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46「そういや、失恋したてとか何とか言ってたっけ」

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「エイダール、君は一度騎士団本部に戻ってもらえますか」
 被害者たちを全員外に出したあと、離れの床の魔法陣を紙に書き写していたエイダールに、イーレンは頼んだ。
「戻れって? これの解析はいいのか?」
 研究者として本領発揮の場面なのにそんなことを言われて納得がいかない。
「解析も勿論してもらうつもりですが、衰弱している二人をそのまま運ぶのは心許ないので。治癒も回復も出来る君に同行してもらいたいのです」
「ああ、そっちの仕事か。騎士団からは来てないのか? 水属性の魔術師は」
「上級魔法まで使える者はいませんね」
 イーレンは肩を竦めた。騎士団の魔術師は、警備隊より数も多く全体の質も高いが、治癒や回復を使える者となるとさすがに数が限られる。
「安心してください、またすぐに取って返してきてもらって、これの解析をお願いしますから」
 床に刻まれた魔法陣を指すイーレン。
「お前、どんだけ俺を働かせる気だよ」
 ちょっと訴えたい気持ちになる。
「まあ、解析は後日ゆっくりでもいいので、とりあえず戻ってください、今ならユランくんもつけますよ」
 イーレンは、おまけ商法のようなことを言い出す。
「もともとついてるだろ……」
 ユランは、被害者たちと一緒に戻るべく、既に馬車で待機中だった。




「あっ、先生も一緒に帰れるんですか?」
 大きな幌馬車の荷台で胡坐をかいていたユランは、近付いてくるエイダールを見て、声を弾ませた。
「ああ、一旦帰れることになった」
 エイダールは、荷台に乗り込む。幌馬車には、枢機卿とその側近を除く、十人の被害者たちがまとめて乗せられていた。比較的元気な八人は座り、衰弱している二人は寝かされている。ユランの隣にはヴェイセルとカイもいる。警備隊組もまとめて帰されるようだ。
「回復役が同行してくれると聞いたんだが……」
 寝かされた二人を心配気に見ていた被害者の一人が、まだなのだろうかと尋ねる。
「それが俺だけど」
「えっ、あなたは攻撃系では……」
 被害者たちは全員、半壊した建物と、そこにいたエイダールを見ている。どう見ても破壊者だったのに。
「大丈夫です、先生は何でもできるんです」
 ユランが何故か我がことのように自慢する。何でもではないが、攻撃も回復も出来るのは確かである。


「とりあえず『温泉効果ホットスプリングエフェクト』」
 幌馬車の中が、ほわわんと温かくなる。
「あ、体が楽になった……けど、『温泉効果』って何!?」
 回復術師が、聞いたことのない魔法に声を上げた。
「温泉に浸かった時みたいに癒される感じを目指して作ってみたやつ」
 エイダールは、何となくこんな感じの、という魔法を作るのは割と得意である。
「目指すのはいいけど、そんなの作れるものなんですか……?」
 そもそも新しい魔法の創作自体が一般的ではない。
「え、結構いい感じに出来たと思うんだけど」
 じんわりと温かく眠気に誘われる感じは、エイダールとしては意図した通りの出来である。
「具体的には、光魔法の『癒しの光ヒーリングライト』と『持続回復リジェネ』を合わせて、水魔法に移植した感じなんだが」
「どうやって」
「二つの呪文を適当に組み替えて、水魔法に置き換えて……」
 感覚的なものなので、説明が難しい。
「固有魔法の類ですか?」
「いや、誰でも発動できると思う。水属性の魔力持ちで、回復魔法を使い慣れてるのが前提だけど」
「私はどうでしょうか、回復術師をやっています」
「それならいけるだろ」
「では、この魔法を教えてもらえませんか? 少ない魔力消費なのに、効果の及ぶ領域が広いし継続魔法ですよね? 覚えられれば可能性が広がる気がするんです!」
 回復術師として、一皮剥けそうな気がする。
「確かに領域は広めだけど、効果自体はそんな大きくないぞ? あくまで湯治程度の効果を想定してるし、継続って言っても一時間くらいだし。まあ、持続回復はいろいろ有用なんだが」
 一回の回復量は低いが、領域内にいればずっと回復するとなると、いわゆる塵も積もれば山となるである。
「充分です、お願いします」
 回復術師はエイダールに、にじり寄る。
「分かった。また今度、その腕輪を外してからな」
 魔力封じの腕輪がはまったままではどうにもならない。


「お待たせしました、出発してください」
 エルディが、ひょいっと幌馬車の荷台に乗り込んできて、馬車が動き始める。
「何だ、お前もこっちなのか」
 エルディの顔を見て、エイダールが尋ねる。
「俺も被害者の一人なんで……というか、戦力にはならないんで、こいつが外れるまではこっちの組に入っとけってことで」
 魔力封じの腕輪をとんとんと叩く。エルディは魔導騎士なので、魔法が使えないと通常の半分くらいの働きしか出来ない。
「あれ、なんか温かいな、この中」
 何か暖房が? と周囲を見回すエルディ。
「もしかして魔法?」
「ああ。俺謹製の温泉魔法を味わってくれ」
 眠ってもいいぞ、とエイダールは笑う。疲れのたまっていた被害者たちの何人かは、もう夢の中である。
「気持ちいいけど温泉魔法って何……相変わらずとんでもないなあ。あ、これ、ほめてるから!」
 胡乱な目になったエイダールに、ちょっと非常識だけど凄いなって意味だから! とエルディは言い訳する。
「とてもほめられてる気がしないんだが? そういやお前、どうして昨夜ユランと一緒だったんだ? 何で巻き込んだ? 最初から警備隊と合同捜査じゃなかっただろ」
 事と次第によっては、成敗しないとならない。
「どうしてって、偶然としか。そうだろ、ユランくん」
 エルディはユランに同意を求める。
「そうですね、ジペルスさんの家に泊まることになってついてったら、市場でエルディさんのお店に入って知り合って、色々あって……あと、巻き込まれたんじゃなくて、自分から突っ込んでいったが正解です。囮捜査だなんて知らなかったから」
 助けなければと転移陣だとも知らずに飛び込んで、エルディに触れてしまった。


「ん、まあそれはいいとして」
 とりあえずエルディは無罪になったらしい。
「そのジペルスさん? の家には何で泊まることになってたんだ? 昨日は昼間に、警備隊の方でお前を暫く預かるなんて伝言が来てたが、どういう事情だ」
「えっと、ジペルスさんがそうしろって……」
 ユランとしては、そう答えるしかない。自分が願ったことではないのだ。
「あの、実はですね」
 ユランが口籠ったのを見て、ヴェイセルが何とかしようと割って入る。
「ユランは、最近ちょっと落ち込む出来事があってですね、一人にしておくのは心配だったというかなんというか」
 なので、昨夜はジペルスが引き受けることになり、一緒に帰宅しようとしたのだ。
「それはありがたいが、ユランはうちで面倒見るのに?」
 わざわざエイダールの家を出て、ジペルスの家に泊まる理由とは。
「えっと、一緒に住んでるも同然のあなたはこの事件で忙しそうだったし、それなら警備隊の方で責任を持って面倒を見ようという話に」
 各方面が丸く収まるよう、ヴェイセルは何とかいい感じに言い訳を繋げたのだが。
「あー、そういや、失恋したてとか何とか言ってたっけ」
 昨夜聞いた話を思い出して、エルディが口を挟む。ユランがエイダールに失恋したという事情を知らないとはいえ、いろいろ台無しだった。
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