弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

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85「何ですかその殺し文句」

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「ただいま戻りました」
 ユランが家に戻ると、エイダールは既に帰宅していた。
「お帰り。思ったより早かったな」
 昼間に正装していたのが嘘のように、すっかり楽な格好になって居間で書類を見ていた。既に風呂も済ませたらしく、撫でつけられていた髪もぼさぼさに戻っている。
「大丈夫か? 酔ってないか?」
 酔っていないかと問われて、心臓が痛くなる。
「大丈夫です。少ししか飲んでないので…………あの、先生」
 確かめるのは怖いけれど、違うということをはっきりさせたい。ユランは思い切って切り出した。
「うん?」
「あ、足首を掴んでもいいですか!?」
 叫ぶような勢いのユランに、見ていた書類を封筒にしまいかけていたエイダールは目を丸くする。
「何のためにそんなことをしたいのか、俺を納得させられる説明が出来るならいいぞ」
 さあ説明してみろ、とエイダールは胸の前で腕を組んだ。




「要するに痣を見たいのか? それで何で掴ませろって話になるんだ」
 痣を見たい理由もよく分からないが、掴みたい気持ちはさらに分からない。
「本当に掴んだりしませんから! 手は添えるだけで!」
 痣と自分の手を比べたいだけである。痣をつけるようなことはしない。
「まあ、それで気が済むんならいいけど」
 基本的にユランの願いを断れないエイダールは、ぺろっと裾をめくった。
「ありがとうございます!」
 ユランはエイダールの前に膝をついて、そっと足に手を伸ばした。




「うわああああああ」
 大きさが似ているどころか、指の関節の位置までぴったり一致してしまい、ユランは床に激しく頭を打ちつける。
「ユラン? 何してるっ」
 エイダールは慌ててユランの頭を抱え込んだ。居間の床には毛足の長いラグが敷かれているが、ごつんという音が響くほど打ちつければ、怪我をする。
「この痣、僕がやったんです、よね? ごめんなさい、先生に危害を加えるなんて」
 ユランは、エイダールの腕の中でぐすっとしゃくりあげる。
「そんなこと絶対ないって思ってたから」
 自分だという可能性を排除していた。
「……あー、思い出したのか?」
 忘れているならそのままでいいと思っていたエイダールである。
「思い出せてませんけど、ヴェイセル先輩が、僕が犯人じゃないかって……」
 その可能性を否定するために痣を見せてもらったのに、逆の結果になった。
「危害を加えるつもりだったなら、俺の足首の骨は砕けてると思うぞ」
 ユランの握力なら余裕である。
「だからちゃんと手加減はしたんだろう……多分」
 なにせ酔っ払いのやったことなので、エイダールも本当のところはよく分からない。


「でも痣が残るほど掴んだんでしょう? というか、僕は先生の足首を掴んで何をしたんですか」
「引っ繰り返されただけだ……ベッドの上で。覚えてないなら聞かない方がいいと思うぞ。未遂だし」
 ユランの顔がさああっと青くなる。
「未遂ってなんですか、足首掴んだことは覚えてないんですけど、先生にキスする夢を見て……夢ですよね!?」
 必死な顔のユランに、エイダールは肯定してやりたい気持ちになるが、事実を曲げるのもどうかと思う。
「もし夢だったら、俺も同じ夢を見たことになるな」
 ユランは、エイダールの腕の中から抜け出して、ずるずると後ろに下がる。あれが夢ではなく現実だったのならその後の行動も予測がつく。
「で、でも、先生抵抗しなかったし」
 いつもならキスなどさせてもらえない。
「あの時は俺も驚いたからな」
 油断もしていたし、魔法で抵抗すればユランを傷つける。その結果、二度も唇を奪われる羽目に陥った。
「そ、それで、僕、やっちゃったんですか……? 先生を無理矢理?」
 足首の痣、翌朝下半身丸出しでエイダールのベッドで目を覚ましたこと。どこから考えても襲ったとしか思えない。
「未遂だって言ってるだろ」
 危うく新しい扉を開くところだったが、強制的に眠らせたので未遂で済んでいる。
「本当に? 僕、最近、先生の後ろ姿を見てると時々脳裏に、ちらっちらって先生の白いお尻が浮かぶんですけど、それってもしかして」
 欲求不満で妄想が過ぎているのかと思っていたが、現実で見ていたのだとしたら。
「そうだな、下着ごとずらされて宛がわれたからな」
 寝ようと思ったところだったので、光量は落とされていたもののまだランタンは灯されたままだったので、あの距離ならよく見えただろう。
「…………」
 何を、とは恐ろしくて聞けなかった。




「とにかく、未遂だから。あの時はお前も、失恋したばっかりで精神的にきてたんだろ? 俺もまあ、配慮が足りなかったし、責めるつもりはないから忘れろ」
 無神経に婚姻の腕輪のことを話題にしたのは悪かったと思う。老婦人に聞くまでは、ユランの恋を、せいぜいどこかの店の看板娘を可愛いと眺めていた程度の話だと、軽く考えていた。
「忘れていいんですか? 嫌じゃないんですか? 僕と暮らすの」
 酔うと襲ってくる人間とは、生活を共に出来ないと思うのだが。
「お前を嫌だと思ったことはない」
 小さい頃から今までずっと。襲われるのは嫌だが。
「何ですかその殺し文句」
 ユランは泣き笑いの表情で困ったように呟き、腕でぐいっと涙を拭った。
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