98 / 178
98「体から始まる恋も、なくはないと」
しおりを挟む
「あの、ジペルスさん、ちょっとお聞きしたいんですが」
警備隊内でそれも隊長が胴元になっての賭け事というのは問題がないのかと、ユランはジペルスに声を掛けた。
「どうしました?」
「僕絡みで、投票券を賭けてるって話を聞いたんですけど」
ジペルスは、それだけで察したらしい。
「ああ、みんな気にしていましたからね、ユランの先生の結婚話が白紙に……じゃなくて誤報だと聞いて、盛り上がってしまって」
ちょうど投票券が配られたところで、誰かが『俺はユランの恋が実るのにこの投票券を賭ける!』と言い出したのを皮切りに、『俺は振られるほうに』という勢力も現れ、結局アルムグレーンが取りまとめることになった。
「いい娯楽になっていたので放っておいたのですが、何か実害があるようならやめさせますよ?」
「実害は特にないですけど」
カイの友情を疑ったが、まあそれはいい。
「それはともかく、賭け事って言うのが気になって」
「問題ありません、今回のような大掛かりなのは初めてですが、新メニュー投票券の譲渡は今までも個人間ではありましたし」
新メニューに特にこだわりがない隊員の場合、人に譲ってしまうことも多い。
「金銭も絡まないし強制参加でもないですし。そもそも、メニュー投票券なんて、他所ではただの紙切れですし」
外部の人間が手に入れて投票したとしても、警備隊の食堂を利用できるのは基本、隊員のみなので、意味がない。
「他所では紙切れでも、ここでは投票券じゃないですか。僕と先生の関係によって、新メニューが変動しちゃったりしませんか?」
「変動しないと思いますよ。例えばユランが振られるに賭けた人が全員、マフィン推しという訳ではないでしょう? どの選択肢にもマフィン派とパイ派は混在してますから、何処に多めに分配されても結果は同じだと」
もちろん誤差はあるだろうが。
「それにしても、自分の恋路が賭けの対象にされてるなんて不愉快だろうから、緘口令を敷いておいたのに」
誰から聞いたんですか? とジペルスは尋ねる。
「カイが、だめなほうに賭けたって口を滑らせて……というか、緘口令を敷くより、賭け自体をやめさせてくださいよ」
気遣いの方向が間違っていると、ユランは思う。
「そうですね、次回からの検討課題にしておきます」
今回は諦めろということである。
「ところで、今日は随分と眠そうですが、先生と行くところまで行ってしまった感じですか? おめでとうございますでいいんですか?」
慈愛に満ちた微笑みを向けられる。
「え、いえ、そのような進展は全く……むしろ子ども扱いが酷くなってるかも」
エイダールはユランの言う『好き』の意味を理解した筈なのに、甘い雰囲気に全くならない。
「ユランは二十一歳でしたよね? つまりユランの先生は二十一年間ずっとユランのことを弟みたいに思ってきた訳ですから、数日でその意識を変えるのは難しいでしょう。逆に、時間をかけて考えてくれているというのが驚きです」
この国は、同性婚は認められているが、異性婚のほうが圧倒的に多く、もともとが弟扱いなら恋愛対象外だと即座に断じられそうなものである。
「そうなんですよね、だから期待していいのかなって思っちゃうんですけど、あまりに男として意識されてなくて! 僕のベッドまで来て無防備に寝こけてて! 危機感が全くなくて! 本当に何を考えているのかさっぱり分からないんですけど!」
昨夜のことを思い出して、ユランは頭を抱える。
「少し強引に迫ってみては?」
うーんと唸って少し考えた後、ジペルスが提案する。
「たとえば?」
「聞いた限りだと、身体的接触もかなり許されてますよね? そこを踏み込んでいきましょう」
「踏み込む……」
具体的にお願いしますという顔でジペルスを見るユラン。
「軽い口付けが許されているなら、もっと深くするとか」
「許されてませんけど!?」
頬への挨拶のキスも難易度が高いのに。
「ベッドに潜り込んでも許される仲なのに、キスもしてないんですか、順番おかしくないですか」
目を瞬かせるジペルス。長年連れ添った夫婦のような空気感で一緒に暮らしているのに。
「えっ、おかしいですか?」
ユランの中では普通のことである。
「いえ、そういうことは人それぞれですからおかしいというのは失礼でしたね……というか弟枠の扱いですよね、それ。ひとつ分かった気がします」
随分な特別枠である。生半可な恋人枠より強そうだ。
「まずは恋愛対象として意識してもらうのが一般的な手順なんでしょうが」
そんなことでエイダールの中にある保護者の壁を崩せる気がしない。
「普通とか一般的では無理だと思います。まあ、体から始まる恋も、なくはないとだけ言っておきます」
「体から始めるんですか? え、もしかして襲えとかそういう?」
それは犯罪である。ユランはぎょっとする。
「もちろん無理矢理はだめです。ですがなし崩しなら。さりげなく抱きついて際どい箇所をさわさわっと」
助言がだんだんと変態じみてくる。抱きつくのは可能だし、お触りも可能だとは思うが、際どい箇所と聞いてエイダールの体を生々しく思い出してしまい、ユランはぶんぶんと頭を横に振った。
「さすがにそれはどうかと!」
「耳まで真っ赤ですよ、何を想像したんですか」
「……………………うわああああっ」
ジペルスは、質問には答えず叫びながら走り去るユランを見送った。
警備隊内でそれも隊長が胴元になっての賭け事というのは問題がないのかと、ユランはジペルスに声を掛けた。
「どうしました?」
「僕絡みで、投票券を賭けてるって話を聞いたんですけど」
ジペルスは、それだけで察したらしい。
「ああ、みんな気にしていましたからね、ユランの先生の結婚話が白紙に……じゃなくて誤報だと聞いて、盛り上がってしまって」
ちょうど投票券が配られたところで、誰かが『俺はユランの恋が実るのにこの投票券を賭ける!』と言い出したのを皮切りに、『俺は振られるほうに』という勢力も現れ、結局アルムグレーンが取りまとめることになった。
「いい娯楽になっていたので放っておいたのですが、何か実害があるようならやめさせますよ?」
「実害は特にないですけど」
カイの友情を疑ったが、まあそれはいい。
「それはともかく、賭け事って言うのが気になって」
「問題ありません、今回のような大掛かりなのは初めてですが、新メニュー投票券の譲渡は今までも個人間ではありましたし」
新メニューに特にこだわりがない隊員の場合、人に譲ってしまうことも多い。
「金銭も絡まないし強制参加でもないですし。そもそも、メニュー投票券なんて、他所ではただの紙切れですし」
外部の人間が手に入れて投票したとしても、警備隊の食堂を利用できるのは基本、隊員のみなので、意味がない。
「他所では紙切れでも、ここでは投票券じゃないですか。僕と先生の関係によって、新メニューが変動しちゃったりしませんか?」
「変動しないと思いますよ。例えばユランが振られるに賭けた人が全員、マフィン推しという訳ではないでしょう? どの選択肢にもマフィン派とパイ派は混在してますから、何処に多めに分配されても結果は同じだと」
もちろん誤差はあるだろうが。
「それにしても、自分の恋路が賭けの対象にされてるなんて不愉快だろうから、緘口令を敷いておいたのに」
誰から聞いたんですか? とジペルスは尋ねる。
「カイが、だめなほうに賭けたって口を滑らせて……というか、緘口令を敷くより、賭け自体をやめさせてくださいよ」
気遣いの方向が間違っていると、ユランは思う。
「そうですね、次回からの検討課題にしておきます」
今回は諦めろということである。
「ところで、今日は随分と眠そうですが、先生と行くところまで行ってしまった感じですか? おめでとうございますでいいんですか?」
慈愛に満ちた微笑みを向けられる。
「え、いえ、そのような進展は全く……むしろ子ども扱いが酷くなってるかも」
エイダールはユランの言う『好き』の意味を理解した筈なのに、甘い雰囲気に全くならない。
「ユランは二十一歳でしたよね? つまりユランの先生は二十一年間ずっとユランのことを弟みたいに思ってきた訳ですから、数日でその意識を変えるのは難しいでしょう。逆に、時間をかけて考えてくれているというのが驚きです」
この国は、同性婚は認められているが、異性婚のほうが圧倒的に多く、もともとが弟扱いなら恋愛対象外だと即座に断じられそうなものである。
「そうなんですよね、だから期待していいのかなって思っちゃうんですけど、あまりに男として意識されてなくて! 僕のベッドまで来て無防備に寝こけてて! 危機感が全くなくて! 本当に何を考えているのかさっぱり分からないんですけど!」
昨夜のことを思い出して、ユランは頭を抱える。
「少し強引に迫ってみては?」
うーんと唸って少し考えた後、ジペルスが提案する。
「たとえば?」
「聞いた限りだと、身体的接触もかなり許されてますよね? そこを踏み込んでいきましょう」
「踏み込む……」
具体的にお願いしますという顔でジペルスを見るユラン。
「軽い口付けが許されているなら、もっと深くするとか」
「許されてませんけど!?」
頬への挨拶のキスも難易度が高いのに。
「ベッドに潜り込んでも許される仲なのに、キスもしてないんですか、順番おかしくないですか」
目を瞬かせるジペルス。長年連れ添った夫婦のような空気感で一緒に暮らしているのに。
「えっ、おかしいですか?」
ユランの中では普通のことである。
「いえ、そういうことは人それぞれですからおかしいというのは失礼でしたね……というか弟枠の扱いですよね、それ。ひとつ分かった気がします」
随分な特別枠である。生半可な恋人枠より強そうだ。
「まずは恋愛対象として意識してもらうのが一般的な手順なんでしょうが」
そんなことでエイダールの中にある保護者の壁を崩せる気がしない。
「普通とか一般的では無理だと思います。まあ、体から始まる恋も、なくはないとだけ言っておきます」
「体から始めるんですか? え、もしかして襲えとかそういう?」
それは犯罪である。ユランはぎょっとする。
「もちろん無理矢理はだめです。ですがなし崩しなら。さりげなく抱きついて際どい箇所をさわさわっと」
助言がだんだんと変態じみてくる。抱きつくのは可能だし、お触りも可能だとは思うが、際どい箇所と聞いてエイダールの体を生々しく思い出してしまい、ユランはぶんぶんと頭を横に振った。
「さすがにそれはどうかと!」
「耳まで真っ赤ですよ、何を想像したんですか」
「……………………うわああああっ」
ジペルスは、質問には答えず叫びながら走り去るユランを見送った。
1
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
第十王子は天然侍従には敵わない。
きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」
学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。
繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
俺の婚約者は悪役令息ですか?
SEKISUI
BL
結婚まで後1年
女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン
ウルフローレンをこよなく愛する婚約者
ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい
そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
勘弁してください、僕はあなたの婚約者ではありません
りまり
BL
公爵家の5人いる兄弟の末っ子に生まれた私は、優秀で見目麗しい兄弟がいるので自由だった。
自由とは名ばかりの放置子だ。
兄弟たちのように見目が良ければいいがこれまた普通以下で高位貴族とは思えないような容姿だったためさらに放置に繋がったのだが……両親は兎も角兄弟たちは口が悪いだけでなんだかんだとかまってくれる。
色々あったが学園に通うようになるとやった覚えのないことで悪役呼ばわりされ孤立してしまった。
それでも勉強できるからと学園に通っていたが、上級生の卒業パーティーでいきなり断罪され婚約破棄されてしまい挙句に学園を退学させられるが、後から知ったのだけど僕には弟がいたんだってそれも僕そっくりな、その子は両親からも兄弟からもかわいがられ甘やかされて育ったので色々な所でやらかしたので顔がそっくりな僕にすべての罪をきせ追放したって、優しいと思っていた兄たちが笑いながら言っていたっけ、国外追放なので二度と合わない僕に最後の追い打ちをかけて去っていった。
隣国でも噂を聞いたと言っていわれのないことで暴行を受けるが頑張って生き抜く話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる