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152「首を洗って待っててください」
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「枯れた老夫婦って何ですか、恋人になってもいないのにっ!?」
結婚どころか恋愛関係にすら持ち込めていないユランは納得がいかない。
「そう言われても、燃え盛る恋とか通り過ぎちゃってる感があるだろ」
「何一つ通り過ぎてませんけど?」
長く人生を共にして酸いも甘いも噛み分けてその境地に辿り着いたというのなら、そこに価値を見出すのもいいが、そうではない。ベッドの横にぺたりと座り直したユランは抗議する。
「そうだな、じゃあ、燃え盛る恋をすっ飛ばして」
確かに通り過ぎてはいないな、とエイダールは頷き、ベッドから下りながら言い直す。
「すっ飛ばさないでくださいよ」
そこは大事なところである。
「文句が多いな。とにかく、幼馴染みから始まってそのままずっと変わらないんだよ。思い返せば軽く恋愛要素を含んでるかもしれないなってことはあったが……」
エイダールは、今までしてきたことの中に、保護者らしからぬ言動が一部あったことは認める。
「燃え上がった覚えはないしな」
「軽くでも恋愛要素が含まれてて良かったです……本当に何もなかったって言われたら絶望するところですからね!? 僕のこと、少しはそういう意味で好きってことですよね?」
「熾火程度にはな」
炎は見えなくても、そこに確かに熱はあるのだ。
「熾火って、静かだけど結構高火力ですよね。それに少し風を送れば燃え上がるし」
実際の火熾しを思い起こし、熾火から燃え上がる炎を想像したユランは期待に満ちた瞳でエイダールを見たが。
「そんなことをしたら、すぐに燃え尽きるぞ」
取り扱いには注意しろよ、とエイダールに突き放される。
「考え無しに風に当てたりしないで、灰に埋めといたほうがいいんじゃないのか」
埋火にしておけば、穏やかな火力を長時間保ち続けられる。
「それこそ枯れた老夫婦になっちゃうじゃないですか!」
将来的には穏やかで精神的に満ち足りた老後も憧れはするが、ユランが今すぐ欲しいものとは異なる。
「今更燃え上がる気がしないから、俺としてはそっとしといてほしいんだけどな。ユランも俺なんかに拘ってないで、同じ熱量で恋愛してくれそうな誰かを探したほうが幸せだと思うぞ」
エイダールは、ゆっくりと言い聞かせる。ユランならばいくらでも『幸せな家庭』を築けそうなのに、自分の所為でその可能性を棒に振らせたくない。
「僕は先生の傍に居るのが幸せなのに、どうして他の人とくっつけようとするんですか。大体、先生は僕が他の人と付き合っても平気なんですか? 僕は先生がカスペルさんと結婚するんだって思ったとき、凄く……っ」
何も考えられなくなったあの日のことを思い出したユランの目に涙が滲む。
「多少は落ち込む気がするが、お前が幸せならいいよ。どっちかが誰かと結婚したって、俺たちの関係が壊れる訳じゃないし」
恋人と幼馴染みであれば、どちらかを選んでどちらかを捨てるということにはならない。結婚後も幼馴染みとして、長く付き合っていけるだろう。
「これ、娘を嫁に出す父親の気持ちが近い気がするな」
慈しみ育ててきた娘を、どこぞの馬の骨に掻っ攫われる口惜しさと寂しさがないまぜになるだろうとは思う。しかし娘が進んで攫われたがっているのであれば、笑って送り出してやりたい。
「もちろん、結婚となれば、相手のひととなりは厳しく見極めさせてもらうけどな」
半端な相手にはやらん、と完全に父親感満載のエイダールである。
「僕、娘じゃないんで。あと、父親は父親でちゃんといるので、父さんの仕事を取らないでください」
ユランの両親は健在であり、エイダールに父親役は求めていない。
「いやいや、ユランの父親は……母親もだが、息子が選んだ相手ならって碌に確認もせずに諸手を挙げて賛成しそうじゃないか」
「あ、それはちょっと否定できませんけど」
ユランは少し遠い目になった。確かにそういう両親である。素直というか信じやすいというか人が好く、重要な判断が必要なときは信頼のできる誰かの立ち合いがないとやらかしそうなところがある。
「とにかく、他の人とどうこうなったりしないので。先生は首を洗って待っててください」
ユランの宣戦布告に、エイダールはにやりと笑う。
「お前こそ覚悟しろよ。俺をその気にさせた後で、やっぱり元のままの方が良かったって泣いても、簡単には離してやれないと思うからな」
幼馴染みのままであれば、他に心を移しても笑って送り出せるが、後戻りのできないところまで踏み込んできたなら逃がしてやれる気がしない。
「え、なんか怖いんですけど。監禁とかされちゃったりするんですか?」
予想外の反応に、嬉しい半面重さも感じて、ユランは少しふざけてみたが。
「そういうのが趣味なら、人目につかない地下室に閉じ込めてやるぞ。うちの地下二階なんかどうだ?」
エイダールのほうが一枚上手だった。地下二階は、ほとんど使っていないのだが、存在はしている。昔々竜巻の際の避難用に掘られた穴蔵である。その上に今の家が建てられ、普通に作られた地下一階の隠し扉から下りられるように繋いでみた、という代物なので、知らない人間が旧部分を見つけたり辿り着くのは困難である。監禁場所としてはもってこい過ぎて笑えない。
「ごめんなさい冗談です……って先生、何で脱いでるんですか」
目の前でするりとシャツを脱いで半裸になったエイダールに、ユランは目を丸くする。すでに暴発しかかっているユランとしては、目の毒としか言えない。
「何って、着替えるんだよ……というか本当にいつまでいる気だ、お前も着替えて顔洗って来いよ、今日は仕事だろ」
衣装棚の扉を開けたエイダールは、さっさと部屋を出て行けとばかりに手を振った。
結婚どころか恋愛関係にすら持ち込めていないユランは納得がいかない。
「そう言われても、燃え盛る恋とか通り過ぎちゃってる感があるだろ」
「何一つ通り過ぎてませんけど?」
長く人生を共にして酸いも甘いも噛み分けてその境地に辿り着いたというのなら、そこに価値を見出すのもいいが、そうではない。ベッドの横にぺたりと座り直したユランは抗議する。
「そうだな、じゃあ、燃え盛る恋をすっ飛ばして」
確かに通り過ぎてはいないな、とエイダールは頷き、ベッドから下りながら言い直す。
「すっ飛ばさないでくださいよ」
そこは大事なところである。
「文句が多いな。とにかく、幼馴染みから始まってそのままずっと変わらないんだよ。思い返せば軽く恋愛要素を含んでるかもしれないなってことはあったが……」
エイダールは、今までしてきたことの中に、保護者らしからぬ言動が一部あったことは認める。
「燃え上がった覚えはないしな」
「軽くでも恋愛要素が含まれてて良かったです……本当に何もなかったって言われたら絶望するところですからね!? 僕のこと、少しはそういう意味で好きってことですよね?」
「熾火程度にはな」
炎は見えなくても、そこに確かに熱はあるのだ。
「熾火って、静かだけど結構高火力ですよね。それに少し風を送れば燃え上がるし」
実際の火熾しを思い起こし、熾火から燃え上がる炎を想像したユランは期待に満ちた瞳でエイダールを見たが。
「そんなことをしたら、すぐに燃え尽きるぞ」
取り扱いには注意しろよ、とエイダールに突き放される。
「考え無しに風に当てたりしないで、灰に埋めといたほうがいいんじゃないのか」
埋火にしておけば、穏やかな火力を長時間保ち続けられる。
「それこそ枯れた老夫婦になっちゃうじゃないですか!」
将来的には穏やかで精神的に満ち足りた老後も憧れはするが、ユランが今すぐ欲しいものとは異なる。
「今更燃え上がる気がしないから、俺としてはそっとしといてほしいんだけどな。ユランも俺なんかに拘ってないで、同じ熱量で恋愛してくれそうな誰かを探したほうが幸せだと思うぞ」
エイダールは、ゆっくりと言い聞かせる。ユランならばいくらでも『幸せな家庭』を築けそうなのに、自分の所為でその可能性を棒に振らせたくない。
「僕は先生の傍に居るのが幸せなのに、どうして他の人とくっつけようとするんですか。大体、先生は僕が他の人と付き合っても平気なんですか? 僕は先生がカスペルさんと結婚するんだって思ったとき、凄く……っ」
何も考えられなくなったあの日のことを思い出したユランの目に涙が滲む。
「多少は落ち込む気がするが、お前が幸せならいいよ。どっちかが誰かと結婚したって、俺たちの関係が壊れる訳じゃないし」
恋人と幼馴染みであれば、どちらかを選んでどちらかを捨てるということにはならない。結婚後も幼馴染みとして、長く付き合っていけるだろう。
「これ、娘を嫁に出す父親の気持ちが近い気がするな」
慈しみ育ててきた娘を、どこぞの馬の骨に掻っ攫われる口惜しさと寂しさがないまぜになるだろうとは思う。しかし娘が進んで攫われたがっているのであれば、笑って送り出してやりたい。
「もちろん、結婚となれば、相手のひととなりは厳しく見極めさせてもらうけどな」
半端な相手にはやらん、と完全に父親感満載のエイダールである。
「僕、娘じゃないんで。あと、父親は父親でちゃんといるので、父さんの仕事を取らないでください」
ユランの両親は健在であり、エイダールに父親役は求めていない。
「いやいや、ユランの父親は……母親もだが、息子が選んだ相手ならって碌に確認もせずに諸手を挙げて賛成しそうじゃないか」
「あ、それはちょっと否定できませんけど」
ユランは少し遠い目になった。確かにそういう両親である。素直というか信じやすいというか人が好く、重要な判断が必要なときは信頼のできる誰かの立ち合いがないとやらかしそうなところがある。
「とにかく、他の人とどうこうなったりしないので。先生は首を洗って待っててください」
ユランの宣戦布告に、エイダールはにやりと笑う。
「お前こそ覚悟しろよ。俺をその気にさせた後で、やっぱり元のままの方が良かったって泣いても、簡単には離してやれないと思うからな」
幼馴染みのままであれば、他に心を移しても笑って送り出せるが、後戻りのできないところまで踏み込んできたなら逃がしてやれる気がしない。
「え、なんか怖いんですけど。監禁とかされちゃったりするんですか?」
予想外の反応に、嬉しい半面重さも感じて、ユランは少しふざけてみたが。
「そういうのが趣味なら、人目につかない地下室に閉じ込めてやるぞ。うちの地下二階なんかどうだ?」
エイダールのほうが一枚上手だった。地下二階は、ほとんど使っていないのだが、存在はしている。昔々竜巻の際の避難用に掘られた穴蔵である。その上に今の家が建てられ、普通に作られた地下一階の隠し扉から下りられるように繋いでみた、という代物なので、知らない人間が旧部分を見つけたり辿り着くのは困難である。監禁場所としてはもってこい過ぎて笑えない。
「ごめんなさい冗談です……って先生、何で脱いでるんですか」
目の前でするりとシャツを脱いで半裸になったエイダールに、ユランは目を丸くする。すでに暴発しかかっているユランとしては、目の毒としか言えない。
「何って、着替えるんだよ……というか本当にいつまでいる気だ、お前も着替えて顔洗って来いよ、今日は仕事だろ」
衣装棚の扉を開けたエイダールは、さっさと部屋を出て行けとばかりに手を振った。
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