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50「蹴り倒しただけなんですけど」
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「おはようございます……御迷惑をお掛けしてすみませんでした」
特別休暇明け、警備隊の詰所に出勤したユランは、朝の申し送りで頭を下げた。
「気にするな、無事で良かった」
夜勤が前倒しになった班の班長に、ぽんぽんと肩を叩かれる。
「意外に元気そうだな、おい」
「本当に誘拐されてたのか、むしろ色艶いいじゃねーか」
もう二人には、笑顔で小突き回される。
「えへヘ、昨日は一日ゆっくり過ごしたので。美味しいもの食べながら」
エイダールは、朝から侯爵邸に出向いて魔法陣の解析を行ったりとばたばたしていたが、ユランはエイダールの家で終日だらだらしていた。ヴェイセルとジペルスが、別々に見舞いに訪れ、それぞれ食料を置いて行った。
「今日からしっかり働きます……って言っても、昼から騎士団に呼ばれてるんですけどね、事情聴取に」
ユランとしては、だらだらしていた特別休暇のうちに呼んでくれても良かったし、実際、騎士団からの呼び出しがあったのだが、エイダールが『充分に休んでからじゃないと応じられない』と、ごねたのである。
「ユラン、なんか高級そうな馬車が来たぞ、あれって騎士団の紋章だよな、お前の迎えかな?」
窓際で書類と格闘していたカイが窓の外を指差す。交差した二本の剣が印象的な紋章のついた馬車が、門を入ってくるところだ。
「『迎えを差し向ける』とは聞いてるけど……あ、イーレンさんだ」
馬車から見知った顔が降りてきた。
「体調はどうですか? 昨日は君に会わせても貰えず、エイダールに拒否されたと聞きましたが」
馬車の中で向かい合わせに座りながら、イーレンが尋ねる。
「普通です。一昨日も眠かっただけで体調は悪くなかったですし、昨日も普通に元気でした」
「つまり、エイダールが過保護だっただけですか……」
イーレンは溜息をつく。そんな気はしていた。
「なんかすみません……」
「ユランくんが謝ることじゃないですよ。実際、数日寝込んでいてもおかしくない状況ですから」
たまたまユランの体と心が頑強だっただけである。
「はい……あの、イーレンさん、事情聴取って何を聞かれるんですか?」
「今回のユランくんの場合は、いつどこで何を見たり聞いたりしたりしたか、という状況確認が主ですね。転移前の状況は、ジペルス・エノワ殿から、転移後のことは囮役から……囮役と一緒に行動していた時のことは聞き取りが済んでいますので、流れの確認だけ。囮役と別行動時の、特に魔術師を倒した辺りは詳しく聞きたいですね」
「蹴り倒しただけなんですけど」
話すことがない気がするユランであった。
「ここで座って待っていて下さい、君が来たことを伝えてきます」
騎士団本部に到着し、奥の建物に案内された。幾つか長椅子の並んでいる廊下に置いていかれたユランは、イーレンに言われた通り座って待つ。時折通りかかる人は白衣で、消毒薬の匂いもする。医療棟なのかもしれない。
「あれ、君は……」
「あ、あの時の回復術師さん?」
自分の前で立ち止まった人影に目を向けると、事件の被害者の一人である回復術師が立っていた。
「元気そうだったのに、調子が悪くなったのか?」
「いえ、今日は事情聴取に呼ばれて」
心配そうに問われて、ユランは慌てて否定する。
「そうか事情聴取か」
「でもここ、医療棟っぽいですよね?」
「うん、そうだけど、被害者は大体ここにいるから、聞き取りの人もこっちに出張ってきていますよ」
その流れでユランもここでの事情聴取になるのだろう。
「皆さん、元気になりました?」
「元気とはいかないけど、もともと例の二人以外は少し体力が落ちてるくらいで健康は健康だし、魔力封じの腕輪が外れたから気分的にも楽になってるかな」
長い間重力魔法に掛かっていた分、筋力がついているものがいるくらいだ。
「私が一番状態がいいし、職業も回復術師だから、他の人の回復を手伝わせてもらっています」
「働き者ですね!」
感心したように言われて、回復術師は小さく笑う。
「実は、魔力の回復が止まらなくて。あそこでさんざん魔力を吸われたせいか、体がそうしなければならないと思い込んでいるみたいで。魔力を吸い取られていない今でも必要以上に回復し続けていて」
より多くの魔力を吸い上げるために、魔力生成能力を活性化されていることも仇になっている。
「溜まり過ぎると逆に調子が悪いので、魔力の放出を兼ねて働くことに」
魔力は、溜まり過ぎると体の中で結晶化しかねない。人間は魔力結晶を体内に抱え込んで生きられるようにはできていないので、大変なことになる。
「そう言えば、君はあの人と親しそうでしたが」
回復術師は話題を変えた。
「あの人?」
「帰りの幌馬車で一緒だった、回復役の魔術師のことです」
「ああ、先生ですね!」
説明されて、エイダールのことだと分かる。
「先生ということは、君はあの人の弟子か何かですか? 失礼ながら、君からは魔力がほとんど感じられませんが……」
魔術師が弟子を取るのは珍しくないが、魔力のない弟子は珍しい。
「いえ、えっと、先生は先生だから先生で」
庭に二羽鶏が、みたいな言い回しになり、ユランは混乱しつつ言い直した。
「アカデミーで教鞭を執ることもあるので、先生、と」
ユラン自身は、学校という枠組みの中で教師と学生として相対したことはないのだが、幼いユランに読み書きを教えたのはエイダールなので、ユランはエイダールの教え子第一号である。
「アカデミーで教鞭を? それならそうと教えてくれればいいのに。どこにいるのかと騎士たちに聞いても『知らない』とか『いない』とか言われるのは何故ですか」
魔法を教えてもらう約束なのに、騎士団員にエイダールの居場所を尋ねても、いないと言われて困っていた。
「先生は騎士団の人じゃないから。時々呼ばれて手伝ったりしてますけど」
多分エイダールの居場所を把握しているのは、騎士団ではイーレンだけだろう。
「ではどこの人ですか? どこに行けば会えますか」
詰め寄られて、ユランは、自宅や職場を教えていいのかを悩む。エイダールは確かに魔法を教えると言っていたが、よく知らない相手である。本人に無断で情報を洩らすのはまずい気がした。
「あなたが会いたがっていた、と伝えておきます。先生もまだこの事件の所為で慌ただしくあっちこっちに行ってますので、会えるのは先になるかもしれませんが」
ユランは、取次ぎだけを引き受けた。
特別休暇明け、警備隊の詰所に出勤したユランは、朝の申し送りで頭を下げた。
「気にするな、無事で良かった」
夜勤が前倒しになった班の班長に、ぽんぽんと肩を叩かれる。
「意外に元気そうだな、おい」
「本当に誘拐されてたのか、むしろ色艶いいじゃねーか」
もう二人には、笑顔で小突き回される。
「えへヘ、昨日は一日ゆっくり過ごしたので。美味しいもの食べながら」
エイダールは、朝から侯爵邸に出向いて魔法陣の解析を行ったりとばたばたしていたが、ユランはエイダールの家で終日だらだらしていた。ヴェイセルとジペルスが、別々に見舞いに訪れ、それぞれ食料を置いて行った。
「今日からしっかり働きます……って言っても、昼から騎士団に呼ばれてるんですけどね、事情聴取に」
ユランとしては、だらだらしていた特別休暇のうちに呼んでくれても良かったし、実際、騎士団からの呼び出しがあったのだが、エイダールが『充分に休んでからじゃないと応じられない』と、ごねたのである。
「ユラン、なんか高級そうな馬車が来たぞ、あれって騎士団の紋章だよな、お前の迎えかな?」
窓際で書類と格闘していたカイが窓の外を指差す。交差した二本の剣が印象的な紋章のついた馬車が、門を入ってくるところだ。
「『迎えを差し向ける』とは聞いてるけど……あ、イーレンさんだ」
馬車から見知った顔が降りてきた。
「体調はどうですか? 昨日は君に会わせても貰えず、エイダールに拒否されたと聞きましたが」
馬車の中で向かい合わせに座りながら、イーレンが尋ねる。
「普通です。一昨日も眠かっただけで体調は悪くなかったですし、昨日も普通に元気でした」
「つまり、エイダールが過保護だっただけですか……」
イーレンは溜息をつく。そんな気はしていた。
「なんかすみません……」
「ユランくんが謝ることじゃないですよ。実際、数日寝込んでいてもおかしくない状況ですから」
たまたまユランの体と心が頑強だっただけである。
「はい……あの、イーレンさん、事情聴取って何を聞かれるんですか?」
「今回のユランくんの場合は、いつどこで何を見たり聞いたりしたりしたか、という状況確認が主ですね。転移前の状況は、ジペルス・エノワ殿から、転移後のことは囮役から……囮役と一緒に行動していた時のことは聞き取りが済んでいますので、流れの確認だけ。囮役と別行動時の、特に魔術師を倒した辺りは詳しく聞きたいですね」
「蹴り倒しただけなんですけど」
話すことがない気がするユランであった。
「ここで座って待っていて下さい、君が来たことを伝えてきます」
騎士団本部に到着し、奥の建物に案内された。幾つか長椅子の並んでいる廊下に置いていかれたユランは、イーレンに言われた通り座って待つ。時折通りかかる人は白衣で、消毒薬の匂いもする。医療棟なのかもしれない。
「あれ、君は……」
「あ、あの時の回復術師さん?」
自分の前で立ち止まった人影に目を向けると、事件の被害者の一人である回復術師が立っていた。
「元気そうだったのに、調子が悪くなったのか?」
「いえ、今日は事情聴取に呼ばれて」
心配そうに問われて、ユランは慌てて否定する。
「そうか事情聴取か」
「でもここ、医療棟っぽいですよね?」
「うん、そうだけど、被害者は大体ここにいるから、聞き取りの人もこっちに出張ってきていますよ」
その流れでユランもここでの事情聴取になるのだろう。
「皆さん、元気になりました?」
「元気とはいかないけど、もともと例の二人以外は少し体力が落ちてるくらいで健康は健康だし、魔力封じの腕輪が外れたから気分的にも楽になってるかな」
長い間重力魔法に掛かっていた分、筋力がついているものがいるくらいだ。
「私が一番状態がいいし、職業も回復術師だから、他の人の回復を手伝わせてもらっています」
「働き者ですね!」
感心したように言われて、回復術師は小さく笑う。
「実は、魔力の回復が止まらなくて。あそこでさんざん魔力を吸われたせいか、体がそうしなければならないと思い込んでいるみたいで。魔力を吸い取られていない今でも必要以上に回復し続けていて」
より多くの魔力を吸い上げるために、魔力生成能力を活性化されていることも仇になっている。
「溜まり過ぎると逆に調子が悪いので、魔力の放出を兼ねて働くことに」
魔力は、溜まり過ぎると体の中で結晶化しかねない。人間は魔力結晶を体内に抱え込んで生きられるようにはできていないので、大変なことになる。
「そう言えば、君はあの人と親しそうでしたが」
回復術師は話題を変えた。
「あの人?」
「帰りの幌馬車で一緒だった、回復役の魔術師のことです」
「ああ、先生ですね!」
説明されて、エイダールのことだと分かる。
「先生ということは、君はあの人の弟子か何かですか? 失礼ながら、君からは魔力がほとんど感じられませんが……」
魔術師が弟子を取るのは珍しくないが、魔力のない弟子は珍しい。
「いえ、えっと、先生は先生だから先生で」
庭に二羽鶏が、みたいな言い回しになり、ユランは混乱しつつ言い直した。
「アカデミーで教鞭を執ることもあるので、先生、と」
ユラン自身は、学校という枠組みの中で教師と学生として相対したことはないのだが、幼いユランに読み書きを教えたのはエイダールなので、ユランはエイダールの教え子第一号である。
「アカデミーで教鞭を? それならそうと教えてくれればいいのに。どこにいるのかと騎士たちに聞いても『知らない』とか『いない』とか言われるのは何故ですか」
魔法を教えてもらう約束なのに、騎士団員にエイダールの居場所を尋ねても、いないと言われて困っていた。
「先生は騎士団の人じゃないから。時々呼ばれて手伝ったりしてますけど」
多分エイダールの居場所を把握しているのは、騎士団ではイーレンだけだろう。
「ではどこの人ですか? どこに行けば会えますか」
詰め寄られて、ユランは、自宅や職場を教えていいのかを悩む。エイダールは確かに魔法を教えると言っていたが、よく知らない相手である。本人に無断で情報を洩らすのはまずい気がした。
「あなたが会いたがっていた、と伝えておきます。先生もまだこの事件の所為で慌ただしくあっちこっちに行ってますので、会えるのは先になるかもしれませんが」
ユランは、取次ぎだけを引き受けた。
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