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166「定規としても使える」
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「ケニスさん、どうにかなりそうですか?」
難しい顔で矢を地面に向かって撃ち込んでいるケニスに、イーレンは声を掛ける。
「分からん、調整がどうのっていう前にどのくらい魔力が出てるのかってのが自分じゃ分からないし」
魔力操作初心者のケニスは、魔力が絞れているのかどうかすら分からない。
「変に力を入れると、今まで出来ていたことも出来なくなることがありますし、矢を放つときにしか使わないなら、矢の方をどうにかしてもらう手もありますよ」
イーレンは、出来ますよね? とエイダールを見る。
「そうだな、矢の方は何とでもなるし、魔術師になる訳じゃないから無理しなくていいぞ」
魔導回路的には、魔法紋様を数個書き足せばいい話なので、エイダールは気楽に請け負う。
「どうしても無理そうなら頼むが、何か流れてる感じは分かるような気がしてきて面白いし、もう少し挑戦してみたい」
ケニスは、分からないなりに楽しくなってきたところらしい。
「分かった、気が済むまでやってみて、調整が必要ならまた連絡くれ」
魔法を覚えたての子供のような心境なのだろうなと、エイダールは微笑ましく眺める。楽しんで意欲的に挑戦している時が一番伸びるものである。
「魔力がどのくらい出ているかというのを計測できる紋様符がありますから、後でお送りします」
目で視て分かるイーレンはお世話になったことはないが、魔力操作の訓練用の補助具の一種として、存在している。
「そんなものがあるのか? 普通に手に入るものなのか?」
「ええ、魔道具屋で売っています。簡易な作りのものなら書店でも扱っていたと思います」
「それなら自分で買いに……」
人の手を煩わせるのは、とケニスは言い掛けるが。
「売ってるのはケニスには向かないと思うぞ、測れる幅が大き過ぎて」
エイダールが口を挟む。魔術師を目指すような魔力持ち向けなので、もともとの魔力量が少ないケニスの場合、最初のひと目盛りの中でうろうろする感じになるので、差が分かりにくい。
「そう言われればそうですね、どうしましょうか」
「ないもんは作ればいいだろ。目の前にいる俺を誰だと思ってるんだ」
エイダールはそう言いながら、腰にぶら下げていた鞄から、金属製の定規を取り出す。全長十五センチほどの小さなものだ。
「これなら最初から目盛りついてるし、ちょうどいいだろ」
エイダールは、鞄からペンも取り出し、定規の裏に何かを書き付け始めた。
「良かったですねケニスさん、エイダールがこの場で作ってくれるみたいです」
ケニスさん専用ですよ、とイーレンが微笑む。
「待て待て、定規が、その、紋様符になるのか? 紋様符って紙だよな?」
ブレナンが、混乱した様子で確認してくる。
「そうですね、この場合は魔導回路を刻んだ魔道具になります」
形態は違っても、機能は同じなので、あまり気にすることではない。
「魔術師だけじゃなく魔道具師もやってるってことか、多才だな」
兼業か、とブレナンが感心する。
「エイダールの本業は魔術師でもなければ魔道具師でもなく、研究者ですが。多才なのは認めますが、それを今更感心されても……魔弓を作っている時点でいろいろおかしいでしょう」
「そう言われればそうだな!」
イーレンに指摘され、ブレナンは笑い出す。
「魔弓は衝撃が強過ぎて、驚くだけで終わってた」
あまりに桁外れなものを目の当たりにすると、驚くことしか出来ない。感心するところまで頭が回っていなかった。
「では、もっと感心してあげてください。エイダールは魔導回路に関しては、国内屈指の腕前ですから」
研究者としても技術者としても一流である。
「そんなに凄いのか?」
ケニスは、声をひそめて、こう続ける。
「とてもそんな風には見えないが」
エイダールの見た目はどこにでもいそうな兄ちゃんである。『凄い人』と言われても信じ難い。
「その界隈では有名ですし、今朝は新聞にも名前が載っていましたよ」
エイダールが好きそうな話題だな、と思って読んでいたら、本人の名前が出て来て驚いたイーレンである。
「新聞に名前って、何かやらかしたのか?」
新聞に名前が載る=悪いことをした、という方向で捉えたブレナンが、心配そうにエイダールを見る。
「何でそうなるんだよ、話の流れを読めよ」
エイダールは不満げに定規から顔を上げた。今の話の流れは、どう考えても『新聞に載るような凄い人』であり、『何かやらかした人』ではない。
「紋様符関連で取材受けたんだよ……とりあえず出来た」
エイダールは、定規をケニスに手渡す。
「一応、七のところが現状流してる量で、目標値は五に設定してある。魔力を流すと、こんな風に目盛りのところに色がつくから」
定規に軽く触れたエイダールは、ぴったり五までを青色に染めて見せた。
「これは分かりやすいな、ありがとう」
「どういたしまして。そうそう、魔力量を測れる他にも」
「何だ?」
他にも何らかの機能がついているのかと聞く姿勢を取ったケニスだが。
「定規としても使える」
予想外だが至極真っ当なことを言われて。
「あ、そうか、そうだな……」
少し遠い目になった。
難しい顔で矢を地面に向かって撃ち込んでいるケニスに、イーレンは声を掛ける。
「分からん、調整がどうのっていう前にどのくらい魔力が出てるのかってのが自分じゃ分からないし」
魔力操作初心者のケニスは、魔力が絞れているのかどうかすら分からない。
「変に力を入れると、今まで出来ていたことも出来なくなることがありますし、矢を放つときにしか使わないなら、矢の方をどうにかしてもらう手もありますよ」
イーレンは、出来ますよね? とエイダールを見る。
「そうだな、矢の方は何とでもなるし、魔術師になる訳じゃないから無理しなくていいぞ」
魔導回路的には、魔法紋様を数個書き足せばいい話なので、エイダールは気楽に請け負う。
「どうしても無理そうなら頼むが、何か流れてる感じは分かるような気がしてきて面白いし、もう少し挑戦してみたい」
ケニスは、分からないなりに楽しくなってきたところらしい。
「分かった、気が済むまでやってみて、調整が必要ならまた連絡くれ」
魔法を覚えたての子供のような心境なのだろうなと、エイダールは微笑ましく眺める。楽しんで意欲的に挑戦している時が一番伸びるものである。
「魔力がどのくらい出ているかというのを計測できる紋様符がありますから、後でお送りします」
目で視て分かるイーレンはお世話になったことはないが、魔力操作の訓練用の補助具の一種として、存在している。
「そんなものがあるのか? 普通に手に入るものなのか?」
「ええ、魔道具屋で売っています。簡易な作りのものなら書店でも扱っていたと思います」
「それなら自分で買いに……」
人の手を煩わせるのは、とケニスは言い掛けるが。
「売ってるのはケニスには向かないと思うぞ、測れる幅が大き過ぎて」
エイダールが口を挟む。魔術師を目指すような魔力持ち向けなので、もともとの魔力量が少ないケニスの場合、最初のひと目盛りの中でうろうろする感じになるので、差が分かりにくい。
「そう言われればそうですね、どうしましょうか」
「ないもんは作ればいいだろ。目の前にいる俺を誰だと思ってるんだ」
エイダールはそう言いながら、腰にぶら下げていた鞄から、金属製の定規を取り出す。全長十五センチほどの小さなものだ。
「これなら最初から目盛りついてるし、ちょうどいいだろ」
エイダールは、鞄からペンも取り出し、定規の裏に何かを書き付け始めた。
「良かったですねケニスさん、エイダールがこの場で作ってくれるみたいです」
ケニスさん専用ですよ、とイーレンが微笑む。
「待て待て、定規が、その、紋様符になるのか? 紋様符って紙だよな?」
ブレナンが、混乱した様子で確認してくる。
「そうですね、この場合は魔導回路を刻んだ魔道具になります」
形態は違っても、機能は同じなので、あまり気にすることではない。
「魔術師だけじゃなく魔道具師もやってるってことか、多才だな」
兼業か、とブレナンが感心する。
「エイダールの本業は魔術師でもなければ魔道具師でもなく、研究者ですが。多才なのは認めますが、それを今更感心されても……魔弓を作っている時点でいろいろおかしいでしょう」
「そう言われればそうだな!」
イーレンに指摘され、ブレナンは笑い出す。
「魔弓は衝撃が強過ぎて、驚くだけで終わってた」
あまりに桁外れなものを目の当たりにすると、驚くことしか出来ない。感心するところまで頭が回っていなかった。
「では、もっと感心してあげてください。エイダールは魔導回路に関しては、国内屈指の腕前ですから」
研究者としても技術者としても一流である。
「そんなに凄いのか?」
ケニスは、声をひそめて、こう続ける。
「とてもそんな風には見えないが」
エイダールの見た目はどこにでもいそうな兄ちゃんである。『凄い人』と言われても信じ難い。
「その界隈では有名ですし、今朝は新聞にも名前が載っていましたよ」
エイダールが好きそうな話題だな、と思って読んでいたら、本人の名前が出て来て驚いたイーレンである。
「新聞に名前って、何かやらかしたのか?」
新聞に名前が載る=悪いことをした、という方向で捉えたブレナンが、心配そうにエイダールを見る。
「何でそうなるんだよ、話の流れを読めよ」
エイダールは不満げに定規から顔を上げた。今の話の流れは、どう考えても『新聞に載るような凄い人』であり、『何かやらかした人』ではない。
「紋様符関連で取材受けたんだよ……とりあえず出来た」
エイダールは、定規をケニスに手渡す。
「一応、七のところが現状流してる量で、目標値は五に設定してある。魔力を流すと、こんな風に目盛りのところに色がつくから」
定規に軽く触れたエイダールは、ぴったり五までを青色に染めて見せた。
「これは分かりやすいな、ありがとう」
「どういたしまして。そうそう、魔力量を測れる他にも」
「何だ?」
他にも何らかの機能がついているのかと聞く姿勢を取ったケニスだが。
「定規としても使える」
予想外だが至極真っ当なことを言われて。
「あ、そうか、そうだな……」
少し遠い目になった。
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