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122「お試しは保留にしとく」
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「それ、本人には言うなよ。残酷過ぎるぞ」
カスペルは、ユランのことを心配する。エイダールの貞操観念が意外に緩かった件はとりあえず棚上げである。
「本人てユランにか? もう言ったけど」
「もう言ったのか……」
カスペルは思わず頭を抱える。無神経にもほどがある。
「ユランくんの反応は?」
「裏返った声で『何を言ってるんですか』って言われた。慌てる様子が可愛かったんだが」
結局断られたんだよな何でだ、と解せぬ顔のエイダール。
「その後、微妙に目を合わせて貰えない訳だが。俺が悪かったのか?」
ユランくんの方は意識しまくっているんだろうな、とカスペルは遠い目になる。
「まあ、その無神経さもお前の持ち味だが」
褒めてはいないが、それがいい結果を生むこともある。一概に否定はできない。
「言ってしまったものは仕方がないが、付き合うかどうかを決める前に肉体関係を持つのは止めろ。絶対にだ。それがお互いの為だからな」
「頭で考えてもよく分からんから試してみようかと思ってたんだが、だめなのか?」
絶対にだめだと言われるほどのことだろうかとエイダールは思う。
「お互い大人だし、ユランは俺を好きでそういうことをしたいんだぞ?」
無理矢理付き合わせようという訳ではないのに。
「そのまま付き合うことになっても、その始まり方だとしこりが残るし、付き合わないとなったら、どうなると思う?」
よく考えてみろ、とカスペルは諭すが。
「今まで通りだろ?」
エイダールは全く分かっていない。
「ユランくんは、人の味を覚えた野生動物みたいな状態になると思う」
「どういう状態だよ、たとえが分かりにくすぎるぞ」
人の捕食し易さを覚えた野生動物が、人里に下りてきて被害が出るというのはよくある話だが、人間と置き換えて考えるのは難しい。
「今は、美味そうな匂いがしても、食べ物じゃないと思ってるから我慢が利いてるが、一度食べ物だと認識したら、どこまでも食いつくされるって話だ」
「ユランが次から次へと男を食い散らかすってことか」
エイダールは、そんなユランの姿は想像がつかないが、覚えたてのことをやってみたがる子供と考えれば分からなくもない。
「いや、食い散らかされるのはお前だけだと思うが」
エイダール一筋のユランが、他に行くとは思えない。そういう意味では被害は最小限で済む。
「お試しで無理だってことになって振られた状態だよな? それなのに俺を食うのか? 酷くないか?」
エイダールの意思は完全無視で襲うということになる。
「美味いってことを教えておいて、しかも美味そうな匂いを目の前でまき散らしておいて、食べるのは我慢しろって方が酷いだろう。それを防ぐには完全に切り離すしかない。今まで通りって訳にはいかないだろう……付き合うとなったらなったで、今まで通りは無理だろうが」
主に床事情が大変なことになるだろうと、カスペルは思う。
「よく分からんが分かった」
気軽に試すと大変なことになりそう、というあたりは理解する。
「俺も美味そうな匂いの件では確認したいことがあるからな。何か行動を起こすにしてもそれが終わってからだ」
ユランは、エイダールの持つ魔力を匂いとして感じている。そしてその匂いが好きなだけなのではという疑惑が持ち上がっている。
「匂い?」
美味そうな匂いというのは比喩表現のつもりだったカスペルは、怪訝な表情になる。
「俺の魔力はいい匂いらしいぞ。それで発情してる節があるから、今は無意識に洩れないようにしてある」
意図して魔力を使うときは普通に放出できるが、眠っている時などにだだ洩れないように自分で自分に封印を施している。
「魔力を感じて発動するなら、他の魔術師でも反応するだろうから違うだろう」
カスペルは考えながら結論を出す。
「相当な至近距離じゃないと反応しないっぽいというか、匂わないみたいだぞ。そうか、誰か適当な魔術師を連れてきてユランに嗅がせるという手もあるな」
偶発的に反応することはまずないが、それならば、魔術師の知り合いに頼んで首筋を嗅がせてもらえばいいのである。
「嗅がせろと言われて嗅がせてくれる魔術師に心当たりがあるのか?」
そんな頼みごとをされた場合、普通なら引く。
「ないな……いや、イーレンなら押し切れば」
ぐいぐいいけばいける、とエイダールは友人の名を挙げる。
「確かに押し切れば……」
カスペルも思わず同意してしまう。友人が人身御供にされそうなのを、止めるべきだとは思うのだが、イーレンなら確かにいけそうな気がしたからだ。
「イーレンを巻き込むかどうかはさておき、匂いの確認とやらが終わっても、お試しはやめておけよ」
試してみようと思う時点で既に答えは出ているとカスペルは思うのだが、エイダールがそれを自覚するかどうかは分からない。自覚していない状態で次の段階に進むのはお勧めできない。
「結局そこに話が戻るのか。そこまで言われると逆にやりたくなるんだが」
試しに一回やってもいいかな、くらいの軽い気持ちなのに、強硬に反対されると反発したくなるエイダールである。
「やめておけ、と言っている」
カスペルは、低い声で唸ると、目の前の強い酒をグラスに注ぎ、一気にあおる。飲まなきゃやってられないという気持ちである。
「分かった分かった、とりあえずお試しは保留にしとく」
本気で睨まれたエイダールは、降参、というように小さく両手を上げる。
「素直でよろしい」
カスペルは、鷹揚に頷いたが。
「俺は引き際を心得てるからな」
ふふん、とエイダールに鼻を鳴らされて、胡乱な目になる。
「嘘をつくな。行くところまで行くのがお前だろうが」
カスペルは空になったグラスを、テーブルに叩きつけるように置くと、また酒を注いだ。
カスペルは、ユランのことを心配する。エイダールの貞操観念が意外に緩かった件はとりあえず棚上げである。
「本人てユランにか? もう言ったけど」
「もう言ったのか……」
カスペルは思わず頭を抱える。無神経にもほどがある。
「ユランくんの反応は?」
「裏返った声で『何を言ってるんですか』って言われた。慌てる様子が可愛かったんだが」
結局断られたんだよな何でだ、と解せぬ顔のエイダール。
「その後、微妙に目を合わせて貰えない訳だが。俺が悪かったのか?」
ユランくんの方は意識しまくっているんだろうな、とカスペルは遠い目になる。
「まあ、その無神経さもお前の持ち味だが」
褒めてはいないが、それがいい結果を生むこともある。一概に否定はできない。
「言ってしまったものは仕方がないが、付き合うかどうかを決める前に肉体関係を持つのは止めろ。絶対にだ。それがお互いの為だからな」
「頭で考えてもよく分からんから試してみようかと思ってたんだが、だめなのか?」
絶対にだめだと言われるほどのことだろうかとエイダールは思う。
「お互い大人だし、ユランは俺を好きでそういうことをしたいんだぞ?」
無理矢理付き合わせようという訳ではないのに。
「そのまま付き合うことになっても、その始まり方だとしこりが残るし、付き合わないとなったら、どうなると思う?」
よく考えてみろ、とカスペルは諭すが。
「今まで通りだろ?」
エイダールは全く分かっていない。
「ユランくんは、人の味を覚えた野生動物みたいな状態になると思う」
「どういう状態だよ、たとえが分かりにくすぎるぞ」
人の捕食し易さを覚えた野生動物が、人里に下りてきて被害が出るというのはよくある話だが、人間と置き換えて考えるのは難しい。
「今は、美味そうな匂いがしても、食べ物じゃないと思ってるから我慢が利いてるが、一度食べ物だと認識したら、どこまでも食いつくされるって話だ」
「ユランが次から次へと男を食い散らかすってことか」
エイダールは、そんなユランの姿は想像がつかないが、覚えたてのことをやってみたがる子供と考えれば分からなくもない。
「いや、食い散らかされるのはお前だけだと思うが」
エイダール一筋のユランが、他に行くとは思えない。そういう意味では被害は最小限で済む。
「お試しで無理だってことになって振られた状態だよな? それなのに俺を食うのか? 酷くないか?」
エイダールの意思は完全無視で襲うということになる。
「美味いってことを教えておいて、しかも美味そうな匂いを目の前でまき散らしておいて、食べるのは我慢しろって方が酷いだろう。それを防ぐには完全に切り離すしかない。今まで通りって訳にはいかないだろう……付き合うとなったらなったで、今まで通りは無理だろうが」
主に床事情が大変なことになるだろうと、カスペルは思う。
「よく分からんが分かった」
気軽に試すと大変なことになりそう、というあたりは理解する。
「俺も美味そうな匂いの件では確認したいことがあるからな。何か行動を起こすにしてもそれが終わってからだ」
ユランは、エイダールの持つ魔力を匂いとして感じている。そしてその匂いが好きなだけなのではという疑惑が持ち上がっている。
「匂い?」
美味そうな匂いというのは比喩表現のつもりだったカスペルは、怪訝な表情になる。
「俺の魔力はいい匂いらしいぞ。それで発情してる節があるから、今は無意識に洩れないようにしてある」
意図して魔力を使うときは普通に放出できるが、眠っている時などにだだ洩れないように自分で自分に封印を施している。
「魔力を感じて発動するなら、他の魔術師でも反応するだろうから違うだろう」
カスペルは考えながら結論を出す。
「相当な至近距離じゃないと反応しないっぽいというか、匂わないみたいだぞ。そうか、誰か適当な魔術師を連れてきてユランに嗅がせるという手もあるな」
偶発的に反応することはまずないが、それならば、魔術師の知り合いに頼んで首筋を嗅がせてもらえばいいのである。
「嗅がせろと言われて嗅がせてくれる魔術師に心当たりがあるのか?」
そんな頼みごとをされた場合、普通なら引く。
「ないな……いや、イーレンなら押し切れば」
ぐいぐいいけばいける、とエイダールは友人の名を挙げる。
「確かに押し切れば……」
カスペルも思わず同意してしまう。友人が人身御供にされそうなのを、止めるべきだとは思うのだが、イーレンなら確かにいけそうな気がしたからだ。
「イーレンを巻き込むかどうかはさておき、匂いの確認とやらが終わっても、お試しはやめておけよ」
試してみようと思う時点で既に答えは出ているとカスペルは思うのだが、エイダールがそれを自覚するかどうかは分からない。自覚していない状態で次の段階に進むのはお勧めできない。
「結局そこに話が戻るのか。そこまで言われると逆にやりたくなるんだが」
試しに一回やってもいいかな、くらいの軽い気持ちなのに、強硬に反対されると反発したくなるエイダールである。
「やめておけ、と言っている」
カスペルは、低い声で唸ると、目の前の強い酒をグラスに注ぎ、一気にあおる。飲まなきゃやってられないという気持ちである。
「分かった分かった、とりあえずお試しは保留にしとく」
本気で睨まれたエイダールは、降参、というように小さく両手を上げる。
「素直でよろしい」
カスペルは、鷹揚に頷いたが。
「俺は引き際を心得てるからな」
ふふん、とエイダールに鼻を鳴らされて、胡乱な目になる。
「嘘をつくな。行くところまで行くのがお前だろうが」
カスペルは空になったグラスを、テーブルに叩きつけるように置くと、また酒を注いだ。
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