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129「朝から風呂を借りてしまったよ」
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「どんな相手も探さなくていい。というか、探すな。お前酔ってるだろ、いつもならこんな食い下がり方しないのに」
カスペルらしくない言動である。
「そんなに酔っていないと思うが」
口調はしっかりしているものの、カスペルの目の縁がほんのり紅く染まっている。
「酔っぱらいって、何で自分が酔ってるってことを認めないんだろうな……ほら、水飲めよ」
エイダールは、グラスに水を汲んできてカスペルの前に置いた。
「ぬるい」
カスペルは水を一口飲んで、不満そうに呟く。酒の方はエイダールが瓶ごと冷やしていたので気分よく飲めたが、水はぬるかった。
「ああ、はいはい、ほら氷」
エイダールは、グラスの中に魔法で生成した氷を叩き込んだ。
「水は汲んでくるのに、氷は魔法で生成するんだな……」
統一性がないな、と言いながらグラスを揺らすカスペル。
「別に、氷は魔法で出すって決めてる訳じゃないぞ」
エイダールは水も氷も無詠唱で生成できるが、やるかどうかは気分次第である。
「変なことを気にするんだな、やっぱり酔ってんなお前」
「俺は酔ってるのか?」
そんなことを真顔で聞くのは酔っ払いである。
「ユラン相手に偽装婚約なんて言い出す時点でおかしいだろ」
カスペルは名より実を取る性格ではあるが、程度というものがある。
「偽装が嫌なら本当に婚約してくれてもいい。そのほうが俺も安心だ」
「お前の安心のために婚約出来るかっ!」
エイダールは言い返す。少なくとも偽装はない。
「考えてみろよ、お前だって嫌だろう? エルトリア嬢に『偽装婚約する、周りがうるさいから虫よけ代わりに』って言われたら。しかも相手にお前を選んだ理由が『自分を好きだから喜んで協力してくれそう』とか『説得力があるから』とかだぞ」
カスペルに、胸に手を当てて考えてみろ、と言い渡す。
「…………気持ちも人生も踏みにじられる気分になるな」
目を閉じて考えていたカスペルは、机に突っ伏した。
「そうだろう? ……『修復』」
エイダールは、やっと分かったか、と深皿に入ったひびを修復する。
「皿に入った傷なら簡単に直せるけど、人の心の傷はそうもいかないんだからな。ユランに不用意なことを言うなよ」
普通の人は、皿に入った傷も簡単に直せない訳だが、それはさておき。
「分かった」
顔を上げて頷いたカスペルの上体がぐらりと揺れる。
「大分回ってんなあ、もう寝ろよ」
エイダールはカスペルに肩を貸して立ち上がらせた。
「ふぅ」
カスペルを引きずるように自室に向かったエイダールは、大きく息をついた。自分よりやや体格のいい酔っぱらいを運ぶのは骨である。
「ほら、上着くらいは脱げよ」
ぼんやりしているカスペルから上着をはぎ取り、ベッドに押し込む。
「飲ませるんじゃなかったな……疲れが相当たまってたなこれは」
横になるなり寝息を立て始めたカスペルを見て、肩を竦める。
「泥酔させたなんて言われても困るし、ほろ酔いくらいにしとくか」
翌朝に響かない程度までカスペルから酒精を抜いて、エイダールは部屋を出た。
「あれ?」
早朝、門番をしていたユランの目に、路地から出てきたカスペルの姿が映る。
「カスペルさん? 何で……?」
こんな時間にこんなところにいる筈のない人物である。見間違いかと目をこすって見直すが、やはりカスペルだ。向こうも気付いたのか、小さく手を振られる。
「おはようユランくん」
カスペルは、研究所側から通りを渡って、警備隊側に歩いて来る。
「おはようございます」
ユランは軽く頭を下げた。
「昨夜は夜勤だったんだって? そろそろ上がり?」
「いえ、このまま日勤なので」
どうして自分が夜勤だったことを知っているのだろうと訝しみながら、ユランは答える。
「そうか、それは大変だな、御苦労さま」
若いといっても連続勤務はきついだろうと、カスペルはユランを労う。
「えっと、夜勤といっても交代で仮眠をとりますし、そんなに大変じゃないんですよ……カスペルさんはどうしてここに? 路地から出てきたように見えましたけど」
路地の先でカスペルに関わりがありそうな場所はエイダールの家くらいしかないと思うのだが。
「こんな朝早くから先生を訪ねたんですか?」
「今朝訪ねた訳じゃなく、昨夜訪ねたんだ。遅くなったのでそのまま泊めて貰って、今から出仕するところだ」
研究所の前は乗合馬車の停車場になっていて、王城行きの乗合馬車も出ている。
「昨夜からでしたか……あれ、髪が濡れてます?」
泊まったと聞かされたユランは一瞬引きつるが、友人を家に泊めるのは別におかしいことではないと気持ちを立て直す。
「髪?」
カスペルは自分の髪に触れる。
「そうだね、まだ少し湿っているようだ。恥ずかしながら昨夜は酒を飲んでそのまま眠ってしまったようで、気がついたらエイダールのベッドの上で」
婚約話の辺りから、記憶が曖昧である。
「朝から風呂を借りてしまったよ」
慌ただしく出てきたから、ちゃんと乾かす暇がなかったな、とカスペルは笑う。ついでに言えば着替えも少し借りた。
「そうですか、風呂に……」
確かにカスペルからは、エイダールの家で使っている石鹸の匂いがした。
カスペルらしくない言動である。
「そんなに酔っていないと思うが」
口調はしっかりしているものの、カスペルの目の縁がほんのり紅く染まっている。
「酔っぱらいって、何で自分が酔ってるってことを認めないんだろうな……ほら、水飲めよ」
エイダールは、グラスに水を汲んできてカスペルの前に置いた。
「ぬるい」
カスペルは水を一口飲んで、不満そうに呟く。酒の方はエイダールが瓶ごと冷やしていたので気分よく飲めたが、水はぬるかった。
「ああ、はいはい、ほら氷」
エイダールは、グラスの中に魔法で生成した氷を叩き込んだ。
「水は汲んでくるのに、氷は魔法で生成するんだな……」
統一性がないな、と言いながらグラスを揺らすカスペル。
「別に、氷は魔法で出すって決めてる訳じゃないぞ」
エイダールは水も氷も無詠唱で生成できるが、やるかどうかは気分次第である。
「変なことを気にするんだな、やっぱり酔ってんなお前」
「俺は酔ってるのか?」
そんなことを真顔で聞くのは酔っ払いである。
「ユラン相手に偽装婚約なんて言い出す時点でおかしいだろ」
カスペルは名より実を取る性格ではあるが、程度というものがある。
「偽装が嫌なら本当に婚約してくれてもいい。そのほうが俺も安心だ」
「お前の安心のために婚約出来るかっ!」
エイダールは言い返す。少なくとも偽装はない。
「考えてみろよ、お前だって嫌だろう? エルトリア嬢に『偽装婚約する、周りがうるさいから虫よけ代わりに』って言われたら。しかも相手にお前を選んだ理由が『自分を好きだから喜んで協力してくれそう』とか『説得力があるから』とかだぞ」
カスペルに、胸に手を当てて考えてみろ、と言い渡す。
「…………気持ちも人生も踏みにじられる気分になるな」
目を閉じて考えていたカスペルは、机に突っ伏した。
「そうだろう? ……『修復』」
エイダールは、やっと分かったか、と深皿に入ったひびを修復する。
「皿に入った傷なら簡単に直せるけど、人の心の傷はそうもいかないんだからな。ユランに不用意なことを言うなよ」
普通の人は、皿に入った傷も簡単に直せない訳だが、それはさておき。
「分かった」
顔を上げて頷いたカスペルの上体がぐらりと揺れる。
「大分回ってんなあ、もう寝ろよ」
エイダールはカスペルに肩を貸して立ち上がらせた。
「ふぅ」
カスペルを引きずるように自室に向かったエイダールは、大きく息をついた。自分よりやや体格のいい酔っぱらいを運ぶのは骨である。
「ほら、上着くらいは脱げよ」
ぼんやりしているカスペルから上着をはぎ取り、ベッドに押し込む。
「飲ませるんじゃなかったな……疲れが相当たまってたなこれは」
横になるなり寝息を立て始めたカスペルを見て、肩を竦める。
「泥酔させたなんて言われても困るし、ほろ酔いくらいにしとくか」
翌朝に響かない程度までカスペルから酒精を抜いて、エイダールは部屋を出た。
「あれ?」
早朝、門番をしていたユランの目に、路地から出てきたカスペルの姿が映る。
「カスペルさん? 何で……?」
こんな時間にこんなところにいる筈のない人物である。見間違いかと目をこすって見直すが、やはりカスペルだ。向こうも気付いたのか、小さく手を振られる。
「おはようユランくん」
カスペルは、研究所側から通りを渡って、警備隊側に歩いて来る。
「おはようございます」
ユランは軽く頭を下げた。
「昨夜は夜勤だったんだって? そろそろ上がり?」
「いえ、このまま日勤なので」
どうして自分が夜勤だったことを知っているのだろうと訝しみながら、ユランは答える。
「そうか、それは大変だな、御苦労さま」
若いといっても連続勤務はきついだろうと、カスペルはユランを労う。
「えっと、夜勤といっても交代で仮眠をとりますし、そんなに大変じゃないんですよ……カスペルさんはどうしてここに? 路地から出てきたように見えましたけど」
路地の先でカスペルに関わりがありそうな場所はエイダールの家くらいしかないと思うのだが。
「こんな朝早くから先生を訪ねたんですか?」
「今朝訪ねた訳じゃなく、昨夜訪ねたんだ。遅くなったのでそのまま泊めて貰って、今から出仕するところだ」
研究所の前は乗合馬車の停車場になっていて、王城行きの乗合馬車も出ている。
「昨夜からでしたか……あれ、髪が濡れてます?」
泊まったと聞かされたユランは一瞬引きつるが、友人を家に泊めるのは別におかしいことではないと気持ちを立て直す。
「髪?」
カスペルは自分の髪に触れる。
「そうだね、まだ少し湿っているようだ。恥ずかしながら昨夜は酒を飲んでそのまま眠ってしまったようで、気がついたらエイダールのベッドの上で」
婚約話の辺りから、記憶が曖昧である。
「朝から風呂を借りてしまったよ」
慌ただしく出てきたから、ちゃんと乾かす暇がなかったな、とカスペルは笑う。ついでに言えば着替えも少し借りた。
「そうですか、風呂に……」
確かにカスペルからは、エイダールの家で使っている石鹸の匂いがした。
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