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134「もっと盛っても良かったんだが」

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「こっちの大きい方の封筒が隊長宛て、こっちがハルシエルくんの父親宛てな」
 風呂上がりのユランに、エイダールは二つの封筒を示した。アルムグレーンには音が出る部分を無効化した紋様符、サフォークには質問の回答を書き記したものが入っている。
「はい、明日の朝届けてきますね……この大きい方、なんかごつごつしたものが入ってますけど?」
 受け取った大きい方の封筒が不自然に一部分だけ膨らんでいるのを見て、ユランはこれはなんだろうと尋ねる。
「魔力石だよ。紋様符と一緒に、起動用の魔力石を一緒に入れてあるからな」
「え、魔力石も一緒だと危なくないですか?」
 うっかり封筒の中で接触して花火がどどん、という事態は避けたい。
「別に危なくないだろ? 起動したって虹が出て花火が上がるだけだし、その花火も本物じゃないし」
 投影系の魔法なので、実際に火花が散る訳ではない。
「僕が言ってるのはそういう意味の危なさじゃないんですが」
 騒ぎになる、という意味である。
「心配すんなって。ちゃんと魔力を遮断する黒い布に包んであるから」
 正確には、魔力を遮断する布で作った小さな袋に入れてある。
「あ、はい……それならそうと最初から言って下さいよ」
 からかわれたと知って、ユランは、まったくもう、と不満げな声を洩らす。
「俺がそういうのを考慮してないみたいな聞き方してくるのが悪いんだろ」
 エイダールは、ふんと鼻を鳴らす。


「どっちもそれを渡せば話は終わると思うが、明日は午前中なら研究室に籠ってるから、何かあれば来てもらっても構わないって言っといてくれ」
 予定を書いた手帳に、何か書き込みながら、エイダールはユランに伝言を託す。
「はい、伝えておきます。午前中ですね。午後はいないんですか?」
「いるといえばいるんだが、午後は他の研究室との打ち合わせがあったり、アカデミーのほうにもちょっと用があるから、出たり入ったりになるな」
 遠出をする訳ではないが、研究室は留守がちということである。
「忙しそうですね、そんな時にこんな案件持ち込んですみません……」
 神殿に結界張りの手伝いに行った期間の分だけ、エイダールの仕事が立て込んでいる事は簡単に推測できる。ユランは、余分なことで手を取らせて申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「謝ってもらわなきゃならないほど切羽詰まってないから気にするな。前にも言ったが、無理なら最初から断るし……って、でかい欠伸だな、もう寝ろよ。二十四時間勤務のあとなんだから、しっかり休まないと」
 ふわあっと大きな欠伸をしたユランに、エイダールは休むように促す。
「はい、おやすみなさい」
 二十四時間勤務と言っても、夜は交代で仮眠をとっている。大幅に睡眠が足りていない訳ではないが、通常よりは疲れているユランは、大人しく従った。




「あ、本当にシーツが交換されてる」
 シーツはどれも生成りの布なので、布の違いで判断するのは難しいのだが、エイダールの端の折り込み方は癖があるというか独特である。そこを見れば間違いなくエイダールの手で整えられているのが分かる。
「そのままでもいいのにな。そのほうがいい匂いがするのに」
 ユランはベッドにぱたりと倒れ込んだが。
「先生の匂いがあんまりしない? 上掛けも替えたのかなあ」
 あれっと首を傾げて体を起こす。交換出来る布類を全部替えたとしても、もう少しエイダールの魔力の匂いがしてもいいと思うのだが。
「ユラン、ちょっといいか?」
「はい、どうぞ!」
 エイダールに部屋の扉を叩かれて、諦め悪く枕の匂いをかいでいたユランは、慌てて枕を置いて返事をした。


「寝ようとしてるところに悪いな。カスペルから伝言を頼まれてたのを忘れてた」
 部屋に入ってきたエイダールは、ベッドに腰掛けた。
「カスペルさんから? 僕にですか?」
「ああ。昨夜訪ねて来た時にな。例の事件の話なんだが、あの時お前が制圧した魔術師のことを、覚えてるか?」
 問われて、ユランは記憶を辿る。
「何人か倒しましたけど」
 侯爵邸の離れの地下で複数の相手と立ち回って倒している。
「一番大物っぽいやつだ。そいつが解放されるらしくてな」
「最初に蹴り倒した人かな。でも何でですか?」
 ある意味主犯と言っていい人物が何故解放されるのか。
「大人の……国の事情だな。隣国との関係を考えての政治判断てやつだ」
「えええー」
 該当の魔術師に割と酷い扱いを受けたユランは納得がいかない。
「俺もせっかく捕まえたのに何でだって思うけどな。それで、ユランが逆恨みされてるかもしれないから、解放後暫くは身辺に気を付けろってさ」
「気を付けろって言われても、どうすればいいんですか?」
 正面から名乗りを上げて襲ってくるなら何とでもなるが、わざわざ姿を見せるとは思えないし、魔術師相手では気を付けようがない。
「どうしようもないな、一人にならないようにするくらいか。それでカスペルが守護石を一足先に返してきたから、なるべく身につけてろ」
 エイダールは、懐からユランの青い守護石を取り出して、ユランの手に握らせる。
「はい、ありがとうございます」
 エイダールから貰って大切にしていた守護石が戻ってきて、ユランは嬉しそうだ。
「今までの防御魔法に加えて、精神操作系無効と解毒も入れておいたからな」
 先日の事件で見えた不足を補った改良版になっている。
「盛り沢山ですね」
 見た目は全然変わっていない守護石を、ユランは眺める。
「もっと盛っても良かったんだが」
 明確に攻撃であれば相手に反射させることも考えたが、殺意ありの攻撃を反射すると相手が死にかねないのでやめておいた。エイダール自身は、殺す気で来る相手に容赦は要らないと思うが、ユランはその辺りが非情になりきれないというか優しいというか寛容な性質である。
「ほどほどでお願いします」
 エイダールがそんな物騒なものを仕込もうとしていたことを知らないユランは、無邪気に笑った。
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