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62「基本は研究者なんだけどな」
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「ああ、緊張した……」
枢機卿との食事を終え、作業していた部屋に戻ってきた回復術師のフォルセは、ほっと息をついた。
「緊張してたのか? 結構喋ってたのに」
「枢機卿に話し掛けられたら、応えない訳に行かないでしょう!?」
失礼のない言葉選びに四苦八苦したフォルセは、緊張の欠片もなかったエイダールを睨む。
「まあそれはそうかもだが、緊張しなくてもいいだろ。普通のおっさんだったろ?」
崇め奉らなくてもいいんだ、とエイダールは言うが。
「ですが枢機卿ですよ? 意外に普通だなとは思いましたが……他の神官たちと同じ食事を同じ場所で食べてるんだなとか。もっとこう、私室に特別な料理を運ばせて大勢の側仕えに傅かれながら、というような暮らしだと思ってましたから」
給仕は側仕えの神官がしていたが、他は皆と同じだった。
「一応、食堂のさっき飯食った一画は、上級以上の神官とその関係者しか入れないんだけどな」
完全ではないが個室風になっていて、ゆったりと座れるように一人一人の席も広い特別区画である。
「まあ、ここにいる間は食事は枢機卿と一緒だから、慣れてくれ」
「えっ」
顔合わせの今日だけかと思っていたフォルセの顔が引きつる。
「正確には、あの側仕えの神官と行動を共にして欲しいんだよな」
「どういうことですか?」
側仕えの神官に何かあるのだろうかと、首を傾げる。
「あの側仕えの上級神官……名前はフリッツ・ケラリアっていうんだが、いつ倒れてもおかしくないんだよ。捕まってる時は一人だけ体もろくに動かせないような狭い場所に閉じ込められていたらしくて、筋力も衰えてるし、魔力の生成力もおかしくなってる。魔力硬化症の薬は処方されてるが、本当なら他の被害者と同じように療養させるべきなんだ、だけど働くって言い張っててな」
言うこと聞かないんだよなあ、と困ったように肩を竦める。
「自分が最初に攫われて人質になったせいで、枢機卿を巻き込んだと思って責任感じてるみたいでな。実際は枢機卿に言うことを聞かせるために攫われたんだから、側仕えのほうが巻き込まれた形なんだが」
そう言い聞かせても聞く耳を持たない。
「もう一人の側仕えが犯人側だったから、他に代わりもいないし。それでそのままなんだが、枢機卿が心配しててな。あんたが回復術師だって聞いて、それなら手伝いついでに頼めないかってことだ」
枢機卿と側仕えの神官は深層部に潜るとき以外は大体一緒にいるので、側仕えと行動を共にするともれなく枢機卿がついてくるという訳である。
「……分かりました」
フォルセは、回復術師としての本分を果たしましょう! と決意する。
「とりあえず温泉の魔法を教えるから、側仕えの神官のいる場所で一時間に一回練習してみてくれ。魔法の効き具合を確認して欲しいと言えば不審がられないだろう」
本当に確認して貰いつつ、側仕えの神官も癒す作戦である。
「結界の張り直しが終わったら、問答無用で療養させるつもりらしいけど、それまでの応急処置だ」
「分かりました……が、あれは魔導回路を組むって言ってませんでしたか?」
儲け話が絡んでくるのに魔法として教えてもらってもいいのだろうか。
「魔導回路も組むけど、それはそれ、これはこれだ。教えるって約束しただろう?」
魔法として覚えればどこでもすぐに使える。魔法に特許はないし設備も不要だ。
「私が教わった魔法を、魔導回路を組める人に教えるかもしれませんよ?」
特許は早い者勝ちである。
「俺より効率のいい回路が組める奴がいるなら、そいつにくれてやるよ」
不敵に笑うエイダールは、ふと思いつく。
「あ、こういうのを課題にすればいいんだよな、よし、そうしよう」
「課題って何ですか」
フォルセには何のことか分からない。
「俺、アカデミーで魔法紋様の専門講座もってんだよ、そこの学生に魔導回路の課題として出そうかと思って」
「そういえば、教鞭を執っていると誰かから聞いたような気がします」
誰でしたっけ、と考え込むが、ユランからである。
「そそ、基本は研究者なんだけどな、時々教えてる。今までにある魔法だと回路も定型化してるから、改良しろって課題出しても、知識のある奴ほど同じようなもの出してきて、柔軟な発想が出てこないんだよな。この魔法は元になってる魔法があるから一から組むほど難しくないし、移植の技術も学べるし、いい課題になりそうだ」
今までにない魔法であれば、色々な発想が出てくるだろう。楽しみである。
「じゃあまず呪文からな。『生命の源たる水よ、その理に寄り添い』……あ」
地面がふわりと揺れ、唱えかけた呪文を、エイダールは途中で止めた。
「地震? にしては変な揺れでしたが」
フォルセの言葉に、エイダールはそっと目を逸らした。
「地下水脈が揺れたんだよ……俺が水に呼びかけると割と大変なことになるんだった。真面目に呪文唱えたの久々だから忘れかけてたが」
エイダールの呼びかけに反応して、地下水脈が大きく波打ったのだ。
「で、この辺が範囲指定だな」
エイダールは紙に呪文を書いて、一節ごとに説明を加えていく。
「次が時間指定。この呪文のままだと大体この部屋くらいの範囲を一時間になる。魔力量があれば、範囲も時間も増やせるからまあ適当に」
「回復量を増やすこともできますか?」
じわじわだけではなく、ざくざくも可能だろうか。
「出来るけど、温泉っぽさがなくなるぞ」
弄るならこの辺を、と該当の一節を指し示すが。
「あまりお勧めは出来ないな、温泉っぽさはともかく、人によっては強い回復は逆効果だし。まずは基本に忠実にやってみてくれ……お、戻って来たな」
枢機卿が深層部に下りたため、側仕えの神官が魔力石の充填にやってくる。
「じゃあ俺も深層部に下りるから」
あとはよろしく、とエイダールは部屋を出た。
「私に何か御用でしょうか?」
フォルセにちらちらと視線を送られて、側仕えの神官は何事かという顔になる。
「用というか、神官殿、練習に付き合っていただけませんか?」
フォルセは側仕えの神官の許可を取り、エイダールから渡された紙を見ながら、呪文を唱えた。
枢機卿との食事を終え、作業していた部屋に戻ってきた回復術師のフォルセは、ほっと息をついた。
「緊張してたのか? 結構喋ってたのに」
「枢機卿に話し掛けられたら、応えない訳に行かないでしょう!?」
失礼のない言葉選びに四苦八苦したフォルセは、緊張の欠片もなかったエイダールを睨む。
「まあそれはそうかもだが、緊張しなくてもいいだろ。普通のおっさんだったろ?」
崇め奉らなくてもいいんだ、とエイダールは言うが。
「ですが枢機卿ですよ? 意外に普通だなとは思いましたが……他の神官たちと同じ食事を同じ場所で食べてるんだなとか。もっとこう、私室に特別な料理を運ばせて大勢の側仕えに傅かれながら、というような暮らしだと思ってましたから」
給仕は側仕えの神官がしていたが、他は皆と同じだった。
「一応、食堂のさっき飯食った一画は、上級以上の神官とその関係者しか入れないんだけどな」
完全ではないが個室風になっていて、ゆったりと座れるように一人一人の席も広い特別区画である。
「まあ、ここにいる間は食事は枢機卿と一緒だから、慣れてくれ」
「えっ」
顔合わせの今日だけかと思っていたフォルセの顔が引きつる。
「正確には、あの側仕えの神官と行動を共にして欲しいんだよな」
「どういうことですか?」
側仕えの神官に何かあるのだろうかと、首を傾げる。
「あの側仕えの上級神官……名前はフリッツ・ケラリアっていうんだが、いつ倒れてもおかしくないんだよ。捕まってる時は一人だけ体もろくに動かせないような狭い場所に閉じ込められていたらしくて、筋力も衰えてるし、魔力の生成力もおかしくなってる。魔力硬化症の薬は処方されてるが、本当なら他の被害者と同じように療養させるべきなんだ、だけど働くって言い張っててな」
言うこと聞かないんだよなあ、と困ったように肩を竦める。
「自分が最初に攫われて人質になったせいで、枢機卿を巻き込んだと思って責任感じてるみたいでな。実際は枢機卿に言うことを聞かせるために攫われたんだから、側仕えのほうが巻き込まれた形なんだが」
そう言い聞かせても聞く耳を持たない。
「もう一人の側仕えが犯人側だったから、他に代わりもいないし。それでそのままなんだが、枢機卿が心配しててな。あんたが回復術師だって聞いて、それなら手伝いついでに頼めないかってことだ」
枢機卿と側仕えの神官は深層部に潜るとき以外は大体一緒にいるので、側仕えと行動を共にするともれなく枢機卿がついてくるという訳である。
「……分かりました」
フォルセは、回復術師としての本分を果たしましょう! と決意する。
「とりあえず温泉の魔法を教えるから、側仕えの神官のいる場所で一時間に一回練習してみてくれ。魔法の効き具合を確認して欲しいと言えば不審がられないだろう」
本当に確認して貰いつつ、側仕えの神官も癒す作戦である。
「結界の張り直しが終わったら、問答無用で療養させるつもりらしいけど、それまでの応急処置だ」
「分かりました……が、あれは魔導回路を組むって言ってませんでしたか?」
儲け話が絡んでくるのに魔法として教えてもらってもいいのだろうか。
「魔導回路も組むけど、それはそれ、これはこれだ。教えるって約束しただろう?」
魔法として覚えればどこでもすぐに使える。魔法に特許はないし設備も不要だ。
「私が教わった魔法を、魔導回路を組める人に教えるかもしれませんよ?」
特許は早い者勝ちである。
「俺より効率のいい回路が組める奴がいるなら、そいつにくれてやるよ」
不敵に笑うエイダールは、ふと思いつく。
「あ、こういうのを課題にすればいいんだよな、よし、そうしよう」
「課題って何ですか」
フォルセには何のことか分からない。
「俺、アカデミーで魔法紋様の専門講座もってんだよ、そこの学生に魔導回路の課題として出そうかと思って」
「そういえば、教鞭を執っていると誰かから聞いたような気がします」
誰でしたっけ、と考え込むが、ユランからである。
「そそ、基本は研究者なんだけどな、時々教えてる。今までにある魔法だと回路も定型化してるから、改良しろって課題出しても、知識のある奴ほど同じようなもの出してきて、柔軟な発想が出てこないんだよな。この魔法は元になってる魔法があるから一から組むほど難しくないし、移植の技術も学べるし、いい課題になりそうだ」
今までにない魔法であれば、色々な発想が出てくるだろう。楽しみである。
「じゃあまず呪文からな。『生命の源たる水よ、その理に寄り添い』……あ」
地面がふわりと揺れ、唱えかけた呪文を、エイダールは途中で止めた。
「地震? にしては変な揺れでしたが」
フォルセの言葉に、エイダールはそっと目を逸らした。
「地下水脈が揺れたんだよ……俺が水に呼びかけると割と大変なことになるんだった。真面目に呪文唱えたの久々だから忘れかけてたが」
エイダールの呼びかけに反応して、地下水脈が大きく波打ったのだ。
「で、この辺が範囲指定だな」
エイダールは紙に呪文を書いて、一節ごとに説明を加えていく。
「次が時間指定。この呪文のままだと大体この部屋くらいの範囲を一時間になる。魔力量があれば、範囲も時間も増やせるからまあ適当に」
「回復量を増やすこともできますか?」
じわじわだけではなく、ざくざくも可能だろうか。
「出来るけど、温泉っぽさがなくなるぞ」
弄るならこの辺を、と該当の一節を指し示すが。
「あまりお勧めは出来ないな、温泉っぽさはともかく、人によっては強い回復は逆効果だし。まずは基本に忠実にやってみてくれ……お、戻って来たな」
枢機卿が深層部に下りたため、側仕えの神官が魔力石の充填にやってくる。
「じゃあ俺も深層部に下りるから」
あとはよろしく、とエイダールは部屋を出た。
「私に何か御用でしょうか?」
フォルセにちらちらと視線を送られて、側仕えの神官は何事かという顔になる。
「用というか、神官殿、練習に付き合っていただけませんか?」
フォルセは側仕えの神官の許可を取り、エイダールから渡された紙を見ながら、呪文を唱えた。
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