弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

文字の大きさ
上 下
111 / 178

111「ひとまず膝のことは忘れろ」

しおりを挟む
「非現実を現実にするのが愛の力なのでは」
 愛の力は万能とでも思っているのか、ユランが宗教じみたことを言い出す。
「だから、そこに愛がないんだって言ってんだろ」
 カイは、ユランの勢いに一瞬納得しそうになり、いやいやいやと頭を振る。堂々巡りである。
「ひとまず膝のことは忘れろ」
 エイダールが間に入って二人を止めた。膝の上下論争から愛の有無まで、このまま話し続けても埒が明かない。
「とりあえず始めてみようじゃないか。ちょっと待ってろ」
 エイダールは立ち上がって書斎に向かう。程なく、魔法陣が描かれた石板を一枚と、小さな紙を束にしたもの、ペン、何も入っていないインク瓶を人数分持ってきた。石板を机の真ん中に、それぞれの前に紙束とペンとインク瓶を置いて手をかざす。
「えっ」
 ハルシエルが思わず声を上げる。目の前に置かれた何も入っていなかったインク瓶にエイダールが手をかざすと、群青色の液体が瓶の中に現れたからである。
「どうなってるんですか、確かに何も入っていなかったのに……インクですか?」
「簡単に言うと、魔力を込めた水をインク瓶の中に生成した」
 エイダールの答えに、ハルシエルは、何かに気付く。
「魔力を込めた水って、もしかして、紋様符に使われる特殊なインクですか」
「厳密にいうと違うけど、まあ、似たようなもんだな……ってことで、今から俺が描く紋様符を、模写してみてくれ」
 紙束から一枚抜き取り、さらさらっと魔法紋様を描く。


「紋様符? え、何で」
 普通の文字が上手くなるように、と教えを請いに来た筈なのに、とカイが訝しむ。
「見たものを再現できるのかをどうかを見たい。再現できていれば……」
 言いながら、エイダールは紋様符を魔法陣が描かれた石板の上に置いた。
「うおっ」
 描かれた魔法紋様が淡く光り、小鳥を模した光がふわりと飛び立ち、驚いたカイがのけぞった。
「こんな風に光が飛んでいく」
「びっくりした……この魔法陣は何なんだよ」
 紋様符と言えば、破るか、魔力を流すことで発動するものである。置いただけで発動する物は見たことがない。
「紋様符の動作確認用の魔法陣だよ。破り捨てることで発動する紋様符を、いちいち描いては破ってたら改良なんてできないからな」
 開発者用の道具だった。
「この紋様符自体は、紙鳥の着信を知らせるものに使われている術式を下敷きにした簡易版だ」
 素人に模写させることを考慮して、幾つかの細かい設定部分の術式は抜いてある。
「先生、紙鳥って飛び立つんじゃなく、舞い降りてくるものじゃなかったですか?」
 ごくたまにエイダールから紙鳥で連絡を貰うユランが、違ったっけな、と質問してくる。
「そのままだと紛らわしいから、逆回しにしてみた」
 その辺の変更は、エイダールには自由自在である。
「あ、はい」


「よし、じゃあ始めてくれ、三人ともやってみるように」
 説明終わり、という感じで、エイダールは開始を宣言した。
「僕たちもですか? カイだけじゃなく?」
 なんでそんなことになっているのだろうと思いつつ、ユランはペンを握る。
「そうだよ、競争だからな。一番最初に小鳥が飛んだ奴には、一品追加してやる」
「一品追加?」
 何に? という顔で首を傾げたユランに、厨房に入りながらエイダールが答える。
「夕飯に一品追加だ……それとも、もう食ったのか?」
「まだですけど」
 仕事を終えてすぐに、カイたちと帰宅したので、食べる暇も何かを買って来る暇もなかった。
「今から作ってやるから、食ってけよ。一番最後の奴は夕飯の後片付けをしてもらうからな」
 一位には御褒美を、三位には労働をである。
「わーい、ごちそうさまです!」
 カイが、ぐう、とお腹を鳴らす。
「え、いいんでしょうか」
 押しかけた上に食事を御馳走になったりして、とハルシエルは心配そうだ。
「先生が食ってけって言ってるんだし、遠慮しないで食べていってください。先生、割と料理上手いですよ」
 作れる料理の品目は少ないが、味はいい。




「よっしゃああああ」
 意外にも、一番最初に小鳥を飛ばしたのはカイだった。
「俺、才能あるかも!」
 もう一度自分で描いた紋様符を石板の上に置いて、カイは小鳥が飛び立つのを見る。動作確認用の魔法陣なので、何度でも見られて楽しい。
「おめでとうございます。私のは小鳥は羽ばたきますが、飛び立たないですね……」
 ハルシエルはあともう少しのところまで来ているようだ。
「いいなあ、僕の紋様符、二割くらいしか光ってないですよ」
 ユランはまだ何も出ない。石板の上に置くと、意味のある術式になっている部分の紋様が光るのだが、それが途切れ途切れに二割程度である。
「先生が膝に乗せてくれないとだめなのかな僕」
 ユランは少し落ち込むが。
「そんな訳ないでしょう。もしそうなら、読み書き以外何もできない大人になっている筈ですよ」
 ハルシエルにあっさりと論破される。
「確かにそうですね。よし、僕は出来る子だ! 目指せ二位!」
 一位通過の夕食一品追加は逃したが、夕飯の片付けがついてくる最下位は逃れたいところである。




「終わったんで手伝いますよ」
 カイは、厨房にいたエイダールに、機嫌よく申し出る。
「そっか? 追加の一品は何がいい? こっち来て選んでいいぞ」
 エイダールは保存庫を開けてカイに見せる。
「あ、この干物美味そう。俺、魚が好きなんすよね」
 肉も好きだが、魚のほうが好きである。
「じゃあこれを追加してやる。自分で炙るか?」
「やりますやります」
 焼き方にもこだわりがありそうなので、エイダールが提案すると、カイは応じる。
「じゃあこっちの焜炉を使ってくれ。ついでに鍋が吹きこぼれないように見ててくれ。あっちの二人の様子を見てくるから」
「了解です」
 ぴしっと敬礼したカイに苦笑しながら、エイダールは厨房を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...