弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

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128「婚約は一人じゃ出来ないんだぞ?」

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「そういや、ユランにも伝えておきたいことがあるって言ってたのは何だったんだ」
 知りたいことを一通り聞いたエイダールは、ふと思い出す。
「ユランくんに……何だったっけ」
 酔いの回ってきたカスペルが額を押さえる。
「ああそうだ、魔術師を解放することになるだろうから、その後暫く身辺に注意するようにって話だな。逆恨みをされている可能性がある」
 事件に関わっていた魔術師を、ユランは不意打ちの蹴りで制圧している。恨まれていてもおかしくない。
「そんなものを野放しにするなよ」
 ユランの身に危険が及ぶかもしれないという話に、エイダールの機嫌が急降下する。
「隣国に送還後は、入国禁止措置を取るし、それを無視して入国して事を起こすほど馬鹿じゃないだろう。一般人のユランくんに何かあれば、普通の事件として扱われるからな。次は簡単に解放されたりしない」
 隣国が絡んでいたことを完全に伏せられている行方不明事件とは違うのだ。
「逆に事を起こしてくれれば、あらためて捕えられると思ってそうだな」
 じろり、と睨まれて、カスペルは両手を上げる。
「そこまでは思っていない。とはいえ、警護をつけたりもしないだろうな」
 国としては、ユランを積極的に囮にするつもりはないが、囮になればいいなとは思っている。一般人とはいえ警備隊員、危機対応能力は十分だと思われている。


「そんな怖い顔をするな。ユランくんにはお前の防御魔法がこれでもかってくらい掛かってるんだから、多少のことじゃどうともならないだろう」
「命の危機にでもならなきゃ発動しないから、じりじり削られれば普通に痛い思いをするんだよっ」
 エイダールは言い返しながら、少し発動条件を緩めておけばいいかと思う。
「守護石も特例で返してもらってきたから」
 窃盗事件の証拠品として押収されていたユランの守護石を、カスペルは持って来ていた。
「へえ、魔術師団の連中は割る気満々だったみたいなのに、割れなかったんだな」
 受け取ったエイダールは、守護石を灯りにかざす。傷一つついていない。
「見事な防御性能らしいな。婚姻の腕輪への付与も防御重視で頼む」
「分かった……が、本人の希望も聞きたい」
 どんな付与が欲しいのか、防御であればどの程度で発動させるのか、身につける本人とすり合わせておきたい。
「本人が来るのは半年後なんだが。来たらすぐに腕輪を渡したいんだが。何なら今すぐにでも渡したいんだが」
 向こうの家族に承認を貰えたので、腕輪も堂々と渡せる。
「じゃあすぐに付与するから、送っとけばいいだろ。後から本人の希望に沿って調整でも付与掛け直しでも応じるぞ」
 最後まで責任を持つ、とエイダールは確約した。




「婚姻話で思い出したが、これ、お前のところに送ろうと思ってたやつ」
 エイダールは、書類入れから婚姻申込書の入った封筒の束を取り出した。
「適当に断っといてくれ」
 カスペルに丸投げしようと思ってまとめておいたものである。
「分かった、預かる。って六通もあるのか、いつから溜め込んでたんだ。こういうのはこまめに処理しろって……」
 受け取った封筒の数の多さに、いつも言ってるだろう、とカスペルは小さく息をつく。
「今月分だけでそれだけあるんだよ。神殿に手伝いに入ったのがばれたみたいで」
 溜めてた訳じゃない、とエイダールは反論する。
「なるほど、今回の差出人は神殿にも顔を利かせたい貴族たちってことだな。相変わらずいい篩い分けするな」
「俺は篩じゃないんだが?」
 勝手に篩うな、とエイダールは文句を言った。




「提案なんだが、エイダール、お前、婚約したらどうだ」
 大変不愉快な内容の婚姻申込書にざっと目を通したカスペルが、軽い調子でそう言った。
「は?」
 エイダールは、彫っていた深皿を取り落としそうになる。
「それが周知されれば、縁談が減ると思う」
「減らすために縁を結ぶってどうなんだよ」
 本末転倒過ぎる。
「偽装婚約でいい。実は前からそうすればいいと思っていた」
 適当な相手がいなかったので口には出さなかったが。
「あのなあ、婚約は一人じゃ出来ないんだぞ? 相手が必要なんだぞ?」
 どこにいるんだそんな相手、とエイダールは唸るが。
「ユランくんがいるじゃないか」
 カスペルの言葉に、遂に手から離れた深皿が机の上に落ち、ひびが入る。
「ふざけんな、ユランと偽装婚約なんかできるか、あいつは俺が好きなんだぞ?」
 その気持ちを利用するなど、人として最低である。
「だから喜んで協力してくれると思うが」
 喜ぶかどうかはともかく、協力はしてくれそうだな、とエイダールも思うが。
「本気の奴を偽装なんかに巻き込めるか」
 そこのところは譲れない。
「打算だけの関係の相手なら巻き込んでもいいというなら、そういう相手を探してもいいが……」
 カスペルは考え込む。本人の意思を無視して婚姻を強要されそうになっている貴族の令嬢や令息は、意外に多い。探せばいい条件でお互いの面倒ごとを減らせる相手はいるだろう。
「ユランくん以上の説得力は望めないな。ユランくんなら、幼馴染みという後から割り込むことのできない関係性、周囲にも知られている仲の良さ、同じ家で暮らしているという事実。年下で同じ平民というのもいいな」
 金や権力といった利害関係で結ばれている訳ではないというのを知らしめれば、下手な横槍は入らない。
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