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118「どんな匂いなんだよ俺の魔力」
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「もう起きてたのか、おはよう」
起床して部屋を出たエイダールは、上掛けを抱えて居間のソファにぼんやりと座っているユランを発見する。
「ユラン? 具合でも悪いのか?」
横に座って額を合わせる。
「熱はないようだが」
「うわっ」
心ここにあらずだったユランは、目の前が翳って何だろうと顔を上げた。視界いっぱいのエイダールに思わず後退る。ソファに座ったままなので数センチだが。
「目を開けてるのに寝てた感じか? おはよう」
「……おはようございます先生」
昨夜言われたことを思い出して、ユランはエイダールを直視できない。
「何で上掛けを持ってるんだ、ここで寝たのか?」
「いえ、一時間くらい前に目が覚めて、ここにきたのはそれからです」
昨夜は妄想を振り切って眠りにつこうとしたら上掛けから仄かにエイダールの匂いがして、ユランはもういっぱいいっぱいだった。
「上掛け持ってきてそんなところでぼんやりするくらいなら、自分のベッドで二度寝したほうがいいんじゃないのか」
今日のユランは夕方出勤なので、二度寝でも三度寝でもできる。
「そうですよね、どうしちゃったんだろう僕。上掛けは、匂い嗅ぐとどきどきするから置いて来ようと思ったのに、手放せなくて」
ユランにとって、エイダールの匂いは安心もするが興奮もしてしまう危険物になっていて、どう対処していいか分からなくなっている。
「とりあえず、それを今すぐ洗ってこい。その間に朝飯作っとくから」
エイダールは上掛けを指し示す。魔力は汚れではないので洗濯して落ちるようなものではないが、気分である。
「はい」
「どんな匂いなんだよ俺の魔力……」
庭先の盥に水を汲んで洗濯の準備をしたユランが、最後の思い出とばかりに上掛けをくんかくんかしているのが、厨房の窓から見える。
「というか、ユランが好きなのは俺の匂いであって俺自身じゃない気がしてくるな」
ユランの欲情は、いつも匂いが絡んでいる気がする。その可能性を検証する必要を感じる。
「『封印』」
エイダールは自分の首筋を撫でながら、呪文を唱えた。
「どうしましょうギルシェ先生、スウェンさん、私、緊張してきました」
エイダールの今年度の初講義まであと一時間、講座助手として紹介されることになっているシビラが、ぶるっと肩を震わせる。
「講義は一時間も先だぞ、今から緊張してたら疲れるだろう」
エイダールは苦笑する。学生に配る資料を準備室で一人分ずつ綴じる作業を、スウェンも交えて三人で行っているところだ。
「今日の仕事は、挨拶とこの資料配るくらいだぞ」
緊張するようなことはないだろ? と同意を求める。
「挨拶だけでも緊張するんです! 先生みたいに人前に立つの慣れてないんですよ」
シビラは大きく息をつく。
「毎回立ってりゃ慣れるよ。俺の講座なんて趣味の延長だし、受講人数も少ないし」
必須科目ではないので、割とのんびりした雰囲気である。
「慣れるように頑張ります。でも助手の件がなくても、この講座を受講する人とは初顔合わせになるじゃないですか。新たな魔法紋様好きの人に出会えるかもしれないんですよ、絶対仲良くなりたいですよね?」
この機会を逃さない、とシビラは拳を握る。
「そうだな、話せる仲間がいるのはいいことだな」
シビラの勢いに押されて、一瞬たじろいだエイダールだが、気持ちは分かる。
「俺も魔法医学関係の学会でジスカール卿に初めて会った時は、『絶対逃がさねえ』って思ったもんな」
自分と同じ匂いを感じたのだ。
「魔法紋様関係じゃなくて、魔法医学関係なんですか?」
あれ? とシビラが首を傾げる。
「そうだよ、魔法紋様関係の学会なんてないからな。あの人はそもそも薬師の家系で魔法薬の研究もしてて、こっちの魔法医学関係の学会に呼ばれてたんだよ。俺は治癒魔法関係で引っ張って行かれてて」
運命の出会いを果たしたのである。
「魔法紋様関係ないところで出会うなんて運命ですね! 私も頑張ります!」
「熱量が同じ人は少ないので、あまりぐいぐい行かない方がいいのでは……」
逆に逃げられますよ、とスウェンが言い掛けるが。
「そうだな、逃がさないように大きく囲んでからじりじりと網を狭めて身動きを取れなくしてから、確実に仕留めろ」
「はい!」
エイダールとシビラは聞いていなかった。
「友人にしたい人を仕留めてどうするんですか」
スウェンは頭が痛くなりつつ、シビラの緊張が解けているのを見て、これはエイダールの作戦のうちなのかと考える。
「とりあえずシビラさん、学生と助手を兼ねていると、他の学生との距離感が難しくなりますから、最初に自分の立ち位置を決めておくといいですよ」
スウェンも兼業経験者なので、助言しておく。
「えっ、始まるまでもう一時間もないのに。もっと早く教えてくださいよ」
心の準備が、とシビラはまた緊張してきたのか泣きそうな顔になる。
「大丈夫です、基本は学生の立場でいいんですから。ギルシェ先生の助手としての自覚を持つことを忘れずに」
「先生の助手としての自覚、助手としての自覚、自覚……」
胸に刻むように、シビラは何度もその言葉を繰り返す。
「スウェン、今日はシビラについてやってくれ」
何だかとてつもなくだめそうなので、エイダールは、助手に助手をつけた。
起床して部屋を出たエイダールは、上掛けを抱えて居間のソファにぼんやりと座っているユランを発見する。
「ユラン? 具合でも悪いのか?」
横に座って額を合わせる。
「熱はないようだが」
「うわっ」
心ここにあらずだったユランは、目の前が翳って何だろうと顔を上げた。視界いっぱいのエイダールに思わず後退る。ソファに座ったままなので数センチだが。
「目を開けてるのに寝てた感じか? おはよう」
「……おはようございます先生」
昨夜言われたことを思い出して、ユランはエイダールを直視できない。
「何で上掛けを持ってるんだ、ここで寝たのか?」
「いえ、一時間くらい前に目が覚めて、ここにきたのはそれからです」
昨夜は妄想を振り切って眠りにつこうとしたら上掛けから仄かにエイダールの匂いがして、ユランはもういっぱいいっぱいだった。
「上掛け持ってきてそんなところでぼんやりするくらいなら、自分のベッドで二度寝したほうがいいんじゃないのか」
今日のユランは夕方出勤なので、二度寝でも三度寝でもできる。
「そうですよね、どうしちゃったんだろう僕。上掛けは、匂い嗅ぐとどきどきするから置いて来ようと思ったのに、手放せなくて」
ユランにとって、エイダールの匂いは安心もするが興奮もしてしまう危険物になっていて、どう対処していいか分からなくなっている。
「とりあえず、それを今すぐ洗ってこい。その間に朝飯作っとくから」
エイダールは上掛けを指し示す。魔力は汚れではないので洗濯して落ちるようなものではないが、気分である。
「はい」
「どんな匂いなんだよ俺の魔力……」
庭先の盥に水を汲んで洗濯の準備をしたユランが、最後の思い出とばかりに上掛けをくんかくんかしているのが、厨房の窓から見える。
「というか、ユランが好きなのは俺の匂いであって俺自身じゃない気がしてくるな」
ユランの欲情は、いつも匂いが絡んでいる気がする。その可能性を検証する必要を感じる。
「『封印』」
エイダールは自分の首筋を撫でながら、呪文を唱えた。
「どうしましょうギルシェ先生、スウェンさん、私、緊張してきました」
エイダールの今年度の初講義まであと一時間、講座助手として紹介されることになっているシビラが、ぶるっと肩を震わせる。
「講義は一時間も先だぞ、今から緊張してたら疲れるだろう」
エイダールは苦笑する。学生に配る資料を準備室で一人分ずつ綴じる作業を、スウェンも交えて三人で行っているところだ。
「今日の仕事は、挨拶とこの資料配るくらいだぞ」
緊張するようなことはないだろ? と同意を求める。
「挨拶だけでも緊張するんです! 先生みたいに人前に立つの慣れてないんですよ」
シビラは大きく息をつく。
「毎回立ってりゃ慣れるよ。俺の講座なんて趣味の延長だし、受講人数も少ないし」
必須科目ではないので、割とのんびりした雰囲気である。
「慣れるように頑張ります。でも助手の件がなくても、この講座を受講する人とは初顔合わせになるじゃないですか。新たな魔法紋様好きの人に出会えるかもしれないんですよ、絶対仲良くなりたいですよね?」
この機会を逃さない、とシビラは拳を握る。
「そうだな、話せる仲間がいるのはいいことだな」
シビラの勢いに押されて、一瞬たじろいだエイダールだが、気持ちは分かる。
「俺も魔法医学関係の学会でジスカール卿に初めて会った時は、『絶対逃がさねえ』って思ったもんな」
自分と同じ匂いを感じたのだ。
「魔法紋様関係じゃなくて、魔法医学関係なんですか?」
あれ? とシビラが首を傾げる。
「そうだよ、魔法紋様関係の学会なんてないからな。あの人はそもそも薬師の家系で魔法薬の研究もしてて、こっちの魔法医学関係の学会に呼ばれてたんだよ。俺は治癒魔法関係で引っ張って行かれてて」
運命の出会いを果たしたのである。
「魔法紋様関係ないところで出会うなんて運命ですね! 私も頑張ります!」
「熱量が同じ人は少ないので、あまりぐいぐい行かない方がいいのでは……」
逆に逃げられますよ、とスウェンが言い掛けるが。
「そうだな、逃がさないように大きく囲んでからじりじりと網を狭めて身動きを取れなくしてから、確実に仕留めろ」
「はい!」
エイダールとシビラは聞いていなかった。
「友人にしたい人を仕留めてどうするんですか」
スウェンは頭が痛くなりつつ、シビラの緊張が解けているのを見て、これはエイダールの作戦のうちなのかと考える。
「とりあえずシビラさん、学生と助手を兼ねていると、他の学生との距離感が難しくなりますから、最初に自分の立ち位置を決めておくといいですよ」
スウェンも兼業経験者なので、助言しておく。
「えっ、始まるまでもう一時間もないのに。もっと早く教えてくださいよ」
心の準備が、とシビラはまた緊張してきたのか泣きそうな顔になる。
「大丈夫です、基本は学生の立場でいいんですから。ギルシェ先生の助手としての自覚を持つことを忘れずに」
「先生の助手としての自覚、助手としての自覚、自覚……」
胸に刻むように、シビラは何度もその言葉を繰り返す。
「スウェン、今日はシビラについてやってくれ」
何だかとてつもなくだめそうなので、エイダールは、助手に助手をつけた。
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