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95「一生分の反省をしてる気がする」
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「どうした、仕切り直しか?」
洞窟に戻ってきたエイダールたちを見て、横になっていたブレナンが、魔術師の手を借りて体を起こす。大分回復したようだ。その下の土はふかふかになっている。
「いや、もう終わった」
「は? 何言ってんだ、魔獣百体をこんな短時間で倒せる訳ないだろ」
ケニスの報告に、ブレナンは目を見開く。
「百体を一気に閉じ込めてぎゅうっと固めて凍らせてたぞ」
洩れたのは弓で射って氷漬けにして落とした。
「俺、夢を見てるのか? 実は毒で頭がおかしくなってるとかか?」
報告が信じられず、よたよたと洞窟の外に出たブレナンは、息を呑む。半球状の氷の中に、鳥型の魔獣がみっちり詰まっている。聞いた通りだ。
「現実ですよ」
肩を貸していたユランは、先生がやったのだと自慢げだ。
「この数を持ち帰るのは無理だから、ギルドに要請して回収してもらうといい。依頼書と実際の魔獣の数が違うことの文句も言っとけ」
数体ならまだしも、十倍違えば事件性も疑われる。そう暗に示しながら、エイダールは続ける。
「あの冒険者ギルドのギルドマスターって魔剣使いだよな? この氷はその魔剣で斬れるように設定しといたから」
エイダールは、ギルドマスターの魔剣の性質には詳しい。
「回収まで視野に入れてんのかよ……本当に何者なんだよあんたは」
「ただの研究者だよ」
それだけではないが。
「じゃあ俺たちはここで」
「お疲れさまでした!」
少し休んでから帰路に就き、冒険者ギルドの前に辿り着いた時には星が出ていた。エイダールとユランは、ケニスたちに暇を告げる。
「魔導回路が組み上がったらまた連絡する」
「分かった、楽しみに待っている」
「今日は世話になったな、気を付けて帰れよ」
ブレナンが手を振る。
「ああ、お疲れさん、そっちはまだ一仕事だな、頑張れよ」
「おう」
ブレナンには、冒険者ギルドに文句をつける仕事が残っていた。
「眠い」
エイダールは握っていたペンを取り落としそうになった。
「見るだけだった筈なのに、結構働きましたもんね」
横に座ってお茶を飲みつつお菓子をかじっていたユランが、当然だとばかりに頷く。食事を済ませてから帰宅し、風呂上がりに少し作業をしようと思ったのだが、とにかく眠い。
「仕上げてから寝るつもりだったけど明日にするか……」
魔弓用の魔導回路を組み上げてしまうつもりだったが、眠くて無理そうなので、机の上を片付ける。
「俺は寝る、おやすみ」
「はい、おやすみなさい先生、僕も寝ます」
ユランも飲んでいたお茶を片付けるために立ち上がる。
「あ、今夜一緒に寝ていいですか?」
「…………一緒に?」
寝室もベッドも分けている筈なのだが。
「大きい魔法を使った後の先生って、いい匂いが濃くなるんですよね」
「そうなの、か?」
魔力を大量に消費した後は、体が魔力の生成量を上げるので、匂いが濃くなるという理屈は分からないでもない。
「そうなんです、今日の先生はきっといつもより濃くていい匂いが! そんな先生の匂いに包まれて眠りたいという、僕のささやかな願いを叶えていただく訳にはいかないでしょうか」
「何でそんなもんを叶えなきゃならんのだ」
いくらいい匂いと評されても、匂うと言われること自体が何となく嫌である。
「だって、ずっと待ってるのに、返事は保留にされたままだし」
即座に振られると思っていたが、検討すると言われ、時間があけばあくほど、もしかしてと期待してしまう。どこまで許されるのかを試してみたくなってしまう。
「その件に関しては悪いと思ってるが、思い出さなきゃならんことと、確認事項が多くてだな」
今までのユランとのことを、自分が恋慕われているという前提で思い出してみているところである。
「思い出す度に、直視できなくなるから時間が掛かってる」
「直視できないんですか?」
何で? とユランが首を傾げる。ユランにとってエイダールとの思い出を振り返るのは楽しいことだ。
「自分の鈍さに呆れるんだよ」
前提を変えると、時折感じていた小さな違和感がきれいに消えていくのである。大切にしていたつもりだったのに、自分はどれだけユランの気持ちを踏みにじって来たのだろう。
「この数日で俺は、一生分の反省をしてる気がする」
基本的に反省しないエイダールが、である。
「もしかして、その罪悪感に付け込めということでしょうか」
茶器を洗っていたユランが、はっと顔を上げる。
「そんなことは言ってない」
ユランはごくごくまともな性格なのだが、エイダールが絡むと、斜め上を通り越して空まで駆け上がりそうになることがある。
「……が、まあ今日はいいや、一緒に寝てやる」
眠さが勝ったエイダールは、面倒になって許可を与えた。
「いいんですか!?」
思わず力が入り、ユランは持っていた茶器にひびを入れそうになる。
「別に匂いをかがれるくらいなんてことないしな……ああでも俺のベッドだと狭いんだよな、お前のベッドでいいか?」
ユランのベッドはユランに合わせた特注の大きなものを入れてある。
「い、いいですけど、え、いいんですか? 僕の部屋で? 僕のベッドで?」
エイダールを自分の部屋に迎え入れるという想定外の事態に、ユランはどう対応していいのか分からなくなる。
「お前が嫌ならやめるぞ」
「嫌じゃないです、どうぞお越しください」
こんな機会を逃せる訳がない。
「よし、じゃあ先に行ってるぞ」
エイダールは、ふわああっと欠伸をしながら、ユランの部屋に向かって歩いて行った。
「僕の、ベッドで、先生が、寝てる」
ユランは急いで寝支度を調えて自室に戻ったが、既にエイダールは夢の中だった。ユランのベッドの端の方で上掛けを半端に抱えて寝息を立てている。
「本物だよ、うわあ」
首筋に顔を埋めると、大好きな匂いがする。
「どうしよう……」
何もしてはいけない訳だが、いろいろ元気になり過ぎて、ユランは一睡もできなかった。
洞窟に戻ってきたエイダールたちを見て、横になっていたブレナンが、魔術師の手を借りて体を起こす。大分回復したようだ。その下の土はふかふかになっている。
「いや、もう終わった」
「は? 何言ってんだ、魔獣百体をこんな短時間で倒せる訳ないだろ」
ケニスの報告に、ブレナンは目を見開く。
「百体を一気に閉じ込めてぎゅうっと固めて凍らせてたぞ」
洩れたのは弓で射って氷漬けにして落とした。
「俺、夢を見てるのか? 実は毒で頭がおかしくなってるとかか?」
報告が信じられず、よたよたと洞窟の外に出たブレナンは、息を呑む。半球状の氷の中に、鳥型の魔獣がみっちり詰まっている。聞いた通りだ。
「現実ですよ」
肩を貸していたユランは、先生がやったのだと自慢げだ。
「この数を持ち帰るのは無理だから、ギルドに要請して回収してもらうといい。依頼書と実際の魔獣の数が違うことの文句も言っとけ」
数体ならまだしも、十倍違えば事件性も疑われる。そう暗に示しながら、エイダールは続ける。
「あの冒険者ギルドのギルドマスターって魔剣使いだよな? この氷はその魔剣で斬れるように設定しといたから」
エイダールは、ギルドマスターの魔剣の性質には詳しい。
「回収まで視野に入れてんのかよ……本当に何者なんだよあんたは」
「ただの研究者だよ」
それだけではないが。
「じゃあ俺たちはここで」
「お疲れさまでした!」
少し休んでから帰路に就き、冒険者ギルドの前に辿り着いた時には星が出ていた。エイダールとユランは、ケニスたちに暇を告げる。
「魔導回路が組み上がったらまた連絡する」
「分かった、楽しみに待っている」
「今日は世話になったな、気を付けて帰れよ」
ブレナンが手を振る。
「ああ、お疲れさん、そっちはまだ一仕事だな、頑張れよ」
「おう」
ブレナンには、冒険者ギルドに文句をつける仕事が残っていた。
「眠い」
エイダールは握っていたペンを取り落としそうになった。
「見るだけだった筈なのに、結構働きましたもんね」
横に座ってお茶を飲みつつお菓子をかじっていたユランが、当然だとばかりに頷く。食事を済ませてから帰宅し、風呂上がりに少し作業をしようと思ったのだが、とにかく眠い。
「仕上げてから寝るつもりだったけど明日にするか……」
魔弓用の魔導回路を組み上げてしまうつもりだったが、眠くて無理そうなので、机の上を片付ける。
「俺は寝る、おやすみ」
「はい、おやすみなさい先生、僕も寝ます」
ユランも飲んでいたお茶を片付けるために立ち上がる。
「あ、今夜一緒に寝ていいですか?」
「…………一緒に?」
寝室もベッドも分けている筈なのだが。
「大きい魔法を使った後の先生って、いい匂いが濃くなるんですよね」
「そうなの、か?」
魔力を大量に消費した後は、体が魔力の生成量を上げるので、匂いが濃くなるという理屈は分からないでもない。
「そうなんです、今日の先生はきっといつもより濃くていい匂いが! そんな先生の匂いに包まれて眠りたいという、僕のささやかな願いを叶えていただく訳にはいかないでしょうか」
「何でそんなもんを叶えなきゃならんのだ」
いくらいい匂いと評されても、匂うと言われること自体が何となく嫌である。
「だって、ずっと待ってるのに、返事は保留にされたままだし」
即座に振られると思っていたが、検討すると言われ、時間があけばあくほど、もしかしてと期待してしまう。どこまで許されるのかを試してみたくなってしまう。
「その件に関しては悪いと思ってるが、思い出さなきゃならんことと、確認事項が多くてだな」
今までのユランとのことを、自分が恋慕われているという前提で思い出してみているところである。
「思い出す度に、直視できなくなるから時間が掛かってる」
「直視できないんですか?」
何で? とユランが首を傾げる。ユランにとってエイダールとの思い出を振り返るのは楽しいことだ。
「自分の鈍さに呆れるんだよ」
前提を変えると、時折感じていた小さな違和感がきれいに消えていくのである。大切にしていたつもりだったのに、自分はどれだけユランの気持ちを踏みにじって来たのだろう。
「この数日で俺は、一生分の反省をしてる気がする」
基本的に反省しないエイダールが、である。
「もしかして、その罪悪感に付け込めということでしょうか」
茶器を洗っていたユランが、はっと顔を上げる。
「そんなことは言ってない」
ユランはごくごくまともな性格なのだが、エイダールが絡むと、斜め上を通り越して空まで駆け上がりそうになることがある。
「……が、まあ今日はいいや、一緒に寝てやる」
眠さが勝ったエイダールは、面倒になって許可を与えた。
「いいんですか!?」
思わず力が入り、ユランは持っていた茶器にひびを入れそうになる。
「別に匂いをかがれるくらいなんてことないしな……ああでも俺のベッドだと狭いんだよな、お前のベッドでいいか?」
ユランのベッドはユランに合わせた特注の大きなものを入れてある。
「い、いいですけど、え、いいんですか? 僕の部屋で? 僕のベッドで?」
エイダールを自分の部屋に迎え入れるという想定外の事態に、ユランはどう対応していいのか分からなくなる。
「お前が嫌ならやめるぞ」
「嫌じゃないです、どうぞお越しください」
こんな機会を逃せる訳がない。
「よし、じゃあ先に行ってるぞ」
エイダールは、ふわああっと欠伸をしながら、ユランの部屋に向かって歩いて行った。
「僕の、ベッドで、先生が、寝てる」
ユランは急いで寝支度を調えて自室に戻ったが、既にエイダールは夢の中だった。ユランのベッドの端の方で上掛けを半端に抱えて寝息を立てている。
「本物だよ、うわあ」
首筋に顔を埋めると、大好きな匂いがする。
「どうしよう……」
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