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75「あんな真っ直ぐな青年を囲うなんて……」
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「えっと、スウェンさんにこれを届けて、明日の夕方に先生が研究所に顔を出すって伝えておけばいいんですね」
昼食を終えて、元の服に着替えたユランは、エイダールに決裁済みの書類を持たされた。
「そうだな、多分こっちが昼過ぎまでかかるからな。騎士団へも寄らないとだし」
研究所に顔を出せるのは夕方になるだろう。新学期に向けての打ち合わせだけでもしておきたい。
「分かりました。じゃあ、帰ります……帰り、ます、ね?」
「ああ、気を付けてな」
あっさりと送り出すエイダールを、まだ帰りたくないユランは未練たっぷりに、ちらっちらっと振り返るが。
「早く行け」
エイダールに情緒はなかった。
「はい、家で待ってますからね! 明日ちゃんと帰ってきてくださいね!」
「帰るに決まってんだろ、俺の家だぞ」
他の家に帰るという選択肢はない。
「言い方は悪いかもしれませんが、犬のような方でしたね」
枢機卿が、帰っていくユランの背中を見ながらそう評した。飼い主にとてもよく懐いた大型犬である。
「可愛いだろ? ちっちゃい頃からあんな感じだよ」
いつでも全力で尻尾を振り回していると言っていい。懐かれているのは素直に嬉しい。
「番犬代わりに御自宅で飼っていらっしゃるのですか?」
「いや、犬じゃないからな、人間だからな」
その辺はちゃんと認識している。それから、純粋な腕力はともかく、総合的に見るとユランよりエイダールのほうが強いので、番犬的な何かは要らない。
「ですが家で待っていると」
飼っているのでなければ何なのだという枢機卿。
「飼ってんじゃなくて同居! 今月から俺の家の余ってる部屋を間借りさせることになってるんだよ」
今までもほぼ同居状態だったが、今月からは正式同居である。
「あんな真っ直ぐな青年を囲うなんて……」
フリッツが、何と非道な、とでも言いたげに眉をひそめる。ほんの数時間の付き合いなのに、素直なユランは彼の心を掴んだらしい。
「いやいや、あいつが部屋を探してたから、うちを紹介しただけだぞ?」
次の部屋が決まっていないのに今までの部屋を解約するという無謀なことをしていたので手を差し伸べただけである。それを笠に着て、ユランに何かを強いようとは思っていない。
「あくまでも事務的な関係だと?」
大家と店子というだけの関係なのかと詰め寄られる。
「それも違うな。事務的な関係の奴と同居できるほど、俺は人間出来てない」
エイダールは自分を良く知っていた。好き嫌いは激しい方である。いくら金を積まれても無理な相手はいる。
「幼馴染みって言っただろ、あいつは弟みたいなもんだから家族も同然なんだよ」
ユランが気を遣わずに暮らせるように、家賃を払ってもらうことにしたが、もともとのユランとの関係性がなければ賃貸契約を結ぼうとは思わない。
「家族という言葉を免罪符にしていませんか? どうもあなたが彼から搾取しているように見えて」
フリッツから見ると、二人の温度差からユランが一方的に利用されているように感じてしまう。
「いや、あいつは献身的に見られがちだけど、実際は欲望に忠実なだけだから」
エイダールが許容しているので問題になっていないが、ユランがやっていることはただの付きまといである。
「短い間でしたが充実していました、連れ出していただきありがとうございました」
翌日の昼過ぎ、エイダールはフォルセを騎士団の医療棟まで送った。丁寧に礼を言われる。
「こっちも助かったよ、感謝する。ここからも、じきに出られると思うぞ」
経過観察の報告とともに、担当の医官に退院を進言する予定だ。
「そうなったら、やっと治療院に復帰出来ます」
古巣に顔を出せると喜ぶフォルセから、エイダールは少し視線を逸らした。この様子だと、枢機卿からも、フリッツからも話は聞いていないらしい。
「退院おめでとう、と先に言っておく。じゃあ元気でな」
恐らく、復帰した途端、異動の知らせを受け取るであろうフォルセの、退院だけを言祝いでおく。
「本当にまだあるんだな……かっちかちじゃねえか」
医療棟での用を済ませた後、訓練場に出向いたエイダールは、自分が撃ち込んだ氷槍と対面した。
「だからそう言ったでしょう、訓練に支障が出ているので早く片付けてください」
走り込みなどもいちいち避けて周らないとならないし、近付くと凍り付くのが大問題である。
「仮にも騎士団の魔術師がこれくらいの氷を破壊出来ないでどうするんだよ」
壊されないような工夫や仕掛けは特に施していない。ある程度の魔法をぶつければ砕け散る筈である。
「何人か挑戦していましたが」
イーレンは大きく息をついた。
「今では魔術師の心を砕く氷だという異名が」
騎士団にいる魔術師は、自尊心が強い者が多いのだが、その心を次々と砕いたらしい。
「この程度の氷もどうにかできないんじゃ、心が砕けても仕方ないだろ。てか、お前なら壊せるだろこれ」
イーレンの実力を知るエイダールは言うが。
「思いっきりやったらいけると思いますが、思いっきりやったら訓練場が吹き飛びそうで怖いじゃないですか」
周辺の無事を願うと、壊せないという結論になる。
「あー、はいはい『溶解』」
エイダールも、ルールを守りつつ本気を出すという芸当は苦手なので、イーレンの主張も分かる。
「え、解除じゃなく溶解なんですか」
「ああ、元の氷槍は残ってないからな」
もともと氷槍を形成していた魔法は殆ど残っておらず、おまけのように付いている周辺を凍らせる魔法が、氷槍だったものを包み込んで凍り続けていた。
「成程、氷槍と戦っても埒が明かない訳ですね」
氷槍の破壊ではなく、継続魔法を元から断たなければならなかったのである。
「よし、溶けたぞ」
きらきらと砕片をまき散らしながら、氷槍は消えた。
昼食を終えて、元の服に着替えたユランは、エイダールに決裁済みの書類を持たされた。
「そうだな、多分こっちが昼過ぎまでかかるからな。騎士団へも寄らないとだし」
研究所に顔を出せるのは夕方になるだろう。新学期に向けての打ち合わせだけでもしておきたい。
「分かりました。じゃあ、帰ります……帰り、ます、ね?」
「ああ、気を付けてな」
あっさりと送り出すエイダールを、まだ帰りたくないユランは未練たっぷりに、ちらっちらっと振り返るが。
「早く行け」
エイダールに情緒はなかった。
「はい、家で待ってますからね! 明日ちゃんと帰ってきてくださいね!」
「帰るに決まってんだろ、俺の家だぞ」
他の家に帰るという選択肢はない。
「言い方は悪いかもしれませんが、犬のような方でしたね」
枢機卿が、帰っていくユランの背中を見ながらそう評した。飼い主にとてもよく懐いた大型犬である。
「可愛いだろ? ちっちゃい頃からあんな感じだよ」
いつでも全力で尻尾を振り回していると言っていい。懐かれているのは素直に嬉しい。
「番犬代わりに御自宅で飼っていらっしゃるのですか?」
「いや、犬じゃないからな、人間だからな」
その辺はちゃんと認識している。それから、純粋な腕力はともかく、総合的に見るとユランよりエイダールのほうが強いので、番犬的な何かは要らない。
「ですが家で待っていると」
飼っているのでなければ何なのだという枢機卿。
「飼ってんじゃなくて同居! 今月から俺の家の余ってる部屋を間借りさせることになってるんだよ」
今までもほぼ同居状態だったが、今月からは正式同居である。
「あんな真っ直ぐな青年を囲うなんて……」
フリッツが、何と非道な、とでも言いたげに眉をひそめる。ほんの数時間の付き合いなのに、素直なユランは彼の心を掴んだらしい。
「いやいや、あいつが部屋を探してたから、うちを紹介しただけだぞ?」
次の部屋が決まっていないのに今までの部屋を解約するという無謀なことをしていたので手を差し伸べただけである。それを笠に着て、ユランに何かを強いようとは思っていない。
「あくまでも事務的な関係だと?」
大家と店子というだけの関係なのかと詰め寄られる。
「それも違うな。事務的な関係の奴と同居できるほど、俺は人間出来てない」
エイダールは自分を良く知っていた。好き嫌いは激しい方である。いくら金を積まれても無理な相手はいる。
「幼馴染みって言っただろ、あいつは弟みたいなもんだから家族も同然なんだよ」
ユランが気を遣わずに暮らせるように、家賃を払ってもらうことにしたが、もともとのユランとの関係性がなければ賃貸契約を結ぼうとは思わない。
「家族という言葉を免罪符にしていませんか? どうもあなたが彼から搾取しているように見えて」
フリッツから見ると、二人の温度差からユランが一方的に利用されているように感じてしまう。
「いや、あいつは献身的に見られがちだけど、実際は欲望に忠実なだけだから」
エイダールが許容しているので問題になっていないが、ユランがやっていることはただの付きまといである。
「短い間でしたが充実していました、連れ出していただきありがとうございました」
翌日の昼過ぎ、エイダールはフォルセを騎士団の医療棟まで送った。丁寧に礼を言われる。
「こっちも助かったよ、感謝する。ここからも、じきに出られると思うぞ」
経過観察の報告とともに、担当の医官に退院を進言する予定だ。
「そうなったら、やっと治療院に復帰出来ます」
古巣に顔を出せると喜ぶフォルセから、エイダールは少し視線を逸らした。この様子だと、枢機卿からも、フリッツからも話は聞いていないらしい。
「退院おめでとう、と先に言っておく。じゃあ元気でな」
恐らく、復帰した途端、異動の知らせを受け取るであろうフォルセの、退院だけを言祝いでおく。
「本当にまだあるんだな……かっちかちじゃねえか」
医療棟での用を済ませた後、訓練場に出向いたエイダールは、自分が撃ち込んだ氷槍と対面した。
「だからそう言ったでしょう、訓練に支障が出ているので早く片付けてください」
走り込みなどもいちいち避けて周らないとならないし、近付くと凍り付くのが大問題である。
「仮にも騎士団の魔術師がこれくらいの氷を破壊出来ないでどうするんだよ」
壊されないような工夫や仕掛けは特に施していない。ある程度の魔法をぶつければ砕け散る筈である。
「何人か挑戦していましたが」
イーレンは大きく息をついた。
「今では魔術師の心を砕く氷だという異名が」
騎士団にいる魔術師は、自尊心が強い者が多いのだが、その心を次々と砕いたらしい。
「この程度の氷もどうにかできないんじゃ、心が砕けても仕方ないだろ。てか、お前なら壊せるだろこれ」
イーレンの実力を知るエイダールは言うが。
「思いっきりやったらいけると思いますが、思いっきりやったら訓練場が吹き飛びそうで怖いじゃないですか」
周辺の無事を願うと、壊せないという結論になる。
「あー、はいはい『溶解』」
エイダールも、ルールを守りつつ本気を出すという芸当は苦手なので、イーレンの主張も分かる。
「え、解除じゃなく溶解なんですか」
「ああ、元の氷槍は残ってないからな」
もともと氷槍を形成していた魔法は殆ど残っておらず、おまけのように付いている周辺を凍らせる魔法が、氷槍だったものを包み込んで凍り続けていた。
「成程、氷槍と戦っても埒が明かない訳ですね」
氷槍の破壊ではなく、継続魔法を元から断たなければならなかったのである。
「よし、溶けたぞ」
きらきらと砕片をまき散らしながら、氷槍は消えた。
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