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111「ひとまず膝のことは忘れろ」
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「非現実を現実にするのが愛の力なのでは」
愛の力は万能とでも思っているのか、ユランが宗教じみたことを言い出す。
「だから、そこに愛がないんだって言ってんだろ」
カイは、ユランの勢いに一瞬納得しそうになり、いやいやいやと頭を振る。堂々巡りである。
「ひとまず膝のことは忘れろ」
エイダールが間に入って二人を止めた。膝の上下論争から愛の有無まで、このまま話し続けても埒が明かない。
「とりあえず始めてみようじゃないか。ちょっと待ってろ」
エイダールは立ち上がって書斎に向かう。程なく、魔法陣が描かれた石板を一枚と、小さな紙を束にしたもの、ペン、何も入っていないインク瓶を人数分持ってきた。石板を机の真ん中に、それぞれの前に紙束とペンとインク瓶を置いて手をかざす。
「えっ」
ハルシエルが思わず声を上げる。目の前に置かれた何も入っていなかったインク瓶にエイダールが手をかざすと、群青色の液体が瓶の中に現れたからである。
「どうなってるんですか、確かに何も入っていなかったのに……インクですか?」
「簡単に言うと、魔力を込めた水をインク瓶の中に生成した」
エイダールの答えに、ハルシエルは、何かに気付く。
「魔力を込めた水って、もしかして、紋様符に使われる特殊なインクですか」
「厳密にいうと違うけど、まあ、似たようなもんだな……ってことで、今から俺が描く紋様符を、模写してみてくれ」
紙束から一枚抜き取り、さらさらっと魔法紋様を描く。
「紋様符? え、何で」
普通の文字が上手くなるように、と教えを請いに来た筈なのに、とカイが訝しむ。
「見たものを再現できるのかをどうかを見たい。再現できていれば……」
言いながら、エイダールは紋様符を魔法陣が描かれた石板の上に置いた。
「うおっ」
描かれた魔法紋様が淡く光り、小鳥を模した光がふわりと飛び立ち、驚いたカイがのけぞった。
「こんな風に光が飛んでいく」
「びっくりした……この魔法陣は何なんだよ」
紋様符と言えば、破るか、魔力を流すことで発動するものである。置いただけで発動する物は見たことがない。
「紋様符の動作確認用の魔法陣だよ。破り捨てることで発動する紋様符を、いちいち描いては破ってたら改良なんてできないからな」
開発者用の道具だった。
「この紋様符自体は、紙鳥の着信を知らせるものに使われている術式を下敷きにした簡易版だ」
素人に模写させることを考慮して、幾つかの細かい設定部分の術式は抜いてある。
「先生、紙鳥って飛び立つんじゃなく、舞い降りてくるものじゃなかったですか?」
ごくたまにエイダールから紙鳥で連絡を貰うユランが、違ったっけな、と質問してくる。
「そのままだと紛らわしいから、逆回しにしてみた」
その辺の変更は、エイダールには自由自在である。
「あ、はい」
「よし、じゃあ始めてくれ、三人ともやってみるように」
説明終わり、という感じで、エイダールは開始を宣言した。
「僕たちもですか? カイだけじゃなく?」
なんでそんなことになっているのだろうと思いつつ、ユランはペンを握る。
「そうだよ、競争だからな。一番最初に小鳥が飛んだ奴には、一品追加してやる」
「一品追加?」
何に? という顔で首を傾げたユランに、厨房に入りながらエイダールが答える。
「夕飯に一品追加だ……それとも、もう食ったのか?」
「まだですけど」
仕事を終えてすぐに、カイたちと帰宅したので、食べる暇も何かを買って来る暇もなかった。
「今から作ってやるから、食ってけよ。一番最後の奴は夕飯の後片付けをしてもらうからな」
一位には御褒美を、三位には労働をである。
「わーい、ごちそうさまです!」
カイが、ぐう、とお腹を鳴らす。
「え、いいんでしょうか」
押しかけた上に食事を御馳走になったりして、とハルシエルは心配そうだ。
「先生が食ってけって言ってるんだし、遠慮しないで食べていってください。先生、割と料理上手いですよ」
作れる料理の品目は少ないが、味はいい。
「よっしゃああああ」
意外にも、一番最初に小鳥を飛ばしたのはカイだった。
「俺、才能あるかも!」
もう一度自分で描いた紋様符を石板の上に置いて、カイは小鳥が飛び立つのを見る。動作確認用の魔法陣なので、何度でも見られて楽しい。
「おめでとうございます。私のは小鳥は羽ばたきますが、飛び立たないですね……」
ハルシエルはあともう少しのところまで来ているようだ。
「いいなあ、僕の紋様符、二割くらいしか光ってないですよ」
ユランはまだ何も出ない。石板の上に置くと、意味のある術式になっている部分の紋様が光るのだが、それが途切れ途切れに二割程度である。
「先生が膝に乗せてくれないとだめなのかな僕」
ユランは少し落ち込むが。
「そんな訳ないでしょう。もしそうなら、読み書き以外何もできない大人になっている筈ですよ」
ハルシエルにあっさりと論破される。
「確かにそうですね。よし、僕は出来る子だ! 目指せ二位!」
一位通過の夕食一品追加は逃したが、夕飯の片付けがついてくる最下位は逃れたいところである。
「終わったんで手伝いますよ」
カイは、厨房にいたエイダールに、機嫌よく申し出る。
「そっか? 追加の一品は何がいい? こっち来て選んでいいぞ」
エイダールは保存庫を開けてカイに見せる。
「あ、この干物美味そう。俺、魚が好きなんすよね」
肉も好きだが、魚のほうが好きである。
「じゃあこれを追加してやる。自分で炙るか?」
「やりますやります」
焼き方にもこだわりがありそうなので、エイダールが提案すると、カイは応じる。
「じゃあこっちの焜炉を使ってくれ。ついでに鍋が吹きこぼれないように見ててくれ。あっちの二人の様子を見てくるから」
「了解です」
ぴしっと敬礼したカイに苦笑しながら、エイダールは厨房を出た。
愛の力は万能とでも思っているのか、ユランが宗教じみたことを言い出す。
「だから、そこに愛がないんだって言ってんだろ」
カイは、ユランの勢いに一瞬納得しそうになり、いやいやいやと頭を振る。堂々巡りである。
「ひとまず膝のことは忘れろ」
エイダールが間に入って二人を止めた。膝の上下論争から愛の有無まで、このまま話し続けても埒が明かない。
「とりあえず始めてみようじゃないか。ちょっと待ってろ」
エイダールは立ち上がって書斎に向かう。程なく、魔法陣が描かれた石板を一枚と、小さな紙を束にしたもの、ペン、何も入っていないインク瓶を人数分持ってきた。石板を机の真ん中に、それぞれの前に紙束とペンとインク瓶を置いて手をかざす。
「えっ」
ハルシエルが思わず声を上げる。目の前に置かれた何も入っていなかったインク瓶にエイダールが手をかざすと、群青色の液体が瓶の中に現れたからである。
「どうなってるんですか、確かに何も入っていなかったのに……インクですか?」
「簡単に言うと、魔力を込めた水をインク瓶の中に生成した」
エイダールの答えに、ハルシエルは、何かに気付く。
「魔力を込めた水って、もしかして、紋様符に使われる特殊なインクですか」
「厳密にいうと違うけど、まあ、似たようなもんだな……ってことで、今から俺が描く紋様符を、模写してみてくれ」
紙束から一枚抜き取り、さらさらっと魔法紋様を描く。
「紋様符? え、何で」
普通の文字が上手くなるように、と教えを請いに来た筈なのに、とカイが訝しむ。
「見たものを再現できるのかをどうかを見たい。再現できていれば……」
言いながら、エイダールは紋様符を魔法陣が描かれた石板の上に置いた。
「うおっ」
描かれた魔法紋様が淡く光り、小鳥を模した光がふわりと飛び立ち、驚いたカイがのけぞった。
「こんな風に光が飛んでいく」
「びっくりした……この魔法陣は何なんだよ」
紋様符と言えば、破るか、魔力を流すことで発動するものである。置いただけで発動する物は見たことがない。
「紋様符の動作確認用の魔法陣だよ。破り捨てることで発動する紋様符を、いちいち描いては破ってたら改良なんてできないからな」
開発者用の道具だった。
「この紋様符自体は、紙鳥の着信を知らせるものに使われている術式を下敷きにした簡易版だ」
素人に模写させることを考慮して、幾つかの細かい設定部分の術式は抜いてある。
「先生、紙鳥って飛び立つんじゃなく、舞い降りてくるものじゃなかったですか?」
ごくたまにエイダールから紙鳥で連絡を貰うユランが、違ったっけな、と質問してくる。
「そのままだと紛らわしいから、逆回しにしてみた」
その辺の変更は、エイダールには自由自在である。
「あ、はい」
「よし、じゃあ始めてくれ、三人ともやってみるように」
説明終わり、という感じで、エイダールは開始を宣言した。
「僕たちもですか? カイだけじゃなく?」
なんでそんなことになっているのだろうと思いつつ、ユランはペンを握る。
「そうだよ、競争だからな。一番最初に小鳥が飛んだ奴には、一品追加してやる」
「一品追加?」
何に? という顔で首を傾げたユランに、厨房に入りながらエイダールが答える。
「夕飯に一品追加だ……それとも、もう食ったのか?」
「まだですけど」
仕事を終えてすぐに、カイたちと帰宅したので、食べる暇も何かを買って来る暇もなかった。
「今から作ってやるから、食ってけよ。一番最後の奴は夕飯の後片付けをしてもらうからな」
一位には御褒美を、三位には労働をである。
「わーい、ごちそうさまです!」
カイが、ぐう、とお腹を鳴らす。
「え、いいんでしょうか」
押しかけた上に食事を御馳走になったりして、とハルシエルは心配そうだ。
「先生が食ってけって言ってるんだし、遠慮しないで食べていってください。先生、割と料理上手いですよ」
作れる料理の品目は少ないが、味はいい。
「よっしゃああああ」
意外にも、一番最初に小鳥を飛ばしたのはカイだった。
「俺、才能あるかも!」
もう一度自分で描いた紋様符を石板の上に置いて、カイは小鳥が飛び立つのを見る。動作確認用の魔法陣なので、何度でも見られて楽しい。
「おめでとうございます。私のは小鳥は羽ばたきますが、飛び立たないですね……」
ハルシエルはあともう少しのところまで来ているようだ。
「いいなあ、僕の紋様符、二割くらいしか光ってないですよ」
ユランはまだ何も出ない。石板の上に置くと、意味のある術式になっている部分の紋様が光るのだが、それが途切れ途切れに二割程度である。
「先生が膝に乗せてくれないとだめなのかな僕」
ユランは少し落ち込むが。
「そんな訳ないでしょう。もしそうなら、読み書き以外何もできない大人になっている筈ですよ」
ハルシエルにあっさりと論破される。
「確かにそうですね。よし、僕は出来る子だ! 目指せ二位!」
一位通過の夕食一品追加は逃したが、夕飯の片付けがついてくる最下位は逃れたいところである。
「終わったんで手伝いますよ」
カイは、厨房にいたエイダールに、機嫌よく申し出る。
「そっか? 追加の一品は何がいい? こっち来て選んでいいぞ」
エイダールは保存庫を開けてカイに見せる。
「あ、この干物美味そう。俺、魚が好きなんすよね」
肉も好きだが、魚のほうが好きである。
「じゃあこれを追加してやる。自分で炙るか?」
「やりますやります」
焼き方にもこだわりがありそうなので、エイダールが提案すると、カイは応じる。
「じゃあこっちの焜炉を使ってくれ。ついでに鍋が吹きこぼれないように見ててくれ。あっちの二人の様子を見てくるから」
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