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154「体格差と体力差を考えて……」
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「おはようございます」
「ユラン、良かったなあ」
ユランは、西区警備隊の詰所に出勤するなり、門に詰めていた隊員に、背中を豪快に叩かれた。
「はい?」
何が良かったのだろうと、ユランは目を瞬かせる。
「一途に想い続けてたら何とかなるもんなんだなあ」
「あの鈍そうな人相手によく頑張ったな」
他の隊員にも、次から次へと背中を力強く叩かれ、新手の苛めかと一瞬疑う。
「ちょ、待って、痛いです、何の話ですか!?」
相手の腕をばしっと掴んで問い質す。
「何って、あの先生と付き合うことになったんだろ? 昨日の午後に隊長がそう言って、うまく行くに賭けてた奴で投票券を山分けしてたぞ」
「あ、その件ですか……ありがとうございます」
昨日エイダールの研究室までやってきていたアルムグレーンは、ユランとエイダールが付き合うことになったということにしておくと帰って行った。あの後すぐに行動を起こしたらしい。
「付き合うというか、一応そういう方向で向き合ってくれることになったというか」
あくまで恋人の振り、言質を取られるような発言は禁止と言われているので、ユランは照れ笑いしながら曖昧に濁す。
「まだまだいっぱい頑張らないとなんですけど」
せめて枯れた老夫婦の境地は脱したいユランである。
「頑張りすぎると君の先生が体を壊す。二人とも若いとはいえ、無理は良くない。体格差と体力差を考えて……」
「へ?」
年配の魔術師に真顔で忠告され、ユランはぽかんと口を開ける。
「付き合い始めの楽しい時期に水を差す気はないが、一晩中では負担が大きすぎるから節度を持って」
「待ってください、何か誤解してませんか? 違いますから」
いわゆる夜の生活を頑張り過ぎるなと言われていることに気付いて、ユランは慌てて否定した。
「誤解も何もないと思うが」
ユランの頭から足先まで視線を動かした年配の魔術師は、今更何を照れているのだと首を傾げる。
「立派な誤解ですよ!?」
抱きついたまま一夜を過ごしたが、そういう意味では何もしていない。実際エイダールはすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「おはようございます……何を騒いで? ユランが何か?」
ちょうど出勤してきたヴェイセルが、何かあったのかと年配の魔術師を見る。ヴェイセルは班長なので、班員のユランとカイが何かやらかした場合、責任を問われるのは彼である。
「いや、大したことじゃない。ただ、彼が素直に認めなくて」
「何かやらかしたなら、ちゃんと認めないと……何をしたんだ」
生温かい目でユランを見守るような魔術師の様子から、深刻な諍いではないのだろうと思いつつ、ヴェイセルは一応確認のために尋ねる。
「何もしてません……本当に何も」
素直に認めないと言われても、事実とは違うのでユランとしては認められない。
「ヴェイセル、些細なことだ、そんなに責め立てなくていい。ほら、そろそろ申し送りの時間だろう」
さっさと行け、とばかりに魔術師は手を振った。
「はい。ほらユラン、行くぞ」
ヴェイセルは、何か言いたげに口をぱくぱくさせているユランの腕を掴んだ。
「ヴェイセル先輩、さっきの封筒、何が入ってるんですか?」
朝の申し送りのあと、訓練場に向かって歩きながら、カイが尋ねた。夜勤班から『隊長から預かった』とヴェイセルに小さな封筒が手渡されていた。
「さあ? 配当がどうとかって言われたけど」
ユランと同じ班のヴェイセルとカイも、昨日は休みだったので、警備隊内でのことは分からない。
「投票券だ……」
封筒から出てきたのは食堂の新メニュー投票券である。
「配当がどうとかでこれが来るってことは、え?」
「嘘だろ!?」
ヴェイセルとカイが顔を見合わせてから、ユランを見る。
「あ、えっと、はい。そういうことになりました」
ユランは、こほんと咳払いを一つして報告した。
「びっくりするだろ、いつの間にそんなことに……いや、まずはおめでとうだな」
余程驚いたのか、ヴェイセルは胸を手で押さえて深呼吸する。
「本当に? 永遠の弟枠じゃなかったのかよ、何でうまく行ってんだよ、おかしい、おかしいぞ」
カイも動揺している。
「ありがとうございます先輩。カイもちゃんと祝ってほしいんだけど?」
ユランは口を尖らせる。
「そ、そうだな、おめでとう……いやでも、本当に?」
ユランに近しい分、疑いが捨てきれないカイである。
「そこまで疑われると殴りたくなるんだけど……」
ユランは自分の拳をちらりと見る。
「暴力に訴えるなよ……仕方ないだろ、今まで押しても引いてもだめだったの見て来てんのに」
カイはそう言いながら、そういや引いたことなんてあったっけ? と考え込む。
「やっぱりおかしいかなあ。これは、二人には話すけど」
ユランは、辺りを見回して声を潜めた。もともと同じ班の二人には事実を話した上で協力してもらうつもりである。
「他の人には内緒ってことで……実は先生と『恋人の振り』をすることになって」
「「はあっ?」」
ヴェイセルとカイの裏返った声が綺麗に揃った。
「ユラン、良かったなあ」
ユランは、西区警備隊の詰所に出勤するなり、門に詰めていた隊員に、背中を豪快に叩かれた。
「はい?」
何が良かったのだろうと、ユランは目を瞬かせる。
「一途に想い続けてたら何とかなるもんなんだなあ」
「あの鈍そうな人相手によく頑張ったな」
他の隊員にも、次から次へと背中を力強く叩かれ、新手の苛めかと一瞬疑う。
「ちょ、待って、痛いです、何の話ですか!?」
相手の腕をばしっと掴んで問い質す。
「何って、あの先生と付き合うことになったんだろ? 昨日の午後に隊長がそう言って、うまく行くに賭けてた奴で投票券を山分けしてたぞ」
「あ、その件ですか……ありがとうございます」
昨日エイダールの研究室までやってきていたアルムグレーンは、ユランとエイダールが付き合うことになったということにしておくと帰って行った。あの後すぐに行動を起こしたらしい。
「付き合うというか、一応そういう方向で向き合ってくれることになったというか」
あくまで恋人の振り、言質を取られるような発言は禁止と言われているので、ユランは照れ笑いしながら曖昧に濁す。
「まだまだいっぱい頑張らないとなんですけど」
せめて枯れた老夫婦の境地は脱したいユランである。
「頑張りすぎると君の先生が体を壊す。二人とも若いとはいえ、無理は良くない。体格差と体力差を考えて……」
「へ?」
年配の魔術師に真顔で忠告され、ユランはぽかんと口を開ける。
「付き合い始めの楽しい時期に水を差す気はないが、一晩中では負担が大きすぎるから節度を持って」
「待ってください、何か誤解してませんか? 違いますから」
いわゆる夜の生活を頑張り過ぎるなと言われていることに気付いて、ユランは慌てて否定した。
「誤解も何もないと思うが」
ユランの頭から足先まで視線を動かした年配の魔術師は、今更何を照れているのだと首を傾げる。
「立派な誤解ですよ!?」
抱きついたまま一夜を過ごしたが、そういう意味では何もしていない。実際エイダールはすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「おはようございます……何を騒いで? ユランが何か?」
ちょうど出勤してきたヴェイセルが、何かあったのかと年配の魔術師を見る。ヴェイセルは班長なので、班員のユランとカイが何かやらかした場合、責任を問われるのは彼である。
「いや、大したことじゃない。ただ、彼が素直に認めなくて」
「何かやらかしたなら、ちゃんと認めないと……何をしたんだ」
生温かい目でユランを見守るような魔術師の様子から、深刻な諍いではないのだろうと思いつつ、ヴェイセルは一応確認のために尋ねる。
「何もしてません……本当に何も」
素直に認めないと言われても、事実とは違うのでユランとしては認められない。
「ヴェイセル、些細なことだ、そんなに責め立てなくていい。ほら、そろそろ申し送りの時間だろう」
さっさと行け、とばかりに魔術師は手を振った。
「はい。ほらユラン、行くぞ」
ヴェイセルは、何か言いたげに口をぱくぱくさせているユランの腕を掴んだ。
「ヴェイセル先輩、さっきの封筒、何が入ってるんですか?」
朝の申し送りのあと、訓練場に向かって歩きながら、カイが尋ねた。夜勤班から『隊長から預かった』とヴェイセルに小さな封筒が手渡されていた。
「さあ? 配当がどうとかって言われたけど」
ユランと同じ班のヴェイセルとカイも、昨日は休みだったので、警備隊内でのことは分からない。
「投票券だ……」
封筒から出てきたのは食堂の新メニュー投票券である。
「配当がどうとかでこれが来るってことは、え?」
「嘘だろ!?」
ヴェイセルとカイが顔を見合わせてから、ユランを見る。
「あ、えっと、はい。そういうことになりました」
ユランは、こほんと咳払いを一つして報告した。
「びっくりするだろ、いつの間にそんなことに……いや、まずはおめでとうだな」
余程驚いたのか、ヴェイセルは胸を手で押さえて深呼吸する。
「本当に? 永遠の弟枠じゃなかったのかよ、何でうまく行ってんだよ、おかしい、おかしいぞ」
カイも動揺している。
「ありがとうございます先輩。カイもちゃんと祝ってほしいんだけど?」
ユランは口を尖らせる。
「そ、そうだな、おめでとう……いやでも、本当に?」
ユランに近しい分、疑いが捨てきれないカイである。
「そこまで疑われると殴りたくなるんだけど……」
ユランは自分の拳をちらりと見る。
「暴力に訴えるなよ……仕方ないだろ、今まで押しても引いてもだめだったの見て来てんのに」
カイはそう言いながら、そういや引いたことなんてあったっけ? と考え込む。
「やっぱりおかしいかなあ。これは、二人には話すけど」
ユランは、辺りを見回して声を潜めた。もともと同じ班の二人には事実を話した上で協力してもらうつもりである。
「他の人には内緒ってことで……実は先生と『恋人の振り』をすることになって」
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