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70「悶絶して口から泡吹いて喜んでたぞ」

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「今から食事なのか?」
 正午から二時間ほど過ぎた食堂に姿を現したフォルセに、こちらも遅い昼食を取っていたエイダールが声をかける。
「ええ。猊下の側仕えに言いがかりをつけられてて」
 疲れた顔で溜息をつく。
「そもそも彼らがやらないから、私が猊下と関わることになってるのに、『どうやって取り入ったんだ』って責められるとか、意味が分からない……」
 枢機卿の側仕えであるフリッツが、教皇の世話もしていたのだが、結界の張り直しが終わったことで強制的に休みを取らされている。無理が祟ったのか気が抜けたのか、休みに入った途端に寝込んだため、フォルセがあれこれ面倒を見ている。
「回復術師として側仕えを見ててくれって言ったのは俺だけど、何で枢機卿と猊下の世話までしてるんだよ。神殿のやつらに任せとけばいいだろ」
「側仕えの方が、気に掛けるのでつい」
 様子を伺いに行くうちに世話係の様になってしまった。
「お世話といっても、私は食事や細々とした日用品を運ぶだけで、用意自体は下級神官の方がやってくれていますからそんなに負担でもないし」
 教皇は高齢なので全体的に動きは遅いが、何でも一人で出来る。枢機卿はまだ体調が戻っておらず、寝込みがちなので少し手を取られるが、職業柄そんな患者には慣れている。


「人が良すぎるなあ。それ、そもそも側仕えの仕事だろうが」
 教皇の言っていた通り、教皇の側仕えは本当に仕事をしなかった。
「そうなんですよ。側仕えなのに取次ぎの仕事も面倒がって、下級神官の方が困ってるのを見ると、出来ることならと」
 教皇に直接話し掛けて許されるのは枢機卿くらいで、用や届け物があれば側仕えを通すのが当たり前なのだが、その取次ぎの仕事すら放棄して、その所為で下級神官たちが困っていた。神殿の階級社会に組み込まれていない客分の自分で役に立つのならと思ってしまったのだ。確かにちょっと人が良すぎるかもしれない。
「そもそも彼らが食事を運ばないから私が運んでいるのに、猊下に昼食を届けに行った私を囲んでねちねち言ってくるんですよ……ギルシェ殿にはどんな感じですか? 彼らは平民蔑視が激しくて、身の危険を感じるくらいなんですが」
「ん、俺? 働いてもいないのに肩が凝ったとか言ってたから、電撃食らわせてやったら、俺の顔を見たら逃げてくけど」
 だらだらとベッドで過ごして体が凝り固まっていたらしい。寝過ぎである。
「え、電撃……?」
「軽くぴりぴりさせると、血行が良くなって肩凝りに効くだろ? 俺からの厚意さ」
 軽くぴりぴりではなく、激しくびりびりといったが。
「大丈夫なんですか、そんなことして」
「悶絶して口から泡吹いて喜んでたぞ」
「それ、絶対喜んでませんよ……」
 悶絶の時点でいろいろだめである。
「気絶したのをちゃんと部屋まで運んでやったんだぞ?」
 ちゃんと後始末をしたエイダールである。証拠隠滅ともいう。
「もっと感謝されるべきだと思うのに、あれっきり人の顔を見たら逃げるんだよな」
 恥ずかしがり屋なのかもしれないな、と明らかに間違った説をぶち上げる。
「ま、あんたも面倒なことになる前に先制かけて黙らせた方がいいと思うぞ。身分差をちらつかされるなら、実力差を思い知らせてやればいい」
 エイダールはエイダールで、大変傲慢だった。
「まったく参考になりませんが一応覚えておきます……あ、新聞読み終わったならお借り出来ますか」
「ああ、どうぞ」
 エイダールが読んでいた新聞をたたんだのを見て、フォルセは手を伸ばした。




「結界の張り直しが終わったから、魔獣の数も減ってきてるんですね」
 フォルセは、食事をしながら魔獣の討伐状況を知らせる記事を読む。
「そうだな、東の街道の方はもう帰還しながらの掃討戦に入ってるみたいだし」
 エイダールは、食後のお茶を飲む。
「東と南の街道に出てるんですよね……あれ、東の方は混成部隊ですよね? 騎士団だけで構成されてる部隊が担当してる南の街道のほうが遅いって、どうしてだろう」
「冒険者に魔弓の使い手がいるらしいぞ」
 次の頁を見ろと言われて新聞をめくると、討伐に参加した冒険者が魔弓で大活躍という記事が現れた。
「『その魔弓で射抜かれたものはすべて凍り付く』か。凄いな」
 空を飛ぶ魔獣の翼を射抜き、凍り付いた翼では飛べなくて落ちた魔獣は業火によって焼き尽くされているらしい。魔獣も気の毒なことである。
「いい感じに連携出来てるんだろ、それで行軍速度も上がってるって訳だ」
 歴史に残る勢いである。






「オルディウス、いつまで燃やす気だ」
 しつこく炎の魔法を繰り出そうとするオルディウスを、盾持ちが止めた。魔獣本体は燃やし尽くされている。氷の矢で射抜かれた翼は凍り付いたままで、燃えるどころか溶けてもいないが。
「これが燃えるまでだよ!」
「いや、それ、燃えないやつだろ」
 ここ数日、いろいろな魔獣で何度も試みているが、凍った部位を燃やすことには一度も成功していない。
「俺の魔法で燃えないものなんてある筈が……」
 水属性魔法に対して火属性魔法は相性的に効き目が悪いのは確かだが、水も蒸発させれば火の勝ちだ。要はどれだけの量を注ぎ込めるかで優劣が決まる。つまりオルディウスの渾身の炎の魔法複数回よりも、氷の矢一本のほうが強いということであり、オルディウスが意地になるのもそういう理由である。
「はい、これですっきり。次に行きましょう」
 ユランが自分の長剣で、凍った部位を叩き割った。ユランの長剣もエイダールによって魔改造されている。
「すっきりじゃねえっ」
 自分の挑戦を邪魔されてオルディウスは頬を引きつらせるが、ユランは動じない。
「王都に戻ったらいつまで戦ってもらってもいいけど、今はだめです」
 僕は一秒でも早く家に帰りたいんです、と顔に書いて、ユランはオルディウスを黙らせた。東の街道の魔獣討伐の速さの最大の要因は、ユランである。
「とにかく無駄撃ち禁止。ほら、次行くぞ」
 盾持ちがオルディウスの首根っこを掴んで馬上に投げ、自分もひらりと飛び乗る。
「ユラン、お前はこっちだ」
 同僚が輸送馬車からユランを呼ぶ。
「はい!」
 王都までの道程は、あと二日ほど。
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