弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

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146「振りだって言っちゃうんですか」

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「そう言えば、恋人の振りって、具体的にどうすればいいんですか?」
 ユランは誰にともなく尋ねる。
「一緒に出掛けたり食事したりだな」
 具体的に何をするというようなことは決まっていないと思いつつ、アルムグレーンは代表的なところを上げた。
「今まさに、一緒に食事に出ようというところで隊長たちが来たんですけど……」
 恋人の振りをしようということになる前からの約束である。
「そうか、邪魔して悪かったな。普段からそうなら、そのまま普通にしてればいいんじゃないのか。同じ家で暮らしている時点で対外的には充分だろう」
 日頃からエイダールを好きすぎる感情が、態度にもろに出ているユランである。
「折角の機会なのに普通にしてるなんてもったいないです。恋人だったらこれ! みたいな決定的なのは何かないですか?」
 いつも通りでは物足りないユランが再度尋ねる。
「決定的かどうかはともかく、恋人らしくて分かりやすいと言えば身体的な接触だろう。人目も憚らずに見つめ合ってべたべたしてるのを見ると苛々……じゃなくて、仲が良いなと。まずは手でも繋いだらどうだ。公共の場だとその辺りまでが好意的に受け入れられる範囲だし、挨拶のキス以上は秘め事の類になるからやるなら家でやれ」
「振りなのに家でやることなんて一つもないと思うんだが」
 エイダールが頬を引きつらせながら突っ込む。人前で振りをするという話なのに、家でやれとはどういうことなのか。
「まあそうだが、そういう積み重ねが雰囲気に滲み出て、より信憑性を増すかもしれないだろう。あ、強制するとどこでやっても犯罪だからな、気を付けろよ」
 警備隊の隊長らしい視点で犯罪にならないように注意するアルムグレーン。世の中には猥褻罪というものがあるのだ。
「はい、気を付けます……先生、ちっちゃい頃はよく手を繋いでくれてたけど、最近は全然ですよね」
 どうしてですか? と、ユランはエイダールを見る。
「必要ないからだろ!?」
 エイダールは思わず叫ぶ。幼少時と今とではまったく状況が違う。
「小さい頃は、手を繋いでないと、お前、どこへすっ飛んで行くか分かんないから仕方なくだろ。大変だったんだぞ、どこまででも走っていくから」
 幼児というのはそういう生き物なので、ユランが特別手の掛かる子供だった訳ではない。しかし、ユランは平均よりも身体能力が高く、ユランが幼児の頃はエイダールもまだ少年だったので、なかなかの体力勝負だった。


「そういう如何にも幼馴染みだなって話を聞くと、あんたがユランを保護者目線で見るのも仕方ないなと思うよ」
 アルムグレーンが、エイダールを見て、笑みを浮かべる。小さい頃に手を引いていたという記憶があれば、今はエイダールよりも大きく育ってしまったユランでも、子供のように思ってしまう気持ちは分かる。
「そんな幼馴染みと恋人の振りをさせられようとしてる、この生温かい気持ちも分かってほしいんだが……」
 エイダールは訴えるが、アルムグレーンは愉快そうな顔で見ているだけである。
「生温かい気持ちってなんですか、温かい気持ちならともかく! 先生、僕、頑張りますから、先生もやる気出してくださいよ」
「頑張らなくていい。とりあえず乗ってはやるけど、あくまで恋人の振りだからな。暫くの間だけだからな」
 縋り付いてくるユランの手を、エイダールはやんわりと押し戻す。
「そうだな、ユランくんは頑張らなくていい、今まで通りでいいよ。今以上にやると、逆に胡散臭くなりそうだし。誰かに関係を聞かれても、曖昧に匂わせるだけで、言質を取られないように肯定も否定もしないこと……エイダールの方は頑張ったほうがいいかもな」
「は?」
 カスペルの言葉を、途中までうんうんと頷いて聞いていたエイダールは、最後に自分に話を振られて、目を瞠る。
「手を繋ぐくらいなら頑張れるだろう? 早速実践しながらユランくんと食事に行ってくるといい。俺は時間が無いからもう戻らないと」
 カスペルは壁の時計を見て、慌ただしく立ち上がる。職人ギルドに伝達に来たついでに少し寄るだけのつもりだったのに、随分と時間を食ってしまった。
「そうか、食事に出るところだと言ってたな、俺もこれで戻る」
 邪魔したな、とアルムグレーンも釣られたように立ち上がった。






「ただいま戻りました。ギルシェ先生? ユランくん? どうかしたんですか? 食事は?」
 カスペルとアルムグレーンがそれぞれ仕事に戻り、エイダールとユランが、手を繋ぐ繋がないでもめていると、スウェンが昼食から戻ってきた。
「おかえりスウェン。あれからまた客があって、今から食べに出るところだ」
「それなのに先生が手を繋いでくれないんです」
「……手を繋いでくれない、ですか?」
 ユランの訴えに、スウェンは首を傾げたが、食事と手を繋ぐことの接点が分からず、自分の手を眺めてもう一度、手? と呟いた。


「諸事情により、ユランと恋人の振りを暫くすることになったんだが、カスペルが手を繋げとか適当なことを言って」
「え、振りだって言っちゃうんですか」
 エイダールが説明しかけると、二人だけの秘密じゃないんですかと、ユランが不満そうに遮る。正確にはカスペルとアルムグレーンも知っているのだが。
「スウェンには言っとかないとだろ。自分の研究室の中でまで芝居を打つ気はないぞ」
 互いの関係性にもよるが、スウェンには話した上で協力してもらったほうが上策だとエイダールは判断した。隠すほうが面倒というのが本音に近い。
「とりあえず、その諸事情を端的にお願いできますか」
 スウェンは説明を求めた。
「カスペルの婚約が公になったら俺のところに余波が来るかもしれないから、ユランで盾を張っとくかってことになった」
 端的にと言われたので、エイダールは短く答える。
「ユランくんを盾に? ユランくんは同意しているんですか?」
 本人の承諾なく利用しているかのように聞こえて、スウェンは確認した。
「同意も何も、ユランのほうが乗り気だよ……」
 俺は反対した、という疲れたようなエイダールに対し。
「はい! 先生の役に立つなら僕は何でもしますし。恋人の振りが出来るのも嬉しいです!」
 ユランはやる気満々で、温度差が激しい二人だった。
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