弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

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133「市販の大量生産品だから」

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「で、こっちは、ハルシエルくんの何だっけ?」
 エイダールは、もう一通の手紙に手を伸ばす。
「ハルシエルさんのお父さんからです」
「お父さん? 本人からならともかく、何で父親から俺に?」
 エイダールは、ハルシエルにもつい先日一度会ったきりである。
「あれ、言ってませんでしたっけ? ハルシエルさんのお父さんも警備隊の事務官なんです。それもかなり偉い人みたいで。先生の紋様符を見て何か聞きたいことがあるみたいでしたけど……」
 とりあえず読んでみてください、とユランは促す。
「新メニューはどっちを食べてみますか? チョコチップマフィンとカスタードパイの二択です。どっちもいっちゃいますか?」
 エイダールがサフォークからの手紙の封を切る横で、ユランは貰って来た試作品の入った紙袋を開ける。
「じゃあマフィンの方で……文官てのは似たような発想をするんだな」
「似たようなって?」
 チョコチップマフィンをエイダールの前の皿の上に置き、ユランが首を傾げる。
「昨夜、カスペルにこれの試作を見せたんだが、使い道について思いついたことがあるみたいでな、この手紙に書いてあるのと同じようなことを聞いてきて」
 カスペルに見せたのは昨夜だが、今朝になって、どの程度の精度で判定できるのかを詳しく聞かれたのだが、サフォークからの手紙にも同じような質問が並んでいる。


「あ――――――っ」
 ユランが急に立ち上がって叫び、エイダールはびくっと肩を震わせる。
「な、何だよ、どうした」
 思わず握り潰しかけた便箋を机の上に置いて伸ばしながら、エイダールは尋ねる。
「カスペルさん、昨夜、来てたんですか?」
 紋様符の騒ぎで忘れかけていたが、カスペルの名を聞いて、ユランは確認しておかなければならないことがあったのを思い出す。
「来てたぞ。随分と忙しいらしくてな、夜も遅いのに仕事しに」
 エイダールはあっさりと認める。
「仕事ですか……?」
 遅い時間に訪ねて来たというのは気になるが、仕事であれば少し安心である。
「ああ。陛下にちょっと頼んでおいたことがあったんだが、それをカスペルが持ってきたというか話しに来たというか」
 頼んでおいたのが外に出せない情報なので、カスペルに質問して回答を得る形になった。
「陛下って、国王陛下ですか? そんな人に頼み事してたんですか?」
 ユランには、まったく安心できない話になってくる。
「非常識な人間を見るような目で見るなよ。向こうから褒美をやるから何か希望はないかっていうから軽く頼みごとをしただけで、別に乗り込んで行って要求した訳じゃないぞ」
 騎士団長くらいまでなら必要とあれば乗り込むが、さすがに国王相手は面倒だ。
「それならいいですけど……ああ、びっくりした」
 ユランは胸を撫で下ろす。日常会話の流れで『昨夜何してた?』と聞いて『陛下が』と言われるのは、心臓に悪い。


「えっと、それでカスペルさん、泊まったって聞いたんですけど」
「そんなこと誰に聞いたんだ」
 エイダールの眉が跳ねる。昨夜カスペルがエイダールの家に泊まったことは、サルバトーリ公爵家にしか知らせていない。ユランが知っている筈がない。
「カスペルさんですけど」
「本人からかよ。いつ会ったんだ」
 どこから情報が流出しているのかと警戒したのに、本人からと聞いてエイダールの肩の力が抜ける。
「朝です。今朝、僕は門の警備の担当だったので門の前に立って通りを見てたら、路地からカスペルさんが出てきて」
 その後、ユランに気付いたカスペルがやってきて、少し話した。
「遅くなったから昨夜泊めてもらったって聞きましたけど、泊まりになるほど遅い時間だったんですか?」
「来た時間からして、俺がもう寝ようかなって頃だからな」
 その時間から話を聞いていたら日付が変わってしまうと思い、先に家に連絡させたほどだ。
「疲れてる感じだったし、酒飲むかって聞いたら飲むっていうから、ちょっと強いの盛って潰した」
「え、わざとですか?」
 エイダールの言い方に、ユランは計画的犯行の匂いを感じる。
「そうだな。思ったより酔いが回ってたけど、まあ計画通りだな」
「疲れてる人を酔い潰すなんて……」
 ユランは心配になる。よく眠れたかもしれないが、体への負担は逆に大きいのではないだろうか。


「ベッドで寝かせてやったし、酒精も適度に抜いといたし、普通に元気に出仕していったから問題ないだろう」
 酒が朝まで残ることもなく、爽やかに目覚めたように見えた。
「そうですよ、ベッド! カスペルさん、先生のベッドで目が覚めたって!」
 本当なんですか? と、不安そうに瞳を揺らしながらユランは尋ねる。
「俺のベッドを貸したから、俺のベッドで目が覚めるのは当然だな」
「せ、先生もですか?」
 違うといってほしい、と顔に書いてあるユランに、エイダールは小さく笑う。
「俺はお前のベッドを借りた。事後承諾になって悪いが、俺のベッドだと二人で寝るのはきついの知ってるだろ? シーツは新しいのに換えておいたから……ユラン? 大丈夫か?」
 ぷるぷると震えだしたユランの肩を、エイダールは掴む。
「大丈夫です。そっか、先生は僕のベッドで寝たんですか、そうですか、ふへへ」
「気持ち悪い笑い方すんなよ……」
 憂いが晴れてだらしなく頬を緩ませるユランから、エイダールは手を引っ込めた。
「だって、先生のベッドで目覚めたって言われたから一緒に寝たのかなって……しかもカスペルさん、先生と同じ石鹸の匂いさせてたし」
 好きな人の家に自分が留守の間に泊まっていったという人間がそんな匂いをさせていたら、嫉妬したり不安になったりするのも当然である。
「ああ、あいつ、朝に風呂使ってたからな」
 カスペルは風呂に入らないまま寝てしまったので、朝起きたら使うだろうと準備しておいたら、予想通り借りて行った。
「……というか、石鹸ならお前も同じ匂いだと思うんだが」
 お互い特にこだわりがないので、石鹸に限らずその手の消耗品は同じものを使っている。
「そういえばそうですね」
 ユランの顔がぱっと輝く。今日だけ同じのカスペルとは違うのだ。優位に立ったようで嬉しい。
「市販の大量生産品だから他にも一緒のやつはいっぱいいると思うけどな」
「そこは伏せておいてくださいよっ」
 折角いい気分だったのに、とユランは口を尖らせた。
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