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90「持ち帰って検討する」
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「まあ、その、あんたに、ユランの気持ちに応える義務はないけどさ」
ユランの『好き』を、恋愛感情だと理解したところで、エイダールの方に同じものが芽生える訳ではない。
「振るにしても、ちゃんと向き合ってからにしてやってほしい」
ヴェイセルは、他人の恋愛にそこまで首を突っ込んでいいものかと悩んだが、ひたすらエイダールを慕うユランをずっと見てきた先輩として、それだけは言いたかった。
「分かった、持ち帰って検討する」
エイダールは、官僚のようなことを言い出す。
「検討してくれるんだ……」
秒で振られる予感しかなかったユランが、びっくりしたような顔になる。
「さすがに俺も今すぐ結論は出せん」
拾った卵から孵ったものを、蜥蜴と思って育てていたら竜でした、みたいな状況である。前提条件が違い過ぎて、仕切り直さないとどうにもならない。
「そういえば、サルバトーリ卿が結婚するのは事実なんですよね? ギルシェ先生ではない別の婚約者が存在するということですよね?」
スウェンが、ふと思い出したように話題を変える。
「そうだな、『親から結婚の許可が下りた』って段階で、結婚出来るかどうかは謎だけどな」
エイダールとしては、多分出来ないと思っている。
「どうしてですか? 今も相手の御両親のところに挨拶に行ってるんですよね」
着々と結婚に向かって進んでいるように、ユランは思う。
「そうだな、既に向こうは発っているようだから、数日中には戻るだろうが」
「往復一ヶ月掛かるって言ってましたけど、一体何処まで行ってるんですか? 先生と僕の故郷に行くにしては長過ぎるって思ったんですけど、相手は先生じゃないってことだし」
「西の大陸だ」
エイダールたちが暮らしているのは中央大陸である。
「違う大陸の方なんですか!?」
知り合うのも大変そうである。
「そうだよ、西の大陸の中ほどに位置する王国の御令嬢に一目惚れしたらしい」
「そっか、西の大陸には船で片道二週間てとこですもんね、確かに往復一ヶ月だ」
ユランは漸く納得がいく。
「どんな御令嬢なんですか? いつ知り合われたんですか?」
恋愛話にシビラが食いつく。
「侯爵家の御令嬢だったかな。知り合ったのはカスペルが西の大陸に、使節として行った時で……七年前だとすると、ニ十歳くらいの時か。仕事上で会う機会があったらしい」
「年齢は?」
「一つ年下って言ってたから、今は二十六歳かな」
「一目惚れされるなら美人さんですよね!」
「俺は話を聞いただけで会ったことはないから分からん。カスペルが言うには『強くて優しくて逞しくてかっこいい』だったかな」
「それ、御令嬢につく形容詞なんですか……?」
他はともかく、逞しいという単語に、シビラは引っ掛かる。筋肉が盛り盛りなのだろうか。
「御令嬢の話をしててそう説明されたんだから、そうだと思うぞ。あの時は、カスペルに結婚する気があったことに驚いて、そっちまで気が回らなかったが」
カスペルは学生時代、『イーレン以上の顔とエイダール以上の才能があるなら話を聞こう』と、未来の公爵夫人の座を射止めようと群がってくる令嬢たちを蹴散らしていた。当時のイーレンは美少女と言って差し支えない容貌を持ち、エイダールは百年に一度の才能の持ち主と言われていたので、結婚する気がなかったとしか思えない。エイダールもイーレンも、名前を使われていたことを後から知ったが、何故かイーレンにだけ『お幸せに!』と涙を拭いながら言いに来る令嬢が後を絶たなかったというオチがついている。
「それはともかく、素敵ですよね、結婚を反対されても七年も思いあってた純愛が、やっと実るってことでしょう?」
シビラはうっとりと手のひらを胸の前で組む。
「実らないと思う」
「何でですか」
即座に否定したエイダールをシビラは不思議そうに見る。
「七年間、二人の間に交流はなかった」
「えっ」
「女性の意見を聞いてみたい、シビラ、考えてみてくれ」
「はい」
エイダールに真面目な顔をされて、シビラは背筋を伸ばす。
「知り合って二週間足らずの男が『結婚しよう、両親の許可を貰って迎えに来る』と言って別の大陸に去っていくとする」
「二週間しか付き合ってないんですか!?」
一目惚れから二週間で婚約、展開が早過ぎる。
「知り合ってから二週間だ。付き合ったのは二日くらいらしい。で、迎えにも来ないし、連絡もないとしたら、どうする?」
「本気じゃなかったんだろうなって思って忘れますね」
旅先での火遊びだったのだろう。そんな男を待ってなどいられない。
「俺が実らないって言ってんのはそういう理由だ」
「で、でも燃えるような恋をしちゃってたら、待っちゃうかも」
「何の連絡もない男を待てるのか?」
「……一ヶ月くらいなら」
一気に燃え上がった恋は、冷めるのも早い気がする。
「それでも好きだったら、こっちから連絡しますよね、どうなってるのか」
「彼女からの連絡もない」
「それならもう絶望的ですね」
当時二十歳前後で侯爵令嬢ともなれば引く手数多だろう。七年も経ってのこのこ迎えに行っても、既に人妻という可能性が高い。
「カスペルさんは、どうして連絡しなかったんですか? 許可が下りなくても、諦めてないなら現況を知らせて待っててほしいって言えばいいのに」
今度はユランが質問する。
「あいつ、家族には連絡とか報告とかを疎かにする癖があるんだよ」
「癖? 家族だからこそ心配かけないようにいつ帰るとか伝えるものでは……」
ユランには理解できない。
「あいつの家は、知っての通り父親は宰相で、母親は王妃候補とも言われた才媛だ。揃いも揃って、一を聞いて十を知るって人間なんだよ。つまり、連絡や報告がなくても察しちゃうんだよな」
言葉は少なくても家族仲は普通である。
「言葉にしないと伝わらないものってあると思うんですけど……言葉にしても伝わらないものもあるのに」
幼馴染みに対する恋心とか、恋心とか、恋心とか。
「カスペルは職場も父親と同じだからな、お互い仕事の進捗具合も把握してるもんだから、余計に家族間の連絡が疎かに」
手にした書類をちらりと見れば、次の行動が読める、そんな世界である。
「問題は、それを婚約者にも適用したことだ。何一つ連絡しなくても察して、待っててくれると思っている」
ずっと結婚するために努力をしていたことが、伝わっていると思っている。
「え、無理だろ。違う大陸にいたらお互いの状況なんて見ることも聞くことも出来ないし、それで察しろなんてさ」
ヴェイセルが、無理無理無理、と三度繰り返す。海を越えて飛んでくる噂など限られているし、伝わってくる内容も歪んでいく。
「ま、そういうことで、カスペルが戻ってきたら、残念会を開いてやらないとな」
破談になって出番もなくなると踏んで、預かった腕輪に何も手を付けていないエイダールだった。
ユランの『好き』を、恋愛感情だと理解したところで、エイダールの方に同じものが芽生える訳ではない。
「振るにしても、ちゃんと向き合ってからにしてやってほしい」
ヴェイセルは、他人の恋愛にそこまで首を突っ込んでいいものかと悩んだが、ひたすらエイダールを慕うユランをずっと見てきた先輩として、それだけは言いたかった。
「分かった、持ち帰って検討する」
エイダールは、官僚のようなことを言い出す。
「検討してくれるんだ……」
秒で振られる予感しかなかったユランが、びっくりしたような顔になる。
「さすがに俺も今すぐ結論は出せん」
拾った卵から孵ったものを、蜥蜴と思って育てていたら竜でした、みたいな状況である。前提条件が違い過ぎて、仕切り直さないとどうにもならない。
「そういえば、サルバトーリ卿が結婚するのは事実なんですよね? ギルシェ先生ではない別の婚約者が存在するということですよね?」
スウェンが、ふと思い出したように話題を変える。
「そうだな、『親から結婚の許可が下りた』って段階で、結婚出来るかどうかは謎だけどな」
エイダールとしては、多分出来ないと思っている。
「どうしてですか? 今も相手の御両親のところに挨拶に行ってるんですよね」
着々と結婚に向かって進んでいるように、ユランは思う。
「そうだな、既に向こうは発っているようだから、数日中には戻るだろうが」
「往復一ヶ月掛かるって言ってましたけど、一体何処まで行ってるんですか? 先生と僕の故郷に行くにしては長過ぎるって思ったんですけど、相手は先生じゃないってことだし」
「西の大陸だ」
エイダールたちが暮らしているのは中央大陸である。
「違う大陸の方なんですか!?」
知り合うのも大変そうである。
「そうだよ、西の大陸の中ほどに位置する王国の御令嬢に一目惚れしたらしい」
「そっか、西の大陸には船で片道二週間てとこですもんね、確かに往復一ヶ月だ」
ユランは漸く納得がいく。
「どんな御令嬢なんですか? いつ知り合われたんですか?」
恋愛話にシビラが食いつく。
「侯爵家の御令嬢だったかな。知り合ったのはカスペルが西の大陸に、使節として行った時で……七年前だとすると、ニ十歳くらいの時か。仕事上で会う機会があったらしい」
「年齢は?」
「一つ年下って言ってたから、今は二十六歳かな」
「一目惚れされるなら美人さんですよね!」
「俺は話を聞いただけで会ったことはないから分からん。カスペルが言うには『強くて優しくて逞しくてかっこいい』だったかな」
「それ、御令嬢につく形容詞なんですか……?」
他はともかく、逞しいという単語に、シビラは引っ掛かる。筋肉が盛り盛りなのだろうか。
「御令嬢の話をしててそう説明されたんだから、そうだと思うぞ。あの時は、カスペルに結婚する気があったことに驚いて、そっちまで気が回らなかったが」
カスペルは学生時代、『イーレン以上の顔とエイダール以上の才能があるなら話を聞こう』と、未来の公爵夫人の座を射止めようと群がってくる令嬢たちを蹴散らしていた。当時のイーレンは美少女と言って差し支えない容貌を持ち、エイダールは百年に一度の才能の持ち主と言われていたので、結婚する気がなかったとしか思えない。エイダールもイーレンも、名前を使われていたことを後から知ったが、何故かイーレンにだけ『お幸せに!』と涙を拭いながら言いに来る令嬢が後を絶たなかったというオチがついている。
「それはともかく、素敵ですよね、結婚を反対されても七年も思いあってた純愛が、やっと実るってことでしょう?」
シビラはうっとりと手のひらを胸の前で組む。
「実らないと思う」
「何でですか」
即座に否定したエイダールをシビラは不思議そうに見る。
「七年間、二人の間に交流はなかった」
「えっ」
「女性の意見を聞いてみたい、シビラ、考えてみてくれ」
「はい」
エイダールに真面目な顔をされて、シビラは背筋を伸ばす。
「知り合って二週間足らずの男が『結婚しよう、両親の許可を貰って迎えに来る』と言って別の大陸に去っていくとする」
「二週間しか付き合ってないんですか!?」
一目惚れから二週間で婚約、展開が早過ぎる。
「知り合ってから二週間だ。付き合ったのは二日くらいらしい。で、迎えにも来ないし、連絡もないとしたら、どうする?」
「本気じゃなかったんだろうなって思って忘れますね」
旅先での火遊びだったのだろう。そんな男を待ってなどいられない。
「俺が実らないって言ってんのはそういう理由だ」
「で、でも燃えるような恋をしちゃってたら、待っちゃうかも」
「何の連絡もない男を待てるのか?」
「……一ヶ月くらいなら」
一気に燃え上がった恋は、冷めるのも早い気がする。
「それでも好きだったら、こっちから連絡しますよね、どうなってるのか」
「彼女からの連絡もない」
「それならもう絶望的ですね」
当時二十歳前後で侯爵令嬢ともなれば引く手数多だろう。七年も経ってのこのこ迎えに行っても、既に人妻という可能性が高い。
「カスペルさんは、どうして連絡しなかったんですか? 許可が下りなくても、諦めてないなら現況を知らせて待っててほしいって言えばいいのに」
今度はユランが質問する。
「あいつ、家族には連絡とか報告とかを疎かにする癖があるんだよ」
「癖? 家族だからこそ心配かけないようにいつ帰るとか伝えるものでは……」
ユランには理解できない。
「あいつの家は、知っての通り父親は宰相で、母親は王妃候補とも言われた才媛だ。揃いも揃って、一を聞いて十を知るって人間なんだよ。つまり、連絡や報告がなくても察しちゃうんだよな」
言葉は少なくても家族仲は普通である。
「言葉にしないと伝わらないものってあると思うんですけど……言葉にしても伝わらないものもあるのに」
幼馴染みに対する恋心とか、恋心とか、恋心とか。
「カスペルは職場も父親と同じだからな、お互い仕事の進捗具合も把握してるもんだから、余計に家族間の連絡が疎かに」
手にした書類をちらりと見れば、次の行動が読める、そんな世界である。
「問題は、それを婚約者にも適用したことだ。何一つ連絡しなくても察して、待っててくれると思っている」
ずっと結婚するために努力をしていたことが、伝わっていると思っている。
「え、無理だろ。違う大陸にいたらお互いの状況なんて見ることも聞くことも出来ないし、それで察しろなんてさ」
ヴェイセルが、無理無理無理、と三度繰り返す。海を越えて飛んでくる噂など限られているし、伝わってくる内容も歪んでいく。
「ま、そういうことで、カスペルが戻ってきたら、残念会を開いてやらないとな」
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