85 / 178
85「何ですかその殺し文句」
しおりを挟む
「ただいま戻りました」
ユランが家に戻ると、エイダールは既に帰宅していた。
「お帰り。思ったより早かったな」
昼間に正装していたのが嘘のように、すっかり楽な格好になって居間で書類を見ていた。既に風呂も済ませたらしく、撫でつけられていた髪もぼさぼさに戻っている。
「大丈夫か? 酔ってないか?」
酔っていないかと問われて、心臓が痛くなる。
「大丈夫です。少ししか飲んでないので…………あの、先生」
確かめるのは怖いけれど、違うということをはっきりさせたい。ユランは思い切って切り出した。
「うん?」
「あ、足首を掴んでもいいですか!?」
叫ぶような勢いのユランに、見ていた書類を封筒にしまいかけていたエイダールは目を丸くする。
「何のためにそんなことをしたいのか、俺を納得させられる説明が出来るならいいぞ」
さあ説明してみろ、とエイダールは胸の前で腕を組んだ。
「要するに痣を見たいのか? それで何で掴ませろって話になるんだ」
痣を見たい理由もよく分からないが、掴みたい気持ちはさらに分からない。
「本当に掴んだりしませんから! 手は添えるだけで!」
痣と自分の手を比べたいだけである。痣をつけるようなことはしない。
「まあ、それで気が済むんならいいけど」
基本的にユランの願いを断れないエイダールは、ぺろっと裾をめくった。
「ありがとうございます!」
ユランはエイダールの前に膝をついて、そっと足に手を伸ばした。
「うわああああああ」
大きさが似ているどころか、指の関節の位置までぴったり一致してしまい、ユランは床に激しく頭を打ちつける。
「ユラン? 何してるっ」
エイダールは慌ててユランの頭を抱え込んだ。居間の床には毛足の長いラグが敷かれているが、ごつんという音が響くほど打ちつければ、怪我をする。
「この痣、僕がやったんです、よね? ごめんなさい、先生に危害を加えるなんて」
ユランは、エイダールの腕の中でぐすっとしゃくりあげる。
「そんなこと絶対ないって思ってたから」
自分だという可能性を排除していた。
「……あー、思い出したのか?」
忘れているならそのままでいいと思っていたエイダールである。
「思い出せてませんけど、ヴェイセル先輩が、僕が犯人じゃないかって……」
その可能性を否定するために痣を見せてもらったのに、逆の結果になった。
「危害を加えるつもりだったなら、俺の足首の骨は砕けてると思うぞ」
ユランの握力なら余裕である。
「だからちゃんと手加減はしたんだろう……多分」
なにせ酔っ払いのやったことなので、エイダールも本当のところはよく分からない。
「でも痣が残るほど掴んだんでしょう? というか、僕は先生の足首を掴んで何をしたんですか」
「引っ繰り返されただけだ……ベッドの上で。覚えてないなら聞かない方がいいと思うぞ。未遂だし」
ユランの顔がさああっと青くなる。
「未遂ってなんですか、足首掴んだことは覚えてないんですけど、先生にキスする夢を見て……夢ですよね!?」
必死な顔のユランに、エイダールは肯定してやりたい気持ちになるが、事実を曲げるのもどうかと思う。
「もし夢だったら、俺も同じ夢を見たことになるな」
ユランは、エイダールの腕の中から抜け出して、ずるずると後ろに下がる。あれが夢ではなく現実だったのならその後の行動も予測がつく。
「で、でも、先生抵抗しなかったし」
いつもならキスなどさせてもらえない。
「あの時は俺も驚いたからな」
油断もしていたし、魔法で抵抗すればユランを傷つける。その結果、二度も唇を奪われる羽目に陥った。
「そ、それで、僕、やっちゃったんですか……? 先生を無理矢理?」
足首の痣、翌朝下半身丸出しでエイダールのベッドで目を覚ましたこと。どこから考えても襲ったとしか思えない。
「未遂だって言ってるだろ」
危うく新しい扉を開くところだったが、強制的に眠らせたので未遂で済んでいる。
「本当に? 僕、最近、先生の後ろ姿を見てると時々脳裏に、ちらっちらって先生の白いお尻が浮かぶんですけど、それってもしかして」
欲求不満で妄想が過ぎているのかと思っていたが、現実で見ていたのだとしたら。
「そうだな、下着ごとずらされて宛がわれたからな」
寝ようと思ったところだったので、光量は落とされていたもののまだランタンは灯されたままだったので、あの距離ならよく見えただろう。
「…………」
何を、とは恐ろしくて聞けなかった。
「とにかく、未遂だから。あの時はお前も、失恋したばっかりで精神的にきてたんだろ? 俺もまあ、配慮が足りなかったし、責めるつもりはないから忘れろ」
無神経に婚姻の腕輪のことを話題にしたのは悪かったと思う。老婦人に聞くまでは、ユランの恋を、せいぜいどこかの店の看板娘を可愛いと眺めていた程度の話だと、軽く考えていた。
「忘れていいんですか? 嫌じゃないんですか? 僕と暮らすの」
酔うと襲ってくる人間とは、生活を共に出来ないと思うのだが。
「お前を嫌だと思ったことはない」
小さい頃から今までずっと。襲われるのは嫌だが。
「何ですかその殺し文句」
ユランは泣き笑いの表情で困ったように呟き、腕でぐいっと涙を拭った。
ユランが家に戻ると、エイダールは既に帰宅していた。
「お帰り。思ったより早かったな」
昼間に正装していたのが嘘のように、すっかり楽な格好になって居間で書類を見ていた。既に風呂も済ませたらしく、撫でつけられていた髪もぼさぼさに戻っている。
「大丈夫か? 酔ってないか?」
酔っていないかと問われて、心臓が痛くなる。
「大丈夫です。少ししか飲んでないので…………あの、先生」
確かめるのは怖いけれど、違うということをはっきりさせたい。ユランは思い切って切り出した。
「うん?」
「あ、足首を掴んでもいいですか!?」
叫ぶような勢いのユランに、見ていた書類を封筒にしまいかけていたエイダールは目を丸くする。
「何のためにそんなことをしたいのか、俺を納得させられる説明が出来るならいいぞ」
さあ説明してみろ、とエイダールは胸の前で腕を組んだ。
「要するに痣を見たいのか? それで何で掴ませろって話になるんだ」
痣を見たい理由もよく分からないが、掴みたい気持ちはさらに分からない。
「本当に掴んだりしませんから! 手は添えるだけで!」
痣と自分の手を比べたいだけである。痣をつけるようなことはしない。
「まあ、それで気が済むんならいいけど」
基本的にユランの願いを断れないエイダールは、ぺろっと裾をめくった。
「ありがとうございます!」
ユランはエイダールの前に膝をついて、そっと足に手を伸ばした。
「うわああああああ」
大きさが似ているどころか、指の関節の位置までぴったり一致してしまい、ユランは床に激しく頭を打ちつける。
「ユラン? 何してるっ」
エイダールは慌ててユランの頭を抱え込んだ。居間の床には毛足の長いラグが敷かれているが、ごつんという音が響くほど打ちつければ、怪我をする。
「この痣、僕がやったんです、よね? ごめんなさい、先生に危害を加えるなんて」
ユランは、エイダールの腕の中でぐすっとしゃくりあげる。
「そんなこと絶対ないって思ってたから」
自分だという可能性を排除していた。
「……あー、思い出したのか?」
忘れているならそのままでいいと思っていたエイダールである。
「思い出せてませんけど、ヴェイセル先輩が、僕が犯人じゃないかって……」
その可能性を否定するために痣を見せてもらったのに、逆の結果になった。
「危害を加えるつもりだったなら、俺の足首の骨は砕けてると思うぞ」
ユランの握力なら余裕である。
「だからちゃんと手加減はしたんだろう……多分」
なにせ酔っ払いのやったことなので、エイダールも本当のところはよく分からない。
「でも痣が残るほど掴んだんでしょう? というか、僕は先生の足首を掴んで何をしたんですか」
「引っ繰り返されただけだ……ベッドの上で。覚えてないなら聞かない方がいいと思うぞ。未遂だし」
ユランの顔がさああっと青くなる。
「未遂ってなんですか、足首掴んだことは覚えてないんですけど、先生にキスする夢を見て……夢ですよね!?」
必死な顔のユランに、エイダールは肯定してやりたい気持ちになるが、事実を曲げるのもどうかと思う。
「もし夢だったら、俺も同じ夢を見たことになるな」
ユランは、エイダールの腕の中から抜け出して、ずるずると後ろに下がる。あれが夢ではなく現実だったのならその後の行動も予測がつく。
「で、でも、先生抵抗しなかったし」
いつもならキスなどさせてもらえない。
「あの時は俺も驚いたからな」
油断もしていたし、魔法で抵抗すればユランを傷つける。その結果、二度も唇を奪われる羽目に陥った。
「そ、それで、僕、やっちゃったんですか……? 先生を無理矢理?」
足首の痣、翌朝下半身丸出しでエイダールのベッドで目を覚ましたこと。どこから考えても襲ったとしか思えない。
「未遂だって言ってるだろ」
危うく新しい扉を開くところだったが、強制的に眠らせたので未遂で済んでいる。
「本当に? 僕、最近、先生の後ろ姿を見てると時々脳裏に、ちらっちらって先生の白いお尻が浮かぶんですけど、それってもしかして」
欲求不満で妄想が過ぎているのかと思っていたが、現実で見ていたのだとしたら。
「そうだな、下着ごとずらされて宛がわれたからな」
寝ようと思ったところだったので、光量は落とされていたもののまだランタンは灯されたままだったので、あの距離ならよく見えただろう。
「…………」
何を、とは恐ろしくて聞けなかった。
「とにかく、未遂だから。あの時はお前も、失恋したばっかりで精神的にきてたんだろ? 俺もまあ、配慮が足りなかったし、責めるつもりはないから忘れろ」
無神経に婚姻の腕輪のことを話題にしたのは悪かったと思う。老婦人に聞くまでは、ユランの恋を、せいぜいどこかの店の看板娘を可愛いと眺めていた程度の話だと、軽く考えていた。
「忘れていいんですか? 嫌じゃないんですか? 僕と暮らすの」
酔うと襲ってくる人間とは、生活を共に出来ないと思うのだが。
「お前を嫌だと思ったことはない」
小さい頃から今までずっと。襲われるのは嫌だが。
「何ですかその殺し文句」
ユランは泣き笑いの表情で困ったように呟き、腕でぐいっと涙を拭った。
0
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?

すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺
るい
BL
国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる