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116「無理なら最初から断るし」
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「終わったのか? じゃあ続きな」
カイたちが帰った後、夕飯の片付けの続きをして居間に戻ってきたユランに、エイダールは小鳥を飛ばす作業に戻るよう促す。
「先生、もしかして忙しかったですか?」
エイダール自身は、カイの定型文の練習用紙を製作中である。机の上には他にも未処理らしい書類が載っている。
「忙しくないとは言えないな」
明日は今年度の初講義があるし、本来の仕事とは別に、神殿と騎士団からの依頼も抱えている。婚姻の腕輪への付与も考えなければならないし、魔弓用の魔導回路も早めに組みたい。やらなければならないこともやりたいことも山積みである。
「すみませんでした、了解も得ずにカイたち勝手に連れてきちゃって、いきなり読みやすい字を書く方法なんて無茶振りして」
その上、カイの文字向上計画は、関わっても何の報酬もないのである。
「忙しいのはいいんだよ、まだ余力あるし、無理なら最初から断るし。連れて来たのもユランが問題ないと判断した相手なら構わないが、家に帰ったら他人が居たってのはちょっと驚いたな」
家の中というのは、特別な空間である。
「すみません……」
ユランからすると同僚という良く見知った間柄でも、エイダールからだとそうではない。もう少し考えるべきだった。
「反省したならもういい。ユランに頼られるなんて珍しいから嬉しかったし。次回から気を付けてくれれば……報告や連絡を怠ると、七年間自分に子供が出来てたことすら気付かないなんてことになるからな」
エイダールは、分かりやすい事例を上げ、ユランが、ぷっと吹き出す。
「そんなのカスペルさんくらいですよ、普通の人には真似できません」
「そうなんだよな、あいつまともな振りして時々おかしいからな。ああそうだ、カスペルと言えば、貴族からの手紙をまとめておかないと」
先ほど見た高級そうな大きな封筒の他に、よく似た大きさの封筒を幾つも書類入れから取り出したエイダールに、ユランがぽかんと口を開ける。
「それも婚姻の申込書なんですか? 五通も……いや、六通もあるんですか?」
「今月は多いって言っただろ。カスペルに丸投げするから何通でも一緒だけどな」
エイダールには一緒でも、丸投げされるほうは大変である。
「カスペルさんに……?」
「ああ。昔、片っ端から燃やしてたら取り上げられたんだよな」
以前は燃やして、そんな申込書は来なかったことにしていた。
「『家から断りを入れてやるから預けろ』ってさ」
「カスペルさんて時々、先生の保護者みたいなとこありますよね……」
エイダールがどうとでもなれと放り投げる事案を拾って、綺麗に収拾をつけている感がある。
「貴族が絡むことだとそういうところはあるな。一応、こういう申し込みをしてくる家は、人を人と思わない連中で問題抱えてる可能性が高いから調査を入れたい、みたいな名目もついてたが」
カスペルとしては、エイダールにちょっかいをかける家門の確認もしておきたいのだろう。過干渉ともいえるが、心配してのことだというのは、エイダールも分かっている。
「調査云々はともかく、断りの返事を書いてくれるだけでも俺は楽だしな」
サルバトーリ公爵家を経由して断りを入れると、勝手に圧を感じてくれるので、後の面倒が少ない。
「ユラン、何でそんなに、ぱぱっと描こうとするんだ?」
小鳥が飛び立たない紋様符を量産しているユランの手首をエイダールは掴んだ。
「え、だって先生はいつもこんな感じで描いてるじゃないですか」
ユランは、それが正しい作法だとでもいうように答える。
「おいおい、俺は紋様符の専門家というか本職というか、これで飯食ってるようなもんなんだぞ? 初めて紋様符を写してるユランが同じ速さで描ける訳ないだろう」
失敗し続けるのはそれが原因か、と額を押さえる。
「あれ、じゃあ、ゆっくり描いてもいいんですか?」
ユランは、同じ速さで描いた上で、正確に模写しないといけないのかと思っていた。
「大事なのは、速さより正確さだ。ゆっくりじっくり丁寧に」
噛んで含めるように言い聞かせる。
「はい……あ」
描く速さを緩めると、小鳥はあっさりと舞い上がった。
「飛びましたよ先生」
僕すごーい、と自画自賛するユラン。
「成功おめでとう。いつも見ていたことが逆に足枷になるとは思わなかったな」
エイダールは、ちょうど製作し終わった定型文の練習用紙をユランのほうに押しやる。
「俺は風呂に入ってくるから、これの動作確認をしておいてくれ」
「この文章を別の紙に書いて、書き上がったら上に載せてみればいいんですよね」
数字の練習用紙を持たせたカイに、エイダールが手順を説明していたのを思い出しつつ、確認する。
「ああ、それで合ってる」
「分かりました、じゃあ花火が出るように頑張って書き取りします」
数字の練習用紙からは、うまく書けると花火が打ち上がると聞いていたので、これも同じ仕掛けだろうと思っていたユランだが。
「こっちは花火じゃなく虹にしたよ。出来栄えに合わせて色の数、濃さ、大きさに変化をつけてあるから、七色揃ったでかくて濃い虹を目指せよ」
定型文の練習用紙のほうは、虹が出るらしい。無駄に芸が細かい。
「先生にしては時間がかかってると思ったらそんなことを……他にも仕事あるのに何してるんですかっ」
カイのことを先生に頼んだのは僕だけどここまでしてくれなくても、とユランが頭を抱える。
「遊び心は大事だろう?」
エイダールは小さく笑うと、ユランの頭を一撫でしてから、風呂へと向かった。
カイたちが帰った後、夕飯の片付けの続きをして居間に戻ってきたユランに、エイダールは小鳥を飛ばす作業に戻るよう促す。
「先生、もしかして忙しかったですか?」
エイダール自身は、カイの定型文の練習用紙を製作中である。机の上には他にも未処理らしい書類が載っている。
「忙しくないとは言えないな」
明日は今年度の初講義があるし、本来の仕事とは別に、神殿と騎士団からの依頼も抱えている。婚姻の腕輪への付与も考えなければならないし、魔弓用の魔導回路も早めに組みたい。やらなければならないこともやりたいことも山積みである。
「すみませんでした、了解も得ずにカイたち勝手に連れてきちゃって、いきなり読みやすい字を書く方法なんて無茶振りして」
その上、カイの文字向上計画は、関わっても何の報酬もないのである。
「忙しいのはいいんだよ、まだ余力あるし、無理なら最初から断るし。連れて来たのもユランが問題ないと判断した相手なら構わないが、家に帰ったら他人が居たってのはちょっと驚いたな」
家の中というのは、特別な空間である。
「すみません……」
ユランからすると同僚という良く見知った間柄でも、エイダールからだとそうではない。もう少し考えるべきだった。
「反省したならもういい。ユランに頼られるなんて珍しいから嬉しかったし。次回から気を付けてくれれば……報告や連絡を怠ると、七年間自分に子供が出来てたことすら気付かないなんてことになるからな」
エイダールは、分かりやすい事例を上げ、ユランが、ぷっと吹き出す。
「そんなのカスペルさんくらいですよ、普通の人には真似できません」
「そうなんだよな、あいつまともな振りして時々おかしいからな。ああそうだ、カスペルと言えば、貴族からの手紙をまとめておかないと」
先ほど見た高級そうな大きな封筒の他に、よく似た大きさの封筒を幾つも書類入れから取り出したエイダールに、ユランがぽかんと口を開ける。
「それも婚姻の申込書なんですか? 五通も……いや、六通もあるんですか?」
「今月は多いって言っただろ。カスペルに丸投げするから何通でも一緒だけどな」
エイダールには一緒でも、丸投げされるほうは大変である。
「カスペルさんに……?」
「ああ。昔、片っ端から燃やしてたら取り上げられたんだよな」
以前は燃やして、そんな申込書は来なかったことにしていた。
「『家から断りを入れてやるから預けろ』ってさ」
「カスペルさんて時々、先生の保護者みたいなとこありますよね……」
エイダールがどうとでもなれと放り投げる事案を拾って、綺麗に収拾をつけている感がある。
「貴族が絡むことだとそういうところはあるな。一応、こういう申し込みをしてくる家は、人を人と思わない連中で問題抱えてる可能性が高いから調査を入れたい、みたいな名目もついてたが」
カスペルとしては、エイダールにちょっかいをかける家門の確認もしておきたいのだろう。過干渉ともいえるが、心配してのことだというのは、エイダールも分かっている。
「調査云々はともかく、断りの返事を書いてくれるだけでも俺は楽だしな」
サルバトーリ公爵家を経由して断りを入れると、勝手に圧を感じてくれるので、後の面倒が少ない。
「ユラン、何でそんなに、ぱぱっと描こうとするんだ?」
小鳥が飛び立たない紋様符を量産しているユランの手首をエイダールは掴んだ。
「え、だって先生はいつもこんな感じで描いてるじゃないですか」
ユランは、それが正しい作法だとでもいうように答える。
「おいおい、俺は紋様符の専門家というか本職というか、これで飯食ってるようなもんなんだぞ? 初めて紋様符を写してるユランが同じ速さで描ける訳ないだろう」
失敗し続けるのはそれが原因か、と額を押さえる。
「あれ、じゃあ、ゆっくり描いてもいいんですか?」
ユランは、同じ速さで描いた上で、正確に模写しないといけないのかと思っていた。
「大事なのは、速さより正確さだ。ゆっくりじっくり丁寧に」
噛んで含めるように言い聞かせる。
「はい……あ」
描く速さを緩めると、小鳥はあっさりと舞い上がった。
「飛びましたよ先生」
僕すごーい、と自画自賛するユラン。
「成功おめでとう。いつも見ていたことが逆に足枷になるとは思わなかったな」
エイダールは、ちょうど製作し終わった定型文の練習用紙をユランのほうに押しやる。
「俺は風呂に入ってくるから、これの動作確認をしておいてくれ」
「この文章を別の紙に書いて、書き上がったら上に載せてみればいいんですよね」
数字の練習用紙を持たせたカイに、エイダールが手順を説明していたのを思い出しつつ、確認する。
「ああ、それで合ってる」
「分かりました、じゃあ花火が出るように頑張って書き取りします」
数字の練習用紙からは、うまく書けると花火が打ち上がると聞いていたので、これも同じ仕掛けだろうと思っていたユランだが。
「こっちは花火じゃなく虹にしたよ。出来栄えに合わせて色の数、濃さ、大きさに変化をつけてあるから、七色揃ったでかくて濃い虹を目指せよ」
定型文の練習用紙のほうは、虹が出るらしい。無駄に芸が細かい。
「先生にしては時間がかかってると思ったらそんなことを……他にも仕事あるのに何してるんですかっ」
カイのことを先生に頼んだのは僕だけどここまでしてくれなくても、とユランが頭を抱える。
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エイダールは小さく笑うと、ユランの頭を一撫でしてから、風呂へと向かった。
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