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88「うちの親は何してたんですか」
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「結婚の話なんてなかったってことですか?」
夢を見ているような気持ちで、ユランは尋ねる。
「だからそう言って…………何で泣く!?」
ぽろぽろ涙を零したユランにエイダールは焦る。
「そりゃ泣くだろ」
そういう場面だろ、とヴェイセルは思う訳だが。
「何でだ」
エイダールには理由が分からない。
「失恋したと思ってたのが違ったんですよ、私だって泣きますよ」
シビラも貰い泣きである。
「いや、だから、何でだよ? 俺が結婚するって誤解してたのと、ユランの失恋とは何の関係もないだろ」
それはそれ、これはこれである。
「ここまで鈍いと逆に尊敬したくなるよ俺……」
ヴェイセルは、呆れるのを通り越して次の段階へ移行しそうになる。
「俺に分かるように説明してくれ……ヴェイセルくん」
「何で俺」
「一番状況を理解していそうだから」
エイダールに指名されて、ヴェイセルはちらりとユランを見たが、目を逸らされる。
「簡単に言うと、ユランの失恋相手があなただったってことですが」
仕方がないので説明を始める。
「そうですよ、ユランさんはずっとギルシェ先生のこと好きだったじゃないですか」
シビラからの援護が入る。
「待ってください、ユランくんの『好き』は、親愛の情なのでは?」
スウェンは背中から撃つ感じである。
「ユランが俺のことを好きなのは知ってる」
何年一緒にいると思ってるんだ、とエイダールは無駄に偉そうである。
「だけど、失恋することはないだろ? 恋してる訳じゃないんだから」
そこが分からないと問題点を整理し始める。
「好きな女の子がいたって聞いたぞ? その子と一緒に暮らしたくて前の部屋を解約したって……どう考えても失恋相手はその子だろう」
「どこの誰がそんなこと」
エイダールの言葉に、びっくりしたユランが言葉を挟む。
「ユランが前に借りてた部屋の大家だよ」
「大家さんに会いに行ったんですか? わざわざ?」
ユランは少し引きつった。なし崩し同棲大作戦を本人に知られているのは恥ずかしすぎる。
「冒険者ギルドに用があって出掛けたついでに、家賃のことを聞きたくて寄った」
別にユランのことを秘密裏に探ろうとして訪れた訳ではない。
「で、その大家の上品な感じの老婦人がはしゃいだ様子で『若いっていいわね』みたいなことを言ってたぞ」
「違います、それはっ」
老婦人が、ユランが好きな相手を女の子と思い込んでいたのを、そのまま流したことを思い出す。
「ああああああ」
何で僕はあの時きちんと訂正しておかなかったのだろうと、ユランは頭を抱えた。
「何か誤解があるようですが。そんな女性は存在しません」
ヴェイセルが、心を強く持たなければと思いつつ仕切り直す。
「『恋してる訳じゃないんだから』と仰いましたが、あなたの認識は間違っています。ユランの『好き』は恋愛感情です」
ヴェイセルは言い切り、シビラも横で同意するように大きく頷く。
「え、嘘だろ」
きょとんとするエイダールに、ヴェイセルは思わず立ち上がった。
「何で信じないんだ、あんたはっ」
「何でって、俺が恋愛対象っておかしいだろ? 俺はユランのおむつ換えてたことだってあるんだぞ。親みたいなもんだろ、そんな相手に?」
保護者と被保護者の関係である。
「おむつ?」
ユランが、場違いな単語に目を瞬かせる。
「僕、先生におむつ換えられてたんですか? いくら家族ぐるみの付き合いの御近所さんでもおかしくないですか?」
他所の家の赤子のおむつを、当時は子供だったエイダールが何故交換しているのか。
「ユランは覚えてないだろうけど、生まれてすぐから生後半年くらいまで、俺の家に預けられてたし」
上に兄しかいないエイダールは、ずっと弟が欲しかったので、積極的に面倒を見た。
「何でですか? うちの親は何してたんですか」
育児放棄をするような親ではない筈なのだが。
「父親は働きに出てたし、母親は療養してたな」
「母さんが療養? 何か病気で?」
いつも元気な母親しか知らないユランは、療養という言葉に狼狽える。
「いや、ユランが胎の中で大きく育ち過ぎて……まあ要するに難産で、産んでから母親が動けるようになるまで半年くらいかかって」
ユランは生まれる前から大きかった。
「難産だったなんて聞いたことないんだけど、僕、もしかして母さんにすごく迷惑かけて生まれてきたんですか?」
「その分、生まれた後は大きな病気もせずにすくすく育ったんだからいいだろう」
苦労を先払いした形である。
「そういうことにしておきます」
「俺は水と相性がいいから、風呂にも入れたぞ」
水を自在に操るエイダールは水難には無縁で、沐浴も任されていた。
「くるくるって水流作って回してやると、きゃっきゃ笑って」
可愛かった、とエイダールは懐かしむような表情になる。しかしどうやら、大人が見ていたら肝を冷やすような沐浴が行われていたらしい。
夢を見ているような気持ちで、ユランは尋ねる。
「だからそう言って…………何で泣く!?」
ぽろぽろ涙を零したユランにエイダールは焦る。
「そりゃ泣くだろ」
そういう場面だろ、とヴェイセルは思う訳だが。
「何でだ」
エイダールには理由が分からない。
「失恋したと思ってたのが違ったんですよ、私だって泣きますよ」
シビラも貰い泣きである。
「いや、だから、何でだよ? 俺が結婚するって誤解してたのと、ユランの失恋とは何の関係もないだろ」
それはそれ、これはこれである。
「ここまで鈍いと逆に尊敬したくなるよ俺……」
ヴェイセルは、呆れるのを通り越して次の段階へ移行しそうになる。
「俺に分かるように説明してくれ……ヴェイセルくん」
「何で俺」
「一番状況を理解していそうだから」
エイダールに指名されて、ヴェイセルはちらりとユランを見たが、目を逸らされる。
「簡単に言うと、ユランの失恋相手があなただったってことですが」
仕方がないので説明を始める。
「そうですよ、ユランさんはずっとギルシェ先生のこと好きだったじゃないですか」
シビラからの援護が入る。
「待ってください、ユランくんの『好き』は、親愛の情なのでは?」
スウェンは背中から撃つ感じである。
「ユランが俺のことを好きなのは知ってる」
何年一緒にいると思ってるんだ、とエイダールは無駄に偉そうである。
「だけど、失恋することはないだろ? 恋してる訳じゃないんだから」
そこが分からないと問題点を整理し始める。
「好きな女の子がいたって聞いたぞ? その子と一緒に暮らしたくて前の部屋を解約したって……どう考えても失恋相手はその子だろう」
「どこの誰がそんなこと」
エイダールの言葉に、びっくりしたユランが言葉を挟む。
「ユランが前に借りてた部屋の大家だよ」
「大家さんに会いに行ったんですか? わざわざ?」
ユランは少し引きつった。なし崩し同棲大作戦を本人に知られているのは恥ずかしすぎる。
「冒険者ギルドに用があって出掛けたついでに、家賃のことを聞きたくて寄った」
別にユランのことを秘密裏に探ろうとして訪れた訳ではない。
「で、その大家の上品な感じの老婦人がはしゃいだ様子で『若いっていいわね』みたいなことを言ってたぞ」
「違います、それはっ」
老婦人が、ユランが好きな相手を女の子と思い込んでいたのを、そのまま流したことを思い出す。
「ああああああ」
何で僕はあの時きちんと訂正しておかなかったのだろうと、ユランは頭を抱えた。
「何か誤解があるようですが。そんな女性は存在しません」
ヴェイセルが、心を強く持たなければと思いつつ仕切り直す。
「『恋してる訳じゃないんだから』と仰いましたが、あなたの認識は間違っています。ユランの『好き』は恋愛感情です」
ヴェイセルは言い切り、シビラも横で同意するように大きく頷く。
「え、嘘だろ」
きょとんとするエイダールに、ヴェイセルは思わず立ち上がった。
「何で信じないんだ、あんたはっ」
「何でって、俺が恋愛対象っておかしいだろ? 俺はユランのおむつ換えてたことだってあるんだぞ。親みたいなもんだろ、そんな相手に?」
保護者と被保護者の関係である。
「おむつ?」
ユランが、場違いな単語に目を瞬かせる。
「僕、先生におむつ換えられてたんですか? いくら家族ぐるみの付き合いの御近所さんでもおかしくないですか?」
他所の家の赤子のおむつを、当時は子供だったエイダールが何故交換しているのか。
「ユランは覚えてないだろうけど、生まれてすぐから生後半年くらいまで、俺の家に預けられてたし」
上に兄しかいないエイダールは、ずっと弟が欲しかったので、積極的に面倒を見た。
「何でですか? うちの親は何してたんですか」
育児放棄をするような親ではない筈なのだが。
「父親は働きに出てたし、母親は療養してたな」
「母さんが療養? 何か病気で?」
いつも元気な母親しか知らないユランは、療養という言葉に狼狽える。
「いや、ユランが胎の中で大きく育ち過ぎて……まあ要するに難産で、産んでから母親が動けるようになるまで半年くらいかかって」
ユランは生まれる前から大きかった。
「難産だったなんて聞いたことないんだけど、僕、もしかして母さんにすごく迷惑かけて生まれてきたんですか?」
「その分、生まれた後は大きな病気もせずにすくすく育ったんだからいいだろう」
苦労を先払いした形である。
「そういうことにしておきます」
「俺は水と相性がいいから、風呂にも入れたぞ」
水を自在に操るエイダールは水難には無縁で、沐浴も任されていた。
「くるくるって水流作って回してやると、きゃっきゃ笑って」
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