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136「何をやらかしたんですか先生」
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「ギルシェ先生、何ですかこの書類の束……」
スウェンは、出勤してきたエイダールに、書類の束を渡された。
「特許申請の書類だけど?」
「幾つあるんですか」
エイダールの場合、特許申請は日常茶飯事なので、スウェンにとっても馴染みの書類だが、分厚すぎる。
「幾つだっけな、大体が投影系で、二つくらい画像認識系かな。両方の魔導回路使ってるやつもあるから、まとめてと思って」
「まとめてって……というか多過ぎませんか。相変わらず先生の思いつきはあっちこっちに飛び火しますね」
スウェンは、ぱらぱらと書類をめくる。実用的なものからお遊び的なものまで幅広い。一つの思いつきから次々と違うものを生み出すのはエイダールの特徴である。その発想の自由さの所為で、当初の目的が行方不明になることも多い。
「思いつく時ってそんなもんだよ……頑張ってくれ」
エイダールは、スウェンを拝んだ。助手として各種手続きを行うのはスウェンである。要するに仕事が分かりやすく増えたということである。
「拝まないでください、それが私の仕事なんですから。不備がないか確認したらすぐに提出に行きますね」
「ああ、頼む……そうだ、客が来るかもしれないから一応片付けとくか」
エイダールは、来客用の机の上に雑に積まれていた幾つかの未整理の箱を見る。
「今日は、他の研究室に行く予定はありますが、どなたかがこちらに来る予定はありませんでしたよね?」
窓際の棚に箱を移動するエイダールを見て、スウェンも他の箱を持ち上げる。
「午前中に客が来るかもしれないんだよ」
「え、そういう予定は早めに教えていただいておかないと」
おもてなしの準備が、というスウェンに。
「俺だって、それ聞いたの昨夜だからな。来ないかもしれないし、来ても適当に茶でも出しときゃいいだろ」
エイダールは、よいしょっと、と最後の箱を移動し終える。
「そういう訳にもいかないでしょう。どなたがいらっしゃるんですか? 外部の方ですか?」
同じ研究所の研究者であれば、エイダールの大雑把さは知れ渡っているので今更だが、外部からの客人であれば、スウェンとしては多少は取り繕いたいところである。
「向かいの警備隊の隊長」
エイダールは窓から見える西区警備隊の建物を示す。
「警備隊の隊長? 何をやらかしたんですか先生」
スウェンの疑いの眼差しが痛い。
「待て、何で俺がやらかしたって決めつけるんだよ」
「それは日頃の行いからですが……では、ユランくんが何かやらかして、保護者呼び出し的なものですか?」
エイダールが何もしていないのなら、ユラン絡みかとスウェンは問う。
「ユランはいたって真面目な警備隊員だぞ。それに、俺はユランの保護者じゃない」
保護者っぷりはすごいが、親でもなければ兄弟でもない。そもそもユランは成人済みの、自分で自分の責任を取れる自立した大人である。
「誰もやらかしていないなら、何故警備隊の方が?」
不測の事態が起こったことは確かだが、やらかしたことになるのだろうかとエイダールは悩む。
「昨日の朝の花火、見たか?」
「ええ、出勤して掃除をしていたら、大きな音が聞こえて、そこの窓から花火が見えました。何の予告もなかったので驚きました。花火はともかく、虹が出ていたのは何でだろうって、他の研究室の皆さんも言ってましたよ」
ずっと天気は良かったのに、とスウェンは不思議がる。
「あれ、俺が作った紋様符の所為」
「え? あの花火も虹も本物ではないということですか?」
「そういうことだ。さっき渡した特許申請の中に入ってる。投影魔法とその他もろもろの合わせ技」
音は音で別の機構である。
「そう言われれば、明るかったのに煙が見えなかったような気がしてきました」
スウェンは、額を押さえて目を閉じ、昨日の朝の花火の様子を頑張って思い出す。
「火薬使ってないからな。煙も再現しようかと思ったけど、ない方が綺麗だし」
本物っぽさと同時に、美しさにもこだわった。
「ユランの同僚に個人的に渡したものなんだが、それが警備隊にいるときに想定外に起動してあの騒ぎだ。その件で警備隊の隊長からの手紙を、昨夜ユランが預かってきてて」
エイダールは肩を竦める。
「騒ぎの原因を作ったとして、捕まえに行く、というような予告ですか?」
「お前は俺を犯罪者にしたいのか? 大体、そんな予告したら、逃げろって言ってるようなもんだろ」
突如大音量で、というところには問題があったが、そういう目的で作った訳でもなければ危険もない。
「頼み事をされただけだ。昨夜のうちにやってユランに預けてある。そろそろ届いてるだろうから、もう俺は用済みでここには来ない確率の方が高いと思うんだがな」
ユランは今日は仕事は休みだが、警備隊にお遣いに行くために、エイダールと一緒に家を出ている。今頃はアルムグレーンやサフォークに預けた封筒を渡している頃だろう。
「分かりました。もしもいらっしゃった場合は、お茶道具はここ、戸棚にいただきもののお菓子も入っていますから」
私が留守にしていてもきちんとおもてなしを、とスウェンは念を押す。
「あーはいはい。俺だって茶くらい普通に淹れられるから心配すんなよ」
エイダールは一人暮らしが長いこともあって、料理も割と出来る方である。
「淹れられるのは知っていますが、先生は面倒くさがりでもあるじゃないですか」
心配するなと言われても無理です、とスウェンに首を横に振られる。エイダールはこういう方面においてあまり信用がなかった。
スウェンは、出勤してきたエイダールに、書類の束を渡された。
「特許申請の書類だけど?」
「幾つあるんですか」
エイダールの場合、特許申請は日常茶飯事なので、スウェンにとっても馴染みの書類だが、分厚すぎる。
「幾つだっけな、大体が投影系で、二つくらい画像認識系かな。両方の魔導回路使ってるやつもあるから、まとめてと思って」
「まとめてって……というか多過ぎませんか。相変わらず先生の思いつきはあっちこっちに飛び火しますね」
スウェンは、ぱらぱらと書類をめくる。実用的なものからお遊び的なものまで幅広い。一つの思いつきから次々と違うものを生み出すのはエイダールの特徴である。その発想の自由さの所為で、当初の目的が行方不明になることも多い。
「思いつく時ってそんなもんだよ……頑張ってくれ」
エイダールは、スウェンを拝んだ。助手として各種手続きを行うのはスウェンである。要するに仕事が分かりやすく増えたということである。
「拝まないでください、それが私の仕事なんですから。不備がないか確認したらすぐに提出に行きますね」
「ああ、頼む……そうだ、客が来るかもしれないから一応片付けとくか」
エイダールは、来客用の机の上に雑に積まれていた幾つかの未整理の箱を見る。
「今日は、他の研究室に行く予定はありますが、どなたかがこちらに来る予定はありませんでしたよね?」
窓際の棚に箱を移動するエイダールを見て、スウェンも他の箱を持ち上げる。
「午前中に客が来るかもしれないんだよ」
「え、そういう予定は早めに教えていただいておかないと」
おもてなしの準備が、というスウェンに。
「俺だって、それ聞いたの昨夜だからな。来ないかもしれないし、来ても適当に茶でも出しときゃいいだろ」
エイダールは、よいしょっと、と最後の箱を移動し終える。
「そういう訳にもいかないでしょう。どなたがいらっしゃるんですか? 外部の方ですか?」
同じ研究所の研究者であれば、エイダールの大雑把さは知れ渡っているので今更だが、外部からの客人であれば、スウェンとしては多少は取り繕いたいところである。
「向かいの警備隊の隊長」
エイダールは窓から見える西区警備隊の建物を示す。
「警備隊の隊長? 何をやらかしたんですか先生」
スウェンの疑いの眼差しが痛い。
「待て、何で俺がやらかしたって決めつけるんだよ」
「それは日頃の行いからですが……では、ユランくんが何かやらかして、保護者呼び出し的なものですか?」
エイダールが何もしていないのなら、ユラン絡みかとスウェンは問う。
「ユランはいたって真面目な警備隊員だぞ。それに、俺はユランの保護者じゃない」
保護者っぷりはすごいが、親でもなければ兄弟でもない。そもそもユランは成人済みの、自分で自分の責任を取れる自立した大人である。
「誰もやらかしていないなら、何故警備隊の方が?」
不測の事態が起こったことは確かだが、やらかしたことになるのだろうかとエイダールは悩む。
「昨日の朝の花火、見たか?」
「ええ、出勤して掃除をしていたら、大きな音が聞こえて、そこの窓から花火が見えました。何の予告もなかったので驚きました。花火はともかく、虹が出ていたのは何でだろうって、他の研究室の皆さんも言ってましたよ」
ずっと天気は良かったのに、とスウェンは不思議がる。
「あれ、俺が作った紋様符の所為」
「え? あの花火も虹も本物ではないということですか?」
「そういうことだ。さっき渡した特許申請の中に入ってる。投影魔法とその他もろもろの合わせ技」
音は音で別の機構である。
「そう言われれば、明るかったのに煙が見えなかったような気がしてきました」
スウェンは、額を押さえて目を閉じ、昨日の朝の花火の様子を頑張って思い出す。
「火薬使ってないからな。煙も再現しようかと思ったけど、ない方が綺麗だし」
本物っぽさと同時に、美しさにもこだわった。
「ユランの同僚に個人的に渡したものなんだが、それが警備隊にいるときに想定外に起動してあの騒ぎだ。その件で警備隊の隊長からの手紙を、昨夜ユランが預かってきてて」
エイダールは肩を竦める。
「騒ぎの原因を作ったとして、捕まえに行く、というような予告ですか?」
「お前は俺を犯罪者にしたいのか? 大体、そんな予告したら、逃げろって言ってるようなもんだろ」
突如大音量で、というところには問題があったが、そういう目的で作った訳でもなければ危険もない。
「頼み事をされただけだ。昨夜のうちにやってユランに預けてある。そろそろ届いてるだろうから、もう俺は用済みでここには来ない確率の方が高いと思うんだがな」
ユランは今日は仕事は休みだが、警備隊にお遣いに行くために、エイダールと一緒に家を出ている。今頃はアルムグレーンやサフォークに預けた封筒を渡している頃だろう。
「分かりました。もしもいらっしゃった場合は、お茶道具はここ、戸棚にいただきもののお菓子も入っていますから」
私が留守にしていてもきちんとおもてなしを、とスウェンは念を押す。
「あーはいはい。俺だって茶くらい普通に淹れられるから心配すんなよ」
エイダールは一人暮らしが長いこともあって、料理も割と出来る方である。
「淹れられるのは知っていますが、先生は面倒くさがりでもあるじゃないですか」
心配するなと言われても無理です、とスウェンに首を横に振られる。エイダールはこういう方面においてあまり信用がなかった。
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