上 下
97 / 178

97「俺、だめなほうに賭けたのに!」

しおりを挟む
「ユラン先輩、おはようございます」
「……うん、おはよう」
 ふらふらと西区警備隊詰所の門をくぐったユランは、新人隊員の声に顔を上げ、挨拶を返した。
「おはようユラン、休み明けなのにどうしたんだよ?」
 欠伸が止まらないユランに、カイが首を傾げる。
「おはようカイ。寝不足なだけ」
 ちょっと完徹しただけである。
「確かにすげー眠そうだけど、昨日の休みになんかあったのか?」
 疲れるようなことが? と問われる。
「昨日は、魔獣討伐の見学に行く先生の護衛を」
「魔獣討伐の見学?」
 意味が分からん、という顔になるカイ。
「見学してどうするんだ」
 魔獣討伐に行った、というならまだ分かるのだが。
「ええっと、正確には、魔獣討伐をする弓使いの人の腕を見に」
 ケニスの射る矢の飛距離の謎を解くのと、魔弓を持たせても大丈夫な人柄なのかを見に行った。
「魔獣の数が多かったから、結局一緒に狩ってたけど」
 というか、ほとんどエイダールが倒した。
「予定より遅くなって、家に帰りついた時にはもう星が出てた」
「そっか、帰りが遅くなった所為で、睡眠時間がちゃんと取れなかったんだな」
 カイは勝手に納得したが、真実は違う。
「ちゃんとというか、一睡もしてない……出来なかった」
「一睡もしてない?」
 それは異常な事態である。
「だって先生がっ! 先生が僕のベッドで寝てるんだよ!?」
 叫ぶような声で、更なる異常事態を知らされる。
「先生がお前のベッドに? え、寝たってことか?」
 カイは目を見開く。
「嘘だろ、先生とうまくいったのか? 俺、だめなほうに賭けたのに!」




「賭けた?」
 ユランが、その単語に引っ掛かる。
「あ」
 まずい、という顔で目を逸らすカイ。
「カイ、説明を」
「……ユランが、ユランの先生とどうなるかってのをみんなで賭けてて」
 西区警備隊内での娯楽になっていたらしい。
「今月末までに、付き合うことになるか、振られるか、現状維持かの三択で」
「それでカイは、僕が振られるほうに賭けたんだ……?」
 友達なのに酷くない? とユランは真顔になる。
「友達としてはうまくいけばいいなって思ってたぞ? だけど、それとこれとは別というかなんというか」
 情に流されて、低い可能性に賭けることは出来ない。
「あの、賭けと言っても、賭けられているのは新メニューへの投票券ですので、賭け事と言うほどのことではなくて」
 金銭は絡んでいないのだと、カイの横から、新人が恐る恐るといった感じで口を挟んでくる。
「新メニュー? 食堂の?」
 警備隊詰所内の食堂は、毎年春にメニューの入れ替えがある。不人気メニューが姿を消し、新しいものが入る。不人気メニューは一年間の統計から、新メニューは、作り手側から提案されたものの中から、隊員たちの投票で決まる。
「そうだよ。普段なら一人一票だけど、賭けに勝ったほうが、負けたほうの投票券を山分けできるってことになってて」
 勝てば、自分が好きなメニューをより多く推せる。
「投票券を賭けてまですることかな? 今年はどっちもお菓子だよね、マフィンとパイだっけ」
 甘いものは今までなかったのだが、今年から提供することになったらしい。
「チョコチップマフィンとカスタードパイだよ。チョコ派とカスタード派で熾烈な争いが勃発してるんだぞっ」
「…………」
 ユランとしては、どちらも美味しそうだと思うが、争うほどのことでもない。


「三人ともまだこんなところにいたのか、そろそろ申し送りが始まるぞ」
 ヴェイセルが呼びに来る。
「すぐ行きます!」
 だらだら喋っている場合ではなかった。
「そういえば先輩は、どっちに賭けたんですか?」
 足早に歩きながら、ユランはヴェイセルに尋ねる。
「賭け?」
 賭け事はだめだろう、とヴェイセルは眉をひそめたが。
「僕と先生がうまくいくかどうか、みんなが賭けてるって」
 カイが言ってましたけど? とユランが言うと、その件か、と納得したような顔になる。
「賭けって言っても金が絡まない奴な。俺はユランがうまくいくほうに賭けたぞ」
 当然だろ? 祈ってるからな、と笑う。ヴェイセルは情に厚いようだ。
「ありがとうございます、先輩」
「ヴェイセル先輩、応援してる場合じゃありませんよ、ユランのやつ、昨夜先生と寝たって!」
「えっ」
 カイからの情報に、ヴェイセルが本当なのかとユランを見る。
「先生が寝てる横で一睡も出来ずに寝顔見てただけですけど」
 想像されるようなことはやっていない。匂いは存分に嗅いだが。
「どういう状況だよ……」
「僕がベッドに行ったら、もう先生がすやすや寝てて」
 手を出すこともできないが、眠ることも出来なくて。
「すやすやかよ……信用されてるんだな」
「本当にそう思いますか?」
 ユランに詰め寄られて、ヴェイセルは溜息を落とす。
「男と思われてない可能性が高いことは黙っててやろうと思ったのに、自分で傷を抉りにくるのか」
「やっぱりそうですよね」
 ユランも大きく息を吐いた。弟枠からの脱却は難しそうだ。




「ユラン、さっき『先生が僕のベッドで』みたいな叫び声が聞こえてきた気がするんだが?」
 申し送りを終えた直後、ユランは隊長のアルムグレーンに捕まった。昂った声がここまで届いていたらしい。
「気の所為だと思います」
 ユランは誤魔化す。賭けの話を隊長に話すのは良くないと思ったからである。
「うまくいってもいかなくても報告しろよ、期日は今月末な」
「え、何で」
 いくら隊長でも、そんな私的なことを報告させるのはどうかと思う。
「投票券の分配をしなきゃならんだろうが」
 投票券と言われて、ユランははっとなる。
「まさか隊長も賭けに参加を……?」
「俺が胴元だが?」
 西区警備隊大丈夫かな、とユランはひっそりと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

俺の婚約者は悪役令息ですか?

SEKISUI
BL
結婚まで後1年 女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン ウルフローレンをこよなく愛する婚約者 ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う

まと
BL
色々と煩わしい為、そろそろ公爵家跡取りエルの取り巻きをこっそりやめようかなと一人立ちを決心するファヌ。 新たな出逢いやモテ道に期待を胸に膨らませ、ファヌは輝く学園生活をおくれるのか??!! ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

処理中です...