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125「誰の陰謀だよ」

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「結局生きてるんだから些細なことは気にするなよ」
 不義理をしたお前がそもそも悪い、と生死の掛かった状況を、エイダールは些細なこととして片付ける。
「それで、侯爵令嬢のことは分かったが、父親である侯爵は?」
「侯爵の方は罪は免れないが、情状酌量の余地があるな。捕まっての第一声が『娘を助けてくれ』だったそうだ。娘を聖女にしたいってところから始まってはいるが、途中からその娘を人質に取られているようなものだったらしい」
 娘の安全が保障されたことで、素直に事情聴取に応じている。
「人質? 令嬢は時々神殿に通ってただけで、普段は自分の屋敷にいたんだろう?」
 エイダールは疑問を覚える。魔術師が四六時中張り付いていた訳でもない。
「令嬢は聖女になるためには神聖力を上げる必要があると言われて、上げるための処置というか、実験をされていた。その処置を途中でやめると力が不安定になって命に関わると脅されたらしい」
 侯爵は、資材と人員は揃えるので場所を提供しろと言われて離れを提供したものの、怪しい実験が行われていることを知って手を引こうとした。しかし令嬢の命に関わるとなれば、続けるほかないと思ったらしい。
「離れにいるのが誘拐されてきた者だと気付いた時も、既に枢機卿が攫われた後で、引くに引けないと思わされたようだな」
 グーンという上級神官は、よほど口が上手かったんだろうな、とカスペルが肩を竦める。今更手を引いても罪に問われるだけだと丸め込まれたのだ。


「ああ、その実験の所為で神聖力が暴れたりしていたのか……侯爵邸に残ってた魔法陣を見た限りだと、処置とやらが終わっても安定はしなかったと思うが」
 侯爵邸の離れに残っていた魔法陣は全部、エイダールが後日再度訪れて解析したが、どの魔法陣も効率的ではあったが安全性というものが欠けていた。
「人間だろうが何だろうか目的のために使い捨てるって感じだったからな」
 術式を読み解きながら、その設計思想に不快感を覚えたものである。
「そうらしいな。魔術師団の連中も嫌な顔をしていたよ。まあ、そんな訳で侯爵は根っからの悪人という訳でもなく流されやすいだけで反省もしているようだし、当主を引退してもらった後は、北方の管理を手伝わせればいいんじゃないかって話になってる。十年くらい無給で」
 文官としてはそこそこ出来る人材なので、それを活かして環境が厳しくて人手の足りない場所に飛ばすらしい。
「案外甘いんだな、複数の誘拐の幇助犯になるんだろうに」
 その中に枢機卿が含まれていたことでより一層大事になっているが、仮に含まれていなくても重罪である。
「そこは、誰も死んでないのが大きいな。誘拐されて早い段階で潰れた二人を処分しろと言われたのを、侯爵がなんだかんだと理由をつけて引き延ばしていたらしい」
 取り返しのつかないぎりぎりの一線は踏み越えなかったのだ。




「グーンとかいう神官は?」
 あいつは完全な黒だろう? とエイダールに問われ、カスペルは頷く。
「真っ黒だな。グーン上級神官は、枢機卿を誘拐監禁しておいて、失踪したことにして追い落とし、自分がその地位に就こうとしていた。侯爵令嬢を利用して結界を張り直し、それを自分の手柄にすることで」
 周囲の証言で、事件を主導していたことは確定なのだが。
「本人は未だに『自分は悪くない、誰かの陰謀にはめられただけだ』って言い張ってるけどな」
「誰の陰謀だよ、あの魔術師は、隣国の出身だって言ってたよな。誘拐や拘束に使われてた設備や道具を見ると、かなり大きな組織が後ろについてる感じだが」
 個人で用意出来るような物でも規模でもない。
「大きな組織というか隣国そのものだな」
 カスペルはあっさりと重要機密を洩らした。
「あー、やっぱり」
 ある程度は予想していたものの、エイダールは大きくなった話に溜息をつく。
「内々にだが隣国から抗議があった。『我が国の魔術師と研究者を不当に拘束していることを誠に遺憾に思う、即刻解放しろ』と」
「不当じゃないだろ、立派な犯罪者だろ……魔術師はともかく、研究者って誰だ」
 この国で罪を犯せば、他国籍の人間であろうとも扱いは同じだ。
「侯爵邸の離れに一人だけ女性がいただろう、それが魔術師が連れて来た魔力制御関係の研究者らしい」
 カスペルは取り調べで数回会っただけなのだが、研究の為なら、法を犯すのも人の心を忘れるのもどんとこいという種類の人間だった。口は軽かったので話はいろいろと聞けたが、取り調べる側も気力と体力の消耗が激しかった。
「魔術師本人は『聖女を目指す令嬢の技術的な支援をしただけ』と主張している。研究者の方ならその主張もありだが、魔術師の方は誘拐にも噛んでるからさすがに苦しい言い訳なんだが、後ろ盾に見捨てられないって自信があるんだろう。意外に大物みたいだぞ、あの魔術師」
 実際、身柄の解放要求が隣国から届いている。


「だからって、犯罪者をみすみす解放するのか? ユランがあんな目に遭ったっていうのに」
 ユランが巻き込まれたので、エイダールの犯人側に対する心証はすこぶる悪い。
「事件の概要が明らかになる程度には取り調べたいところだが、早々に二人とも送還することになるだろう。戦争をしたいなら話は別だが」
 こちらの国は、そこまで事を荒立てたいとは思っていない。
「向こうは結界の張り直しを妨害するつもりだったんだろう? 侵略する気満々に思えるんだが」
 神事の要である枢機卿を誘拐しているのである。侯爵令嬢にその代わりは務まらないと分かっていた筈なのだが。
「何をしたいのかが分からないんだよな。調査を入れたが、攻め込むつもりなら当然動かしている筈の物が動いていない、人も物も」
 国境付近に軍勢を集結させているというようなこともない。
「強いて言えば魔獣の発生が例年より多いらしいが」
「それじゃないのか」
 魔獣と聞いて、エイダールが反応する。
「それ? 魔獣討伐に割く分、こっちに侵攻してくるような余裕は逆にないぞ」
 カスペルは、何を言っているんだという顔になった。
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