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106「いい話で終われないのかよ」
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「それにしても、結婚と同時に跡継ぎまで確保とはさすがだな」
単純に手が早かっただけとも言えるが、とエイダールが突っ込む。
「いや、息子は……アレンというんだが、エルトリアの実家に残るそうだ」
カスペルは少し遠い目になった。
「え、お前の子なんだろ?」
「ああ、それは間違いない。だが、『血縁上の父親だからと言って、あなたと暮らしたいとは思わない』と言われた」
ずっと父親のいない環境で育ってきたところに、突然父親が現れても、困惑するだろう。母親の実家で祖父母に可愛がられていたのなら、父親を選ぶ可能性は低い。
「しっかりしてんな」
まだ六歳なのに、とエイダールは感心する。
「そうだろう? さすが俺の子だ」
「カスペルお前、七年間存在も知らなかったってのに、よくもまあ恥ずかしげもなく自慢できるな!?」
何一つ育てていないというのに。
「いいじゃないか、本当に考え方も体もしっかりしてる。剣術を習い始めているというから、手合わせしたら俺が負けたくらいだ」
負けたと言いつつ、カスペルは嬉しそうだ。
「六歳の子供相手に剣術で負けたのか? 仕事は文官でも、剣術も一通りは習ってたよな?」
聞き間違いかとエイダールが確認する。護身術程度には剣術を嗜んでいたのを見た記憶があるのだが。
「ほんの数手で剣を叩き落とされたよ。英才教育なんだろう、エルトリアの実家は、あの国では武の双璧と言われる騎士家系の名門の一つだからな」
いくら騎士家系でも六歳なのに? とエイダールは思うが、それよりも気になることがある。
「とりあえずそれはいいとして、子供が残るなら、エルトリア嬢も来ないんじゃないのか?」
母親が幼い子供を置いていくだろうか。
「エルトリアが来るのは確定してる。息子に背中を押された」
「子供に?」
「ああ。エルトリアを連れて行きたいが構わないかと聞いたら、『好きにすればいい、あなたが来てから母は嬉しそうな顔してるし、約束してたんだろ?』って、ちらっと見上げてくるのがまた可愛くてな!」
親馬鹿である。
「残っても、エルトリアの実家は経済状態も安定しているし、祖父母と叔父からも可愛がられているから、とりあえずは本人の希望通りにするつもりだ」
可愛がられ過ぎていて、カスペルが今までの分も含めて養育費を送ると言ったら断られたほどである。本人が望まない限りは籍もそのままにすると言われているので、跡継ぎの確保は出来ていない。
「こちらに来るまでの半年間、エルトリアは説得してみるといっていたから、来てくれると嬉しいが、無理だろうとも言ってたな」
誰に似たのか、頑固な子供のようである。
「あ、もうこんな時間か。すまないがここまでだ、仕事に戻らないと」
時計を見て、カスペルは食器の載ったトレイを持って立ち上がる。
「いや、いい知らせが聞けて安心した、またな」
エイダールが軽く手を上げる。
「僕も戻りますね、失礼します」
ユランも昼休みが終わる時間である。
「さすがギルシェ先生の御友人ですね」
カスペルとユランを見送って、スウェンが呟く。
「さすが? ですか?」
シビラが、一体何がと聞き咎める。
「まともそうに見えてもちょっとおかしいところがよく似ていたと思いませんか」
「あ、確かに!」
カスペルは見た目は何処までも『出来る男』なのに、話を聞いているとどんどん最初の印象が崩れていった。
「お前ら……」
エイダールがぴくぴくと頬を引きつらせる。
「まあいい、シビラはこれをよく読んで署名してくれ、契約書だ」
そう言って、シビラの前に一枚の紙を置いた。
「契約書ですか?」
「今年度、講座の助手として雇うという雇用契約書になります」
手に取って読み始めるシビラに、スウェンが説明する。
「あれ、報酬が発生するんですか?」
読み終わったシビラが、驚いたような声を上げる。
「簡単な手伝いと言っても立派な労働だからな。週に一度数時間ってところだから、僅かだが」
申し訳程度である。
「それと、助手として登録しておかないと、準備室の鍵を借りられないっていう事情もある」
準備室での作業もあるので、鍵を借りられないと困る。学生には貸し出せないので、準職員として登録しておく必要がある。
「いいんですか、鍵を借りられるってことは、私、準備室に出入り自由ってことですよね?」
そんなに信用されてもいいのだろうか。
「出入り自由だとまずいのか? 俺の準備室は特に危険物も金目の物もないから、鍵がなくてもいいくらいなんだが」
エイダールは構わないのだが、アカデミーは構うらしいので、きちんと規則通り施錠している。
「そうではなくて、学生なのに職員扱いっていいのかなって」
後で問題になったりしないのだろうか。
「別にいいだろ。スウェンも卒業前の一年間は学生と助手を兼任してたぞ」
そうなんですか? という顔でシビラがスウェンを見ると、こくりと頷かれた。
「恥ずかしながら、研究職に就くのを家族に反対されまして」
家業を手伝う気がないのなら卒業などしなくていいと仕送りを止められた。
「最終学年の学費は奨学金で何とかなりましたが、生活費をどうしようかと思っていたら、先生に『一年前倒しで働け』と拾われました」
準職員扱いで講座助手を務め、研究所の仕事も手伝った。
「え、何ですかその美談」
シビラが感動して目を潤ませる。
「違う、助手にしようと目を付けてた奴がいなくならないように確保しただけだ」
美談と言われて、そんな反応に慣れていないエイダールは嘯く。
「お陰さまで、ずっとこき使われていますので、シビラさんも気をつけてください」
特にここ最近の忙しさと言ったら、とスウェンは愚痴る。実際、本来ならば新学期の準備に宛てる期間にエイダールが神殿に行っていて留守だったため、スウェンの負担は大きかった。
「はい、気をつけます!」
くすっと笑って、シビラは契約書に名前を書く。
「いい話で終われないのかよ……」
先程は美談を否定したエイダールだが、何か酷くないか、と思った。
単純に手が早かっただけとも言えるが、とエイダールが突っ込む。
「いや、息子は……アレンというんだが、エルトリアの実家に残るそうだ」
カスペルは少し遠い目になった。
「え、お前の子なんだろ?」
「ああ、それは間違いない。だが、『血縁上の父親だからと言って、あなたと暮らしたいとは思わない』と言われた」
ずっと父親のいない環境で育ってきたところに、突然父親が現れても、困惑するだろう。母親の実家で祖父母に可愛がられていたのなら、父親を選ぶ可能性は低い。
「しっかりしてんな」
まだ六歳なのに、とエイダールは感心する。
「そうだろう? さすが俺の子だ」
「カスペルお前、七年間存在も知らなかったってのに、よくもまあ恥ずかしげもなく自慢できるな!?」
何一つ育てていないというのに。
「いいじゃないか、本当に考え方も体もしっかりしてる。剣術を習い始めているというから、手合わせしたら俺が負けたくらいだ」
負けたと言いつつ、カスペルは嬉しそうだ。
「六歳の子供相手に剣術で負けたのか? 仕事は文官でも、剣術も一通りは習ってたよな?」
聞き間違いかとエイダールが確認する。護身術程度には剣術を嗜んでいたのを見た記憶があるのだが。
「ほんの数手で剣を叩き落とされたよ。英才教育なんだろう、エルトリアの実家は、あの国では武の双璧と言われる騎士家系の名門の一つだからな」
いくら騎士家系でも六歳なのに? とエイダールは思うが、それよりも気になることがある。
「とりあえずそれはいいとして、子供が残るなら、エルトリア嬢も来ないんじゃないのか?」
母親が幼い子供を置いていくだろうか。
「エルトリアが来るのは確定してる。息子に背中を押された」
「子供に?」
「ああ。エルトリアを連れて行きたいが構わないかと聞いたら、『好きにすればいい、あなたが来てから母は嬉しそうな顔してるし、約束してたんだろ?』って、ちらっと見上げてくるのがまた可愛くてな!」
親馬鹿である。
「残っても、エルトリアの実家は経済状態も安定しているし、祖父母と叔父からも可愛がられているから、とりあえずは本人の希望通りにするつもりだ」
可愛がられ過ぎていて、カスペルが今までの分も含めて養育費を送ると言ったら断られたほどである。本人が望まない限りは籍もそのままにすると言われているので、跡継ぎの確保は出来ていない。
「こちらに来るまでの半年間、エルトリアは説得してみるといっていたから、来てくれると嬉しいが、無理だろうとも言ってたな」
誰に似たのか、頑固な子供のようである。
「あ、もうこんな時間か。すまないがここまでだ、仕事に戻らないと」
時計を見て、カスペルは食器の載ったトレイを持って立ち上がる。
「いや、いい知らせが聞けて安心した、またな」
エイダールが軽く手を上げる。
「僕も戻りますね、失礼します」
ユランも昼休みが終わる時間である。
「さすがギルシェ先生の御友人ですね」
カスペルとユランを見送って、スウェンが呟く。
「さすが? ですか?」
シビラが、一体何がと聞き咎める。
「まともそうに見えてもちょっとおかしいところがよく似ていたと思いませんか」
「あ、確かに!」
カスペルは見た目は何処までも『出来る男』なのに、話を聞いているとどんどん最初の印象が崩れていった。
「お前ら……」
エイダールがぴくぴくと頬を引きつらせる。
「まあいい、シビラはこれをよく読んで署名してくれ、契約書だ」
そう言って、シビラの前に一枚の紙を置いた。
「契約書ですか?」
「今年度、講座の助手として雇うという雇用契約書になります」
手に取って読み始めるシビラに、スウェンが説明する。
「あれ、報酬が発生するんですか?」
読み終わったシビラが、驚いたような声を上げる。
「簡単な手伝いと言っても立派な労働だからな。週に一度数時間ってところだから、僅かだが」
申し訳程度である。
「それと、助手として登録しておかないと、準備室の鍵を借りられないっていう事情もある」
準備室での作業もあるので、鍵を借りられないと困る。学生には貸し出せないので、準職員として登録しておく必要がある。
「いいんですか、鍵を借りられるってことは、私、準備室に出入り自由ってことですよね?」
そんなに信用されてもいいのだろうか。
「出入り自由だとまずいのか? 俺の準備室は特に危険物も金目の物もないから、鍵がなくてもいいくらいなんだが」
エイダールは構わないのだが、アカデミーは構うらしいので、きちんと規則通り施錠している。
「そうではなくて、学生なのに職員扱いっていいのかなって」
後で問題になったりしないのだろうか。
「別にいいだろ。スウェンも卒業前の一年間は学生と助手を兼任してたぞ」
そうなんですか? という顔でシビラがスウェンを見ると、こくりと頷かれた。
「恥ずかしながら、研究職に就くのを家族に反対されまして」
家業を手伝う気がないのなら卒業などしなくていいと仕送りを止められた。
「最終学年の学費は奨学金で何とかなりましたが、生活費をどうしようかと思っていたら、先生に『一年前倒しで働け』と拾われました」
準職員扱いで講座助手を務め、研究所の仕事も手伝った。
「え、何ですかその美談」
シビラが感動して目を潤ませる。
「違う、助手にしようと目を付けてた奴がいなくならないように確保しただけだ」
美談と言われて、そんな反応に慣れていないエイダールは嘯く。
「お陰さまで、ずっとこき使われていますので、シビラさんも気をつけてください」
特にここ最近の忙しさと言ったら、とスウェンは愚痴る。実際、本来ならば新学期の準備に宛てる期間にエイダールが神殿に行っていて留守だったため、スウェンの負担は大きかった。
「はい、気をつけます!」
くすっと笑って、シビラは契約書に名前を書く。
「いい話で終われないのかよ……」
先程は美談を否定したエイダールだが、何か酷くないか、と思った。
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