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127「聖女を手に入れたら」
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「それで、結局何で第二王子殿下はそんなことを訴えてたんだ? 罪がどうとかって言ってたってことは、事件のことをある程度知ってるってことだよな。どうして知ってる? 殿下が関わっていたとは思えないが」
一体、どこで事件のことを知ったのか。
「問題の侯爵家と第二王子殿下の生母である側妃さまの生家が縁戚だ、無関係の筈はない、と声高に言い立てる連中がいたそうで……確かにたどれば繋がるんだが、それを縁戚というなら大抵の貴族は縁戚だってくらいの遠さで、確か、侯爵の父親の後妻の祖父の弟の妻の曾祖母の兄が……」
どのくらいの遠さなのかを、指を折って数え始めたカスペルを。
「待て、後妻の時点で血が繋がってないし、いつになったら第二王子殿下まで辿り着くんだよ。ほぼ言いがかりじゃねえか」
エイダールは遮った。
「まあそうなんだけどな。それで『第二王子殿下は王位を狙っていて、そのために聖女を手に入れようとしていたのではないか』という声もあったとかで」
派閥間の問題もあって、側妃と第二王子は内々に事情を聞かれたのである。ちなみにカスペルが西の大陸に行っていた間の出来事である。
「聖女を手に入れたら王位が手に入るのか?」
そんな話聞いたことないぞ、とエイダールが首を傾げる。
「てか、聖女なんて建国の聖女しかいないだろう。何か定義があるのか?」
「認定基準は一応ある。『建国の聖女に匹敵する力と心の持ち主』って曖昧さだから、実際に聖女として認められた者はいないが。その建国の聖女の伴侶が初代の国王陛下だからな。それで、聖女の伴侶=国王陛下って図式が成り立つんだそうだ」
「成り立たないだろう……?」
エイダールは困惑する。初代の国王が聖女を娶ったことと、聖女を娶った者が国王になるということは、まったく違う話である。
「ああ、成り立たないし、側妃さまも第二王子殿下も寝耳に水の話だったようだが、それで事件のあらましを知ってしまってな。侯爵令嬢とは仲が良かったから心を痛めたらしい」
そこで父親である国王に直訴である。
「王位継承権を放棄するって正式に書面にして出してきて、ちょっとした騒ぎに」
「何でそうなる」
事件とは関わりがないのに継承権を放棄する理由が分からない。
「『侯爵令嬢が聖女に憧れたのは自分の所為かもしれない、不用意な発言をした責任を取りたい。また、兄上と争う気は全くないことを御理解いただきたい』と」
十歳の少年の台詞とは思えないほどしっかりしている。
「何を言ったんだよ」
不用意な発言とは。
「婚約者候補ってことで、令嬢は王城に時折顔を出していた。殿下のことを相当慕っていて、いつも後ろをついて回って、殿下の方も五歳も違うと可愛い生き物に見えていたんだろうな、ねだられれば令嬢に絵本の読み聞かせをしたりしていたそうだ」
中庭で寄り添って本を読む姿は、微笑ましいと評判だった。
「ちっちゃいものが懐いてくると可愛いんだよな」
大きくなっても、いつまでも可愛いんだよな、とエイダールはユランを思う。ユランはちょっと育ち過ぎてしまっているが。
「令嬢が、神殿で魔力検査を受けて、強い神聖力があると判定されたことを知った殿下は、令嬢に『聖女さまになれるかもしれないね』と言ったそうだ。その流れで幼児向けの建国の英雄譚を読み聞かせて……エイダールも読んだことがあるだろう?」
建国の英雄譚は、王国民なら大体誰でも読んでいるものである。エイダールも例外ではない。
「幼児向けだと、ほぼ冒険活劇なのに、結婚式で締め括るあれか」
仲間と力を合わせ、知恵と勇気で困難に打ち勝っていく物語で、途中の恋愛要素は皆無なのだが、最後に唐突に聖女と結婚して終わる。大人向けだと、活劇主体の物と恋愛主体の物の二種類が発刊されているのだが、幼児向けは半端に混ぜられている。
「そう、それで『僕も初代さまみたいになりたいなあ』と言ったそうだ」
「それが不用意な発言なのか?」
十歳の少年が英雄に憧れるのはよくある話で、非難するべき点はないと思うのだが。
「そうしたら令嬢が『では私は聖女さまになりますね!』と」
好きな人の隣に立ちたいという真っ直ぐな恋心。幼くても女の子である。
「そんな可愛らしい話を王位簒奪なんて与太話にすり替えたのかよ」
大人としてどうなんだ、とエイダールは呆れかえった。
「王太子殿下に取り入りたかったようだが、当の王太子殿下は第二王子殿下のことを可愛がっているから、むしろお怒りだ……とりあえず王位継承権の放棄の書類は陛下が一時預かりで保留ってことで落ち着いた」
王太子である第一王子は既に成人して政務も一部任されており、後継者としての地位は揺るぎない。だからと言って、今の段階で第二王子に王位継承権を放棄されるのは困る。
「あとの関係者は、誘拐された被害者くらいか。彼らはもう殆どが元の生活に戻ってるな。衰弱していた二人はまだ入院しているが、順調に回復している」
「そうか、良かったな。そういや、誘拐されたと思われてた人数と、実際の人数が合わなかったって話はどうなったんだ」
予想より実際の人数が一人少なかったが、侯爵邸に連れてこられた形跡もなかったので事件とは無関係とされている人物がいる。
「ああ、それは見つかったよ。御両親が捜索願を取り下げに来たそうだ。お騒がせして申し訳ありません、と」
カスペルは薄く笑う。
「旅の一座の踊り子に惚れ込んで、一座の移動に合わせて王都を出ていたらしい」
「なんだ駆け落ちか」
事件じゃなくて良かったな、とエイダールも笑ったが。
「いや、行った先で付きまといで捕まって御両親のところに連絡が来たそうだ」
ある意味、事件だった。
一体、どこで事件のことを知ったのか。
「問題の侯爵家と第二王子殿下の生母である側妃さまの生家が縁戚だ、無関係の筈はない、と声高に言い立てる連中がいたそうで……確かにたどれば繋がるんだが、それを縁戚というなら大抵の貴族は縁戚だってくらいの遠さで、確か、侯爵の父親の後妻の祖父の弟の妻の曾祖母の兄が……」
どのくらいの遠さなのかを、指を折って数え始めたカスペルを。
「待て、後妻の時点で血が繋がってないし、いつになったら第二王子殿下まで辿り着くんだよ。ほぼ言いがかりじゃねえか」
エイダールは遮った。
「まあそうなんだけどな。それで『第二王子殿下は王位を狙っていて、そのために聖女を手に入れようとしていたのではないか』という声もあったとかで」
派閥間の問題もあって、側妃と第二王子は内々に事情を聞かれたのである。ちなみにカスペルが西の大陸に行っていた間の出来事である。
「聖女を手に入れたら王位が手に入るのか?」
そんな話聞いたことないぞ、とエイダールが首を傾げる。
「てか、聖女なんて建国の聖女しかいないだろう。何か定義があるのか?」
「認定基準は一応ある。『建国の聖女に匹敵する力と心の持ち主』って曖昧さだから、実際に聖女として認められた者はいないが。その建国の聖女の伴侶が初代の国王陛下だからな。それで、聖女の伴侶=国王陛下って図式が成り立つんだそうだ」
「成り立たないだろう……?」
エイダールは困惑する。初代の国王が聖女を娶ったことと、聖女を娶った者が国王になるということは、まったく違う話である。
「ああ、成り立たないし、側妃さまも第二王子殿下も寝耳に水の話だったようだが、それで事件のあらましを知ってしまってな。侯爵令嬢とは仲が良かったから心を痛めたらしい」
そこで父親である国王に直訴である。
「王位継承権を放棄するって正式に書面にして出してきて、ちょっとした騒ぎに」
「何でそうなる」
事件とは関わりがないのに継承権を放棄する理由が分からない。
「『侯爵令嬢が聖女に憧れたのは自分の所為かもしれない、不用意な発言をした責任を取りたい。また、兄上と争う気は全くないことを御理解いただきたい』と」
十歳の少年の台詞とは思えないほどしっかりしている。
「何を言ったんだよ」
不用意な発言とは。
「婚約者候補ってことで、令嬢は王城に時折顔を出していた。殿下のことを相当慕っていて、いつも後ろをついて回って、殿下の方も五歳も違うと可愛い生き物に見えていたんだろうな、ねだられれば令嬢に絵本の読み聞かせをしたりしていたそうだ」
中庭で寄り添って本を読む姿は、微笑ましいと評判だった。
「ちっちゃいものが懐いてくると可愛いんだよな」
大きくなっても、いつまでも可愛いんだよな、とエイダールはユランを思う。ユランはちょっと育ち過ぎてしまっているが。
「令嬢が、神殿で魔力検査を受けて、強い神聖力があると判定されたことを知った殿下は、令嬢に『聖女さまになれるかもしれないね』と言ったそうだ。その流れで幼児向けの建国の英雄譚を読み聞かせて……エイダールも読んだことがあるだろう?」
建国の英雄譚は、王国民なら大体誰でも読んでいるものである。エイダールも例外ではない。
「幼児向けだと、ほぼ冒険活劇なのに、結婚式で締め括るあれか」
仲間と力を合わせ、知恵と勇気で困難に打ち勝っていく物語で、途中の恋愛要素は皆無なのだが、最後に唐突に聖女と結婚して終わる。大人向けだと、活劇主体の物と恋愛主体の物の二種類が発刊されているのだが、幼児向けは半端に混ぜられている。
「そう、それで『僕も初代さまみたいになりたいなあ』と言ったそうだ」
「それが不用意な発言なのか?」
十歳の少年が英雄に憧れるのはよくある話で、非難するべき点はないと思うのだが。
「そうしたら令嬢が『では私は聖女さまになりますね!』と」
好きな人の隣に立ちたいという真っ直ぐな恋心。幼くても女の子である。
「そんな可愛らしい話を王位簒奪なんて与太話にすり替えたのかよ」
大人としてどうなんだ、とエイダールは呆れかえった。
「王太子殿下に取り入りたかったようだが、当の王太子殿下は第二王子殿下のことを可愛がっているから、むしろお怒りだ……とりあえず王位継承権の放棄の書類は陛下が一時預かりで保留ってことで落ち着いた」
王太子である第一王子は既に成人して政務も一部任されており、後継者としての地位は揺るぎない。だからと言って、今の段階で第二王子に王位継承権を放棄されるのは困る。
「あとの関係者は、誘拐された被害者くらいか。彼らはもう殆どが元の生活に戻ってるな。衰弱していた二人はまだ入院しているが、順調に回復している」
「そうか、良かったな。そういや、誘拐されたと思われてた人数と、実際の人数が合わなかったって話はどうなったんだ」
予想より実際の人数が一人少なかったが、侯爵邸に連れてこられた形跡もなかったので事件とは無関係とされている人物がいる。
「ああ、それは見つかったよ。御両親が捜索願を取り下げに来たそうだ。お騒がせして申し訳ありません、と」
カスペルは薄く笑う。
「旅の一座の踊り子に惚れ込んで、一座の移動に合わせて王都を出ていたらしい」
「なんだ駆け落ちか」
事件じゃなくて良かったな、とエイダールも笑ったが。
「いや、行った先で付きまといで捕まって御両親のところに連絡が来たそうだ」
ある意味、事件だった。
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