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168「まともそうな相手には一歩引かれてしまうので」
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「先程の話ですが、恋人と同棲というのは?」
来た道を戻りながら、イーレンは隣を歩くエイダールに続きを促す。
「……表向きには事実ってことに」
「表向き?」
詐欺師のようなことを言い出すエイダールに、イーレンは眉をひそめる。
「縁談避けだよ。ちょうど今、ユランと一緒に暮らしてるから、恋人ってことにしとこうって」
ある程度対策をしておかないと、性質の悪い申し込みが増えると言われたのだ。
「対策は確かに必要でしょうが、いくら君に懐いてるからって、ユランくんを利用するなんて酷いですね……人としてどうなんですか」
イーレンの軽蔑しきった眼差しがエイダールに刺さる。
「俺の発案じゃないし、俺は反対した」
発案も段取ったのもカスペルである。
「ただ、ユランが乗り気でさ」
押し負けたのである。
「……ユランくんならそうかもしれませんね」
昔からエイダールが大好きなユランである。幼い頃からそうだったし、今も露骨に態度に出ている。
「そうかも、じゃなく、そう、なんだよ。俺はそんなことにユランを巻き込みたくなかったし、それならまだ、イーレンと俺が偽装婚約したほうがいいんじゃないかって提案したんだが」
「は? 私と何ですって?」
自分の名を耳にして、イーレンは聞き返す。
「ええと、偽装婚約を……」
「本人の了承も得ずに何を勝手にそんな提案をしているんですか!?」
「安心しろって。提案したけどカスペルに却下されたから」
実際には何もしていないと、エイダールは宥めにかかるが。
「却下されなかったら偽装婚約する気だったんですか……?」
イーレンに、呆れたように聞き返される。
「却下されなかったら、カスペルがやる気ってことだから、書類作って手続き関係も終わらせて、今頃偽装婚約が成立してる頃だろうな」
「怖っ……というかそれ、普通に犯罪ですから」
イーレンは肩をぶるりと震わせた。偽造とか捏造とかそういう類の犯罪である。
「さすがに本人不在のまま話は進めないだろうけど、イーレンが抵抗してもカスペルに丸め込まれて書類を書かされてただろうな」
カスペルのそういう方面においての頭の回転の良さと口の上手さは異常である。
「カスペルの手際の良さは認めますが……さすがに何をどう言われても、君との婚約の書類に署名なんかしません」
イーレンは大きく首を横に振る。いくら何でも偽装婚約は論外過ぎる。
「そんなに俺が嫌いか? さすがに傷つくぞ」
完全にからかう姿勢で、ちらっちらっとわざとらしく視線を寄越すエイダール。
「嫌いな人とこんなに長く友人をやってるほど暇ではありませんが……よくもまあそんな心にもないことが言えますね?」
そもそも偽装というのが嫌なイーレンは冷たく返す。
「絶対ありえない俺とだから、お互い誤解もなくて気を遣う必要もないし、逆にいいと思ったんだけどなあ。カスペルの婚約が発表されたら、イーレンにもあっちこっちから声が掛かるだろうから、それも阻めたら一挙両得だろ?」
エイダールとしては、他を巻き込まず、面倒もない、いい案だと思ったのだが。
「確かに、今朝の新聞を読んだらしい人から既に声は掛けられました」
朝の出来事を思い出したイーレンは、小さく溜息をつく。
「私は今、一時的に騎士団本部に泊まり込んでいるので、朝食も騎士団の食堂でとっていますが、その朝食の席で、あまり話したこともない騎士から『捨てられたんだって? 俺が飼ってやろうか?』と言われました」
爽やかな朝を台無しにする台詞だった。
「うっわ、騎士団てまだそんな雰囲気なのか。今の騎士団長になってからは割とまともになってきた気がしてたんだが」
エイダールの口が、嫌そうに歪む。
「いえ、以前と比べれば改善されています。たまに旧態依然の考え方のままの人がいるだけで。で、その騎士に『まずは今夜にでも味見をさせろ』と、夜の誘いを少々……丁重にお断りしましたが、しつこく腕を掴んだりしてきたので、久し振りに君仕込みの例の魔法を発動させました」
気の毒に、と言いつつ、気の毒に思っているとは思えない笑顔を見せるイーレン。「ああ、役に立っているようで何より」
エイダールは、意に染まない相手から無理強いをされそうになることが多かったイーレンに、お守り代わりに男のナニが使い物にならなく呪いのような魔法を提供している。
「お前に変にちょっかい出すと不能になるって噂を知らなかったのかなそいつ」
「ここ数年で配属された人は知らないかもしれませんね。私は辺境にいるほうが多いですし」
噂を聞いていても、真実だとは思わなかったのかもしれない。
「まあ、おかしいのはその騎士だけで、他の人はそっと見守る感じでした。『気を落とさないで、きっとすぐにいい人が』と、何人かの女性に声を掛けられて、涙ぐんで去られましたが」
イーレンは、遠くから幸せを願う系の女性に人気が高い。
「学生時代もいたよな。カスペルが俺とお前を縁談避けの盾にしたときに、お前に『お幸せに!』って涙を拭いながら言いに来る女の子が何人もさ。俺には誰一人そんなこと言ってくれる子いなかったけど」
当時、一目置かれてはいたが、女性にもてていたかと問われると、否としか言えないエイダールである。
「まともそうな相手には一歩引かれてしまうので、結果的に一緒では?」
「変態にもてるところだけ一緒にされてもな」
「そうですね」
二人して大きく溜息をついた。
来た道を戻りながら、イーレンは隣を歩くエイダールに続きを促す。
「……表向きには事実ってことに」
「表向き?」
詐欺師のようなことを言い出すエイダールに、イーレンは眉をひそめる。
「縁談避けだよ。ちょうど今、ユランと一緒に暮らしてるから、恋人ってことにしとこうって」
ある程度対策をしておかないと、性質の悪い申し込みが増えると言われたのだ。
「対策は確かに必要でしょうが、いくら君に懐いてるからって、ユランくんを利用するなんて酷いですね……人としてどうなんですか」
イーレンの軽蔑しきった眼差しがエイダールに刺さる。
「俺の発案じゃないし、俺は反対した」
発案も段取ったのもカスペルである。
「ただ、ユランが乗り気でさ」
押し負けたのである。
「……ユランくんならそうかもしれませんね」
昔からエイダールが大好きなユランである。幼い頃からそうだったし、今も露骨に態度に出ている。
「そうかも、じゃなく、そう、なんだよ。俺はそんなことにユランを巻き込みたくなかったし、それならまだ、イーレンと俺が偽装婚約したほうがいいんじゃないかって提案したんだが」
「は? 私と何ですって?」
自分の名を耳にして、イーレンは聞き返す。
「ええと、偽装婚約を……」
「本人の了承も得ずに何を勝手にそんな提案をしているんですか!?」
「安心しろって。提案したけどカスペルに却下されたから」
実際には何もしていないと、エイダールは宥めにかかるが。
「却下されなかったら偽装婚約する気だったんですか……?」
イーレンに、呆れたように聞き返される。
「却下されなかったら、カスペルがやる気ってことだから、書類作って手続き関係も終わらせて、今頃偽装婚約が成立してる頃だろうな」
「怖っ……というかそれ、普通に犯罪ですから」
イーレンは肩をぶるりと震わせた。偽造とか捏造とかそういう類の犯罪である。
「さすがに本人不在のまま話は進めないだろうけど、イーレンが抵抗してもカスペルに丸め込まれて書類を書かされてただろうな」
カスペルのそういう方面においての頭の回転の良さと口の上手さは異常である。
「カスペルの手際の良さは認めますが……さすがに何をどう言われても、君との婚約の書類に署名なんかしません」
イーレンは大きく首を横に振る。いくら何でも偽装婚約は論外過ぎる。
「そんなに俺が嫌いか? さすがに傷つくぞ」
完全にからかう姿勢で、ちらっちらっとわざとらしく視線を寄越すエイダール。
「嫌いな人とこんなに長く友人をやってるほど暇ではありませんが……よくもまあそんな心にもないことが言えますね?」
そもそも偽装というのが嫌なイーレンは冷たく返す。
「絶対ありえない俺とだから、お互い誤解もなくて気を遣う必要もないし、逆にいいと思ったんだけどなあ。カスペルの婚約が発表されたら、イーレンにもあっちこっちから声が掛かるだろうから、それも阻めたら一挙両得だろ?」
エイダールとしては、他を巻き込まず、面倒もない、いい案だと思ったのだが。
「確かに、今朝の新聞を読んだらしい人から既に声は掛けられました」
朝の出来事を思い出したイーレンは、小さく溜息をつく。
「私は今、一時的に騎士団本部に泊まり込んでいるので、朝食も騎士団の食堂でとっていますが、その朝食の席で、あまり話したこともない騎士から『捨てられたんだって? 俺が飼ってやろうか?』と言われました」
爽やかな朝を台無しにする台詞だった。
「うっわ、騎士団てまだそんな雰囲気なのか。今の騎士団長になってからは割とまともになってきた気がしてたんだが」
エイダールの口が、嫌そうに歪む。
「いえ、以前と比べれば改善されています。たまに旧態依然の考え方のままの人がいるだけで。で、その騎士に『まずは今夜にでも味見をさせろ』と、夜の誘いを少々……丁重にお断りしましたが、しつこく腕を掴んだりしてきたので、久し振りに君仕込みの例の魔法を発動させました」
気の毒に、と言いつつ、気の毒に思っているとは思えない笑顔を見せるイーレン。「ああ、役に立っているようで何より」
エイダールは、意に染まない相手から無理強いをされそうになることが多かったイーレンに、お守り代わりに男のナニが使い物にならなく呪いのような魔法を提供している。
「お前に変にちょっかい出すと不能になるって噂を知らなかったのかなそいつ」
「ここ数年で配属された人は知らないかもしれませんね。私は辺境にいるほうが多いですし」
噂を聞いていても、真実だとは思わなかったのかもしれない。
「まあ、おかしいのはその騎士だけで、他の人はそっと見守る感じでした。『気を落とさないで、きっとすぐにいい人が』と、何人かの女性に声を掛けられて、涙ぐんで去られましたが」
イーレンは、遠くから幸せを願う系の女性に人気が高い。
「学生時代もいたよな。カスペルが俺とお前を縁談避けの盾にしたときに、お前に『お幸せに!』って涙を拭いながら言いに来る女の子が何人もさ。俺には誰一人そんなこと言ってくれる子いなかったけど」
当時、一目置かれてはいたが、女性にもてていたかと問われると、否としか言えないエイダールである。
「まともそうな相手には一歩引かれてしまうので、結果的に一緒では?」
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「そうですね」
二人して大きく溜息をついた。
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