔術師って多かれ少なかれそういうものだしな。興味のあるものを見ると夢中になって多少の道徳観や倫理観をすっ飛ばすくらい、可愛いもんだ」
 熱意と勤勉さは、エイダールも認めている。
「すっ飛ばしてはいけないものを気軽にすっ飛ばさないでください。それと、魔術師と一括りにされると私まで非常識な人間みたいじゃないですか」
 イーレンが訂正を求める。
「え、お前は物腰がやわらかいからまともそうに見えるだけだろ」
「見えるだけではなく本当にまともなんです……たまにしか無茶しませんし」
 その無茶も、日頃積み重ねている実績と信頼のお陰で、いい方向に解釈される。
「みんな騙されてるよな」
「騙してません……あ、私、ここに馬を預けてあるので」
 イーレンは、運送馬車屋の前で立ち止まった。
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