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91「魔獣討伐の見学はデートじゃない」

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「今週は俺たち週末が休みだから先生と休みが被るんじゃないのか?」
 警備隊の詰所で勤務割表を見ていたヴェイセルに問われて、ユランは頷く。
「はい」
 エイダールは平日働いて週末休みという形だが、ユランは日勤夜勤非番休日が入り乱れる上に週単位での調整はないので、休日が完全に重なることは少ない。
「どうするんだ? 何か予定は立てたのか? デートっぽいことをしたほうがいいんじゃないのか……まだ振られてないんだよな?」
 想いは伝えられたが、付き合っている訳ではない。
「返事は保留にされたままですけど、まだっていう言い方やめてくださいよ」
 予定された未来のように言うのはやめてほしい、言霊というのは割とあるのだ。
「僕も、ちゃんとデートと認識してデートして貰ったことないから、今週末には! って意気込んでたんですけど、先生の方にもう予定が入ってて」
 あっさりと断られた。
「他の男と出掛ける約束があるそうです」
 酷くないですか? とユランは頬をふくらませる。
「おいおい、結婚の話が勘違いだったって分かったばっかりなのに、もう次の男の影があるのかよ」
「そうみたいです」
 今朝、出掛けに聞いた話なので、詳しいことは分からないが。
「それはさすがに蔑ろにされ過ぎてないか?」
「付き合ってる訳じゃないから、責めることも出来ないじゃないですか」
 幼馴染みという関係のユランには、そういう権利がない。傷付くことも出来ない。
「そうかもしれないが、告白の返事を保留にしたままやることじゃないだろ」
 倫理とか、道徳的な意味合いで。






「週末の約束の相手? ユランが言ってた弓使いだよ、ケニスとか言う」
 誰と会うのかを聞いてみるくらいは許されるだろうと、夕食の席で話を振ったユランは、拍子抜けした。魔弓である短弓が戻ってきたら、有効活用してくれそうな彼に譲りたいという話はしたが。
「弓使いの人と会ってどうするんですか?」
「飛距離が普通より長いって言ってただろ? 実際に見せてもらおうと思ってな。少し前から連絡取ってて、なかなか予定が合わなかったんだが、週末にギルドの依頼で鳥系の魔獣討伐に行くっていうから、同行させてもらうことにした」
 何度かギルド経由で紙鳥のやり取りをしたあと、『自分の身は自分で守る』という条件で許可を貰った。
「デートですか?」
「は?」
 魔獣討伐に同行すると言っているのに、何を寝言を言っているのだろう。
「魔獣討伐に行くんだぞ? と言っても、依頼も受けずパーティにも入らず、近くで見てるだけなんだけどな」
 見るだけで、依頼には関与しないし、デートでは絶対にない。
「じゃあ僕は、その見てるだけの先生を見に行ってもいいですか?」
「…………」
 ユランから、自分を見に行きたいという謎の要望を告げられ、さらに許可を求められて、エイダールは無言になった。
「だめですか?」
「何か意味があるのか、それ」
 ユラン自身に何の益もないと思うのだが。
「先生と一緒に居られるじゃないですか」
 きらきらした笑顔で言いきられる。


「ユラン、俺たち、今、一緒に住んでるよな?」
「はい」
 今月から晴れて同居である。
「飯も可能な限り一緒に食ってる」
「はい」
 同居したことで、来るか来ないかを考えずに済むようになり、献立も組み立てやすくなった。
「買い出しなんかも都合が合えば一緒に行ってるよな?」
「はい」
 それはもうべったりである。
「それだけ一緒にいるのに、休日にわざわざ魔獣討伐にくっついてきてまで俺といる意味あるか?」
「あります!」
 ユランは即答だった。
「だって僕、先生にデートって認識してデートして貰ったことないんですよ?」
 鈍いエイダールが全面的に悪い。
「魔獣討伐の見学はデートじゃないことを、まず認識しろ」
 ぴしりと言い渡す。
「どうしてもだめですか?」
 ちらっちらっと見てくるユランが鬱陶しい……が可愛い。
「分かった、お前を護衛に雇うことにする」
 無意味に周辺をうろつかれては、同行者に迷惑だろう。
「いいんですか?」
 ぱあっと明るい顔になるユラン。
「だめって言ったって結局ついてくるんだろう?」
「はい」
 それなら、監視下に置いておいた方が安心である。




「そういや、この間のは実績になったのか?」
「実績?」
 何の話だろうとユランは首を傾げる。
「魔獣討伐だよ、冒険者としての実績になったのか?」
「え、どうなんだろう」
 警備隊に騎士団から依頼が来て参加したので、冒険者としての実績にはなっていない気がする。
「それなら、護衛の仕事は冒険者ギルドに指名依頼の形で出すことにするか。時々依頼達成実績作っとかないと、等級が下がるからな」
「あ、そうですね、お願いします」
 冒険者の等級は、一部を除き、一定期間まったく依頼を受けないと下がっていく。冒険者として稼いでいる者は気にすることもないが、ユランのように本業が冒険者でない場合、気がついた時には下がっているということがままある。等級が下がると、受けられる依頼が減るので、いざという時に困る。
「よし、じゃあ週末は朝一番で冒険者ギルドに行くからな。準備は前日のうちにしておくように」
「はい!」
 嬉しそうなユランの顔には『わーい、デートだ!』と書いてあるようだった。
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