弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

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113「僕も初めてです」

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「で、魔法紋様の模写はどうだった? 楽しかったか?」
 食事をしながら、エイダールはカイに尋ねる。
「あー、楽しかったかな? ……うん、楽しかったよ」
 最初はなんなんだと思ったけど、とカイは魚の干物をつつく。
「模様を書き写しただけなのに、不思議だな」
 意外なほどに楽しかった。
「一番の理由としては、達成感だろうな。進捗状況は紋様符の光り具合で、成功は小鳥が飛ぶっていう目に見える形で現れるし」
 エイダールが解説する。
「私も、小鳥が飛んだときは感動しました」
 ハルシエルがその通りだと頷く。
「僕の小鳥はまだ飛んでないけど、成果が目に見えるっていいですよね」
 ユランは、まだ光が生成されただけで小鳥の形にもなっていないが、光っただけでも嬉しい。
「そうそう、競争の形にしたのも良かっただろ? 勝負となると勝ちたくなるし、御褒美があるとなるとさらにやる気が出るからな」
「確かに、それがなかったら取り掛かるのも面倒だったかも」
 カイは、競走と言われたので勢いでペンを握ったが、よく考えれば読みやすい文字を書けるようになるため訪れた場所で、描いたこともない魔法紋様を模写しろと言われたのである。訳が分からないし、面倒臭さの方が先に立ったかもしれない。


「今まで知らなかったことだから、好奇心や知識欲も満たされただろう? 全員、紋様符を作ったのなんて初めてだよな?」
 そういや確認してなかったな、とエイダールは三人を見る。
「はい、初めてです」
「俺も初めて」
「僕も初めてです」
 全員初めてである。
「魔法紋様なんて自分で描けるものだと思ってなかったし、紋様符まで作れるなんて、びっくりしてる」
 カイにとって、新鮮な体験だった。
「僕は、先生が描いてるのを見てて、簡単そうだって思ってたのに、自分じゃ全然描けないことに驚いたよ……」
 いつもエイダールがさらさらと淀みなく描いているのを見ていたユランは、難易度を見誤っていた。
「最初に競争だって言われたときは、ユランが有利なんだろうなって思ったのに、ユランも初めてだったんだな」
 カイは、ユランが魔法紋様も一通り教わっているのかと思っていた。
「教えてたら、競走にユランは参加させなかったぞ」
 競走させるなら、前提条件はなるべく揃えるべきだと、エイダールは思っている。


「それでもまあ、習っていなくても普段から見て触れている訳だから、そういう意味では有利かなと思ってたんだが」
 まさかの最下位である。がっかりである。
「うわああ、ごめんなさい先生、不甲斐ない結果でっ」
「そんなユランよりも早かった一抜けの俺! もしかして才能ありますか?」
 再度落ち込むユランに、カイが追い打ちをかける。
「見たものを再現する能力は高いな」
 紋様を、先入観なく見たまま書き写したことが、今回はいい方に転がった。
「このまま魔法紋様を学ぶとしたら、体系的に積み重ねていくハルシエルくんのほうが、習熟が早いというか、才能があると思うが」
「えー」
 俺が一番だったのにとカイは頬をふくらませる。
「ありがとうございます」
 才能があると言われたハルシエルは、照れているのか、少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「先生、僕にも何か一言ください!」
 置いていかれたような気分になったユランが縋る。
「ユランは、魔法紋様みたいに精度の高さを要求されるものには向いてないな」
「そんな……」
 ユランの手が震え、持っていたフォークから、肉がぱたりと皿に落ちる。
「まあ、ざっくり把握するのは早いから、それをどこかで活かすんだな」
 みんな違ってみんな良い、とエイダールは話をまとめた。




「で、本題なんだが」
 エイダールは、カイを見る。
「え、何でしたっけ、本題?」
「私たち、読みやすい字が書けるように教わりに来たんですよ」
 きょとんとしたカイを見て、ハルシエルが慌てて耳打ちする。
「あ、そうだった……あれ、それなのになんで魔法紋様だったんです?」
 エイダールの家に来てから、一文字たりとも普通の文字を書いていない。
「字を書くのが苦手な君は、ペンを持つのも好きじゃないだろう?」
「……そうですね」
 自覚はなかったが、言われればそんな気がする。ペンを見るだけで、苦手な字を書かなければならないことを連想して、暗澹たる気分になることもある。
「だが、その同じペンで魔法紋様を描くのは楽しかっただろう?」
「魔法紋様は模様だし……」
 一つ一つに意味があるのは分かっているが、絵を描いている感覚だったし、何より、成果が目に見える形だったのでやる気が途切れなかった。
「魔法紋様も一種の言語だよ」
 相当ひねくれている言語ではあるが。


「聞いた限りだと、最初に文字を習ったときから苦手意識が強くて、それ以降の学びがうまくいってないんだろうな。計算でいえば、足し算で躓くと、引き算や掛け算にも影響が出るだろう? その上、書けなくても話せればいいと思ってると言ったよな。興味もなく必要性も感じなければ、当然学ぶ気にも練習する気にもならない。違うか?」
 練習しなければ上達はしないので、悪循環である。
「その通りだけど、何かを書くなんて報告書くらいだし、そこだけ乗り切れればいいだろ」
「乗り切れていないので、今こうなっているのですが……」
 正論過ぎるハルシエルを。
「あんたの親父の所為だろ。今までは乗り切れてたのに」
 カイは不満そうに睨む。
「うわあ、先生がなんだか先生みたいなこと言ってる」
 ユランはユランで別視点である。
「まあ、結局俺が何を言いたいかというと、カイくんはやればできる子ってことだ……ユラン、俺は一応先生だからな?」
 日常的にそう呼んでるくせに今更何を言ってるんだと、エイダールはユランの頭を拳で軽くぐりぐりしながら続ける。
「精密さが要求される魔法紋様を正確に描けるほど、ペンを自在に操れるのは証明されてるからな。苦手意識をなくして練習すれば、文字も綺麗に書けるようになる」
 俺が保証すると言われて、カイはじっと自分の手を見た。
「そうかな……そうだといいな」
 練習して多少ましになったところで、下手なのは変わりないとどこか諦めてまともに向き合ってこなかったが、違うのだろうか。


「時間もあまりないようだし、何から練習するかは、ハルシエルくんと相談しろ」
 俺が保証すると言ったばかりなのに、エイダールはハルシエルに丸投げした。
「私ですか?」
 指名されたハルシエルは、背筋を伸ばす。
「君が事務官として、彼の字を一番たくさん見てきてる訳だろう? 何が苦手かも分かっていると思うんだが」
「それは確かにそうですね」
 ハルシエルは、自分が指名された理由に納得がいく。
「一番問題なのは数字の判読しづらさでしょうか」
「数字?」
 え、そこから? という顔になるエイダール。
「そうそう、カイの『7』は凄いんですよ、12479のどれにも見えるんです」
 ユランが補足する。良くない意味では凄い。だめさ加減が凄い。
「俺が思ってた『下手な字』よりももっと下手なんだな……」
 カイの字を実際には見ていないエイダールは笑い出した。
「笑うことないでしょう! 俺は一応悩んでるんですよ!」
 カイがむっとするが。
「いや、そこまでなら、少し頑張れば劇的に効果が出るぞ。凄く太ってるやつはちょっと運動するだけで十キロくらいすぐ痩せるだろ?」
 適正体重に近い人が十キロ落とすのは大変だが。
「分かりやすいけど、俺がすげー太ってるって言われてるみたいなんだけどおお」
 納得がいかないカイだった。
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