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60「注意事項それだけなのかよ……」

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「ユラン、カイ、魔獣狩りの経験はあるか?」
 朝の出勤後、程なく各班の班長だけが呼び出され、暫くして戻ってきたヴェイセルが、ユランとカイに尋ねる。
「魔獣狩りなんてしたことないですよ。見たことくらいはあるけど」
 王都生まれではないが、比較的都会育ちのカイは、遭遇した経験もほとんどない。
「俺もそんな感じなんだよなあ。ユランは? 田舎は辺境近くだったよな」
 ヴェイセルは王都生まれである。たまに職人の祖父に付き合って素材採取に出る際に弱い魔獣と戦ったことがある程度だ。
「森も近かったし、魔獣は普通に村にいましたよ。人里まで出て来るようなのは弱いから大人なら問題なく倒せるし。美味しく頂いてました」
 魔獣と言っても、辺境では小動物と同じ扱いである。わざわざ捕まえたりはしないが、畑を荒らすようなのはユランも駆除していた。
「え、魔獣食うの?」
 カイがぎょっとしたような顔をする。
「うん。美味しいやつは美味しいよ? 色鮮やかなのは、毒のある変異種かもしれないから食うなって言われてたけど」
 動物も植物も、鮮やか過ぎるものは大概危険物である。
「注意事項それだけなのかよ……」
 辺境民たくまし過ぎないか、とカイは唸る。
「そんなに驚くことかな、王都でも魔獣料理出す店あるのに」
 入ったことはないが、その店の看板を見て、ユランは一定の需要があるのだろうと思っていたのだが。
「わざわざ魔獣食わなくてもいいと思うんだけど!?」
 カイの中では食べ物ではないらしい。


「食うか食わないかじゃなく、魔獣狩りの経験はあるかって話なんだが? 田舎では狩ってたってことでいいのか?」
 ヴェイセルが割って入る。
「こっちに来てからも時々、魔獣狩りに行く先生の付き添いで狩ってますけど」
 群れに出くわしても構わず突っ込むエイダールのお陰で、経験は豊富である。
「え、お前の先生何でそんなことしてんの」
 研究職ではなかったのかとカイが不審がる。
「研究素材集めだよ。先生は魔石の研究もしてるから。魔石って色鮮やかなのが多いんだけど、竜の魔石は特に大きくて綺麗だったよ、真っ赤で」
 その深紅の魔石が、今年の結界石になることをユランは知らない。
「おい待て、竜を討伐したのか?」
 竜殺しと言えば、称号になるくらいの偉業である。
「倒したのは先生です、僕は囮をしただけ。そんなに大変じゃなかったけど」
『ブレスの直撃を受けないよう適当に左右に振りながら走れ』と言われたので、言われた通りに走っていたら、数分後には背後で竜が仕留められていた。去年の夏の終わり頃の話である。
「ああ、うん、そうだな、お前の先生ちょっとおかしいとこあるもんな」
 神殿の強制捜査時に、エイダールの力の片鱗を見ていたヴェイセルは、何となく納得した。
「それで、魔獣狩りの経験があったら何なんですか?」
「騎士団から魔獣討伐の協力要請があって、経験者は何日か東の街道へ出張だってさ」
 ただでさえ人の足りない結界張り直しの時期に魔獣が複数個所で出現し、騎士団は冒険者ギルドと警備隊に協力要請を出した。
「ユランみたいな特殊例はともかく、警備隊にそんなに経験者いたっけ?」
 カイは、ユランを特殊例にすることにしたらしい。
「元は冒険者って人は割といるぞ」
 若い頃は自由気ままに冒険者稼業、ある程度年齢を重ねたり、結婚を機に定職を求めて警備隊へ、という人は一定数いる。
「現役から遠ざかってる人のほうが多いけどな。それでユランはどうする? 特別手当付きで、一応拒否権はあるらしい」
 かなり切羽詰まってはいるが騎士団も非道ではないので、経験者を有無を言わせず連行するという訳ではないらしい。
「行きます。特に断る理由もないし。いつからですか」
「参加者は午後一時に第二会議室へ集合、だそうだ」
 詳細はそこで説明がある。


「魔獣討伐じゃなくても、何日も出張なんて面倒臭いと思うんだけど」
 カイは断らないユランが不思議でならない。
「たまには王都の外に出るのもいいと思うけど。それに家にいたって先生いないし」
 つまんない、とユランは無聊を嘆く。
「結局そこに辿り着くのかよ。ユランは先生に左右され過ぎだと思う……」
 カイは呆れる。
「別にカイには迷惑かけてないからいいよね?」
「かけてるだろおお」
 エイダールの言動に一喜一憂するユランに何度振り回されたことか。
「そうだっけ? でも今だって、もう一週間くらい先生に会ってなくて折れそうな心を奮い立たせて仕事してるのに」
 僕は頑張っている、とユランは思う。
「ああ、はいはい、頑張ってるな、偉い偉い」
 投げやりなカイに対し。
「心折れる前に先生に会ってきたらどうだ。神殿にいるんだろ? 神殿に行って、面会申請してみるといい。面会申請しても会えないかもしれないが、家で一人で鬱々としてるよりはましだ」
 ヴェイセルは神殿行きを勧める。
「神殿に行くなんて考えたこともなかった。先輩は天才ですか?」
 ユランは、信心深くはないが、神を信じていない訳でもない。しかし、神殿に馴染みが薄いのは確かである。
「会えるといいな……そうだ、何か差し入れ持って行こうっと」
 会えなくても差し入れは届けてもらえるだろうと、ユランは俄然やる気になった。
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